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『つながる手』

ープロローグー

人の手には、不思議な力があると思う。

言葉よりも先に伝わるぬくもり。
迷いや不安を、そっと包むやわらかさ。
たとえ、何もできない日があっても――「ここにいるよ」と伝えられる。

その時、私は初めて知った。
「触れること」は、「つながること」なんだって。

私は、その“手”に、何度も救われてきた。

それは、誰かの手であり、同時に、自分自身の手でもある。
触れるという行為が、こんなにも人を支え、つなぎとめてくれるのだと知ったのは、高校生のときだった。

祖母が倒れたのは、ちょうど春の終わりのことだった。
病院のベッドの上で、言葉もなく横たわるその姿は、私の知っている“元気な祖母”の面影をほとんど留めていなかった。
手足は驚くほど細くなり、指先は冷たく、まるでそこに血が通っていないかのように見えた。

介護が始まった。
母や父は仕事で忙しく、私は自然と祖母のそばにいることが多くなった。
最初のうちは、何をしていいかも分からなかった。
おむつ交換も、食事の介助も、声かけも、全部が手探りだった。
「がんばろう」と思えば思うほど、空回りしてしまって、祖母の顔をしかめさせてしまうこともあった。

そして、何よりつらかったのは――
どんなに呼びかけても、祖母の口からは一言も返ってこないことだった。

かつては毎日のおやつを一緒に楽しんで、テレビを見て笑い合っていたあの祖母が、まるで遠い世界にいるかのように、静かに、ただこちらを見つめていた。

私は、無力だった。

何もできない。
何も届かない。
それが、悔しくて、情けなくて、何度も泣いた。
トイレの前や廊下の隅で、小さな声でこっそり泣いた。
でも、誰にも言えなかった。

そんなある日――
ふとした思いつきで、祖母の手をそっと握ってみた。

本当に、ただそれだけだった。
あたたかくしてあげよう、とか、安心させてあげよう、とか、そんな考えすら浮かばなかった。
ただ、どうしようもなくて、泣きそうになりながら、その冷たい指に、自分の手を重ねた。

その瞬間。
――祖母の指が、わずかに動いた。



優しく包み込む

信じられなかった。
けれど、確かに、動いた。
ほんの数ミリ。けれど、明らかに、こちらの存在を感じて、応えようとしてくれていた。

その小さな動きが、私の胸に深く染み込んだ。

声が出せなくても、動けなくても、祖母は“ここにいる”。
そして、私の手を、感じてくれている。

涙があふれて止まらなかった。

何もできないなんてことは、きっとない。
「触れる」という、たったひとつの行為に、これほどまでの力があるのだと――
あのとき、私は知った。

それ以来、私は迷ったとき、いつも“手”に立ち返るようになった。

誰かの手に触れること。
相手の体温を感じること。
その一瞬が、どんなに大きな意味を持つかを、私はずっと忘れずにいたいと思っている。

そして今。
私は、この手で、また誰かの“いま”と向き合おうとしている。

あれから何年も経って、私は鍼灸マッサージ師になった。
国家資格を取り、修行も終えて、今日から一人で訪問施術をはじめる。

相手の暮らしの中に入り込む仕事。
迷惑かもしれない。緊張させるかもしれない。
それでも私は、手を伸ばす。

この手で、誰かの“いま”とつながるために――


 ――春。
新しい風が、静かに背中を押してくれる。

私の名前は、神崎ミユキ。
これは、私の「最初の一歩」の記録。

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