【小説】灰色の夢
ある日 私は不思議な夢を見た。
その夢の中の世界は人、服、花、テレビ、ビルetc…
とにかく何もかもが灰色一色だった。
まるでモノクロ映像を見ているかのようなその世界を私は歩いてみる。
しばらく歩いてやっと気が付いたけど、ここは私が住んでる街だ。
なんせ目に映るもの全てが灰色だから気付くのに時間が掛かった。
このまま道なりに進むと、私が通勤の為に使ってる駅に繋がっているはず。
夢の中ですら会社に行くのも嫌だから、私はお気に入りのカフェがある方向に行ってみる事にした。
「お待たせ致しました。コーヒーとケーキのセットです」
夢の中でくらい好きな物を食べようと思い、お気に入りのカフェでよく注文するコーヒーとケーキのセットを頼んでみたけど失敗だったかもしれない。
なんせ世界が灰色一色なもんだから、コーヒーもケーキも勿論灰色一色。
全く美味しそうに見えない。
でもせっかく注文したんだし…、と思い直しケーキを食べてみる。
形状からして恐らくは苺の乗ったショートケーキであろうそれを口に運ぶが、全く味がしない。
まるで掃除用のスポンジを口に含んでいるかのような、パサパサ・グニュグニュという凡そ美味しい物を食べている表現としては全くもって不適切な擬音が聞こえてきそうな不快感を味わった。
口の中の不快感を洗い流す為に、私はコーヒーを喉に流し込んだ。
これまたコーヒー特有の芳ばしい香りなんて一切感じられない無味無臭の黒い液体で、下手をすればただの水の変わらないような代物だった。
せっかく好きな物を食べようとしたのにこんな仕打ち…最悪だ…。
──ピピピピピピピピピピ…
今日も時計のアラームが鳴り、そこで私の目は覚めた。
色のある世界へ戻って来た私は、出社の為に今日も電車に乗った。
「キャッキャッ」
すぐ向かいに可愛らしい赤ちゃんを抱いた女性がいる。
電車に揺られるのが面白いのか、赤ちゃんはニコニコと機嫌良さそうだ。
そんな我が子の様子を見て母親もニコニコと幸せそうに笑っている。
腹が立つ。
私はこれから行きたくもない会社でやりたくもない仕事をしなきゃいけないのに、目の前でそんな風に幸せそうにしないで欲しい。
幸せそうな親子を見て最悪の気分のまま出社した私は、最悪の気分でパソコンと向かい合った。
「鈴木君、ちょっといいかね?」
途中で眉間に皺を寄せた上司に呼びつけられる。あ、これは怒られるヤツだな。
「こんな新人みたいミスをして!!やる気あるのか!?」
案の定 私の作った書類に不備があったようで、皆が見てる前で大声で叱り付けられる。
「申し訳ございませんでした」
「なんだその謝り方は!!本気で反省してるのか!?」
無感情で平謝りする私の様子が気に食わなかったのか、その後も上司はくどくどと説教を続ける。
説教が長引く程に自分の仕事も止まってしまうのに、何を無意味な時間の使い方をしているんだろうなこの人。
あーあ、また今日も残業する羽目になりそう。
ぼんやりとそんな事を考えながら上司の無意味な長時間の説教を聞き流し、そしてやはり今日も終電で自宅へと帰って来た。
ゴミだらけの荒れた部屋の中でカップ麺を啜り、適当にシャワーで汗を流してベッドに倒れ込む。
そして手に持ったスマホでSNSに投稿した。
『私より幸せなヤツ全員爆発しろ』
その日もまた同じ灰色一色の世界の夢を見た。
昨日はカフェで飲食をしてえらい目に遭ったので、今日は適当にその辺をぶらついてみる事にした。
昨日は気付かなかったけど、街中ですれ違う人達は皆 猫背で怠そうに歩いていて無気力な印象を受ける。
普通の人なら怪訝に思うだろうが、今の私には何だかそんな人達が行き交うこの街の中が妙に居心地が良かった。
「このクズ!!」「卑怯者!!」
何処からともなく罵声が聞こえてきた。
音源を探して辺りを見回すと、何やら人集りが出来ている。
この灰色の世界では他にこれといって興味を引くものも無かったので、私はその人集りの方へ行ってみる事にした。
人集りの中心には中年の身なりの良い男性が1人いて、その周りを大勢の老若男女が取り囲んで暴言を吐いていた。
「あの…、何かあったんですか?」
私は手近にいた人に話しかけて事情を聞くことにした。
「ああ、あのおっさんさっき自分が身に付けてる高級腕時計を自慢してたんだよ。そしたらそれを見てた奴が『会社の金でも横領したんじゃねぇの?』って言い出してな。それを聞いた人達が集まって大勢でそのおっさんを罵倒してるんだよ」
「え?あの人、まさか本当に会社の金を横領したんですか…?」
「さあ?」
「『さあ?』って…、本当かどうかもわからないのに大勢でああやって批難してるんですか!?」
「そうだよ。ホントの事なんて何一つわかってないのに、あたかも本当におっさんが横領やったみたいな事になってんだよ」
「そんな…!!」
私が戸惑いながら群衆の様子を見ていると、突然 取り囲まれていた中年男性が勢いよく燃え始めた。
「きゃあ!?何!?」
「ああ、炎上しちゃったか。そりゃあこんなに人が集まって誹謗中傷してりゃそうなるよなぁ」
「え、炎上…?」
「特に金持ちアピールは炎上しやすいからなぁ、アンタも気を付けなよ」
しばらくすると中年男性の体は完全に燃え尽き灰になった。
男性だった灰は、風に煽られ同じく灰色の空へと舞い上がった。
そうなると彼の周りにいた人間達は完全に興味を失ったようで、何事も無かったかのようにその場から立ち去って行った。
何この世界…。
炎上?誹謗中傷?
しかも事実かどうかもわからない事で…?
まるでSNSの中みたいな…。
──ピピピピピピピピピピ…
そこまで考えた時また時計のアラームが鳴った。
また今日も朝が来てしまった。
「え〜、諸君。今日はお知らせがある」
憂鬱な気分で出社すると、その日の朝礼で上司がこう告げた。
「今度立ち上げるプロジェクトだが、大原君をリーダーに据える事になった。皆 彼女の指示に従うように」
大原とは私の同僚だが、いつも私に仕事を押し付けてくる為あまり良い印象を持っていない。
しかもそいつがリーダーに抜擢されるとか、本当に面白くない。
人の手柄を横取りしやがって。
「鈴木さん、この仕事明日までにやっといて」
「え…」
「ホントにごめんね〜。今日彼氏とデートなんで」
「………わかった」
「ありがと!じゃあまた来週ね!!」
幸せオーラ全開で去って行く大原に殺意が沸いた。
男とイチャつく暇あったら仕事しろよ…。
出来ることなら首絞めてやりたい…。
今日もまた終電で家に帰り、荒れた部屋でカップ麺を啜ってベッドに横たわった。
そして今日もまた、SNSで呟く。
『幸せな人を見てるのが辛い。ホント明日なんて来なければ良いのに…』
その日の晩、またあの夢を見た。
この灰色一色の世界はロクでもない世界だという事がいい加減わかっているので、今日は自分の家で大人しくしている事にした。
久しぶりにテレビを観ていたその時。
──ガシャアアアアアン!!!!
外でガラスが割れる様な音が聞こえた。
音はそれなりに近い場所から聞こえたので、私は何事かと思って窓から外を覗いた。
そしてそこから見えた光景に唖然とした。
「や、やめてくれぇぇぇ!!!!」
身なりの良い中年男性が叫んでいる少し横で、大勢の人間が高そうな(白黒なので恐らくは)外車を鉄パイプや角材で殴り付けている。
あまりにも衝撃的な光景だったので、私は思わず自宅を飛び出して現場へ行ってしまった。
「何してるんですか!?」
私はまた手近にいた人に事情を聞く事にした。
「ああ、あのおっさん投資関係のセミナーとか教材で稼いだ金であんな高い車買ったんだ。全然稼げない詐欺みてぇなモン売り付けるなんて卑怯だろ?だからみんなで制裁を加えてるんだよ」
「そ、そんな事して警察が来たらどうするんですか!?」
「はぁ?この世界の警察なんかただの税金泥棒だろ?なんも役に立たねぇだろ」
「そ、そんな…!!」
「んな事どうでも良いだろ。ほら」
適当に返事しながら相手は私に角材を渡して来た。
「…えっ?」
「ここでは好き放題暴れても誰にも咎められないんだから、アンタもやりなよ」
「いやいやいや!!そんな事したら…!!」
「でもアンタ、本当は幸せそうにしてる人間見るの嫌なんだろ?」
「…!!」
「だからこの世界に呼ばれたんだ。ここはそういう人間ばかりが集まる場所だから」
「………」
「だからほら、みんなと同じようにやりたいようにやりなよ」
そう言ってまた角材を私に手渡そうとする。
私は…
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角材を受け取る
…そうだね。
みんなやってるんだから、私もやって良いよね。
私は角材を受け取った。
そして一直線に車に向かって全力で走り…
──ガンッッッッッッ!!!!
全力で車目掛けて角材を振り下ろした。
角材の形に凹んだ車のフレームを見て、私は自然と笑みが溢れた。
何これ楽しい!!
物凄くスカッとする!!
私は今までの鬱屈とした気持ちを全てぶつけるように、夢中になって車を角材で殴り続けた。
車の持ち主である男性の今にも泣きだしそうな顔を見て、とても痛快な気分になった。
この世界ではみんな、私と同じように不幸。
ひとりだけ幸せだなんてずるい。
だからあなたもみんなと一緒に不幸になればいい。
私達が夢中で車を殴り続ける内に車の持ち主は炎上し、灰になって空に舞い上がった。
その灰塵をみんなと一緒に見送り、私はいまだかつてない充足感を得ていた。
──ピピピピピピピピピピ…
今日もまたアラームが鳴り響く。
いつもと同じ朝。
しかしアラームを止める手は、もう二度と伸びてこなかった。
エンディングA
【色彩を失った世界】
角材を受け取らない
…やっぱりダメだ!!
夢の中とはいえそんな事やっちゃダメだって!!
理性が働いた私は、なおも角材を差し出してくる相手に背を向けて走り逃げた。
逃げた先は自宅。
私は玄関のドアにしっかりと鍵をかけ、ベッドに潜り込み頭からしっかりと布団を被った。
夢から覚めるまで眠ってやり過ごそう…!!
いや、夢の中で寝るなんておかしいかもしれないけど…!!
でもこれ以外に出来る事思い浮かばないし…!!
そんな事をぐるぐると頭の中で考えていたら、いつの間にかぷっつりと意識が無くなっていた。
──ピピピピピピピピピピ…
アラーム音が聞こえてきて私は飛び起きた。
体中に汗をかいていて、着ているスウェットがびっちょりと湿っている。
辺りを見回すと、カーテンの隙間から朝日が射している。
窓を開けて外を覗いてみると、晴れ晴れとした気持ちの良い青空が広がっている。
戻ってこられたんだ...。
私はほっとして、その場にへたり込んだ。
今日は土曜日。
うっかりアラームを切り忘れていたなぁ...。
でもそのお陰で助かったのかもしれない...。
普段なら二度寝する所だが、あんな夢を見たせいでとてもまた寝る気にはなれなかった。
この後どうするか少し悩んで、私の脳裏に初日に食べたコーヒーとケーキのセットがよぎった。
…そうだ、どうせならあの時食べられなかった『本物』を食べに行こう。
そう決意して、私は身支度をしてお気に入りのカフェへと久しぶりに足を運んだ。
「お待たせ致しました、コーヒーとケーキのセットです」
運ばれてきたコーヒーは芳しい香りを放ち、ケーキは真っ白なクリームと真っ赤な苺でデコレーションされている。
食べ物の香りと色は私の五感を刺激し、食欲をそそる。
これこれ!!私が食べたかったのはこれよ!!
ケーキをフォークで一口大に切り、口へと運ぶ。
クリームの甘さと苺の酸味が口いっぱいに広がる。
ケーキの甘さを堪能したら、すかさずコーヒーを口に含む。
香ばしい香りと苦みがケーキの甘さと混ざり合い、口の中を幸せで満たしていく。
やっぱりあの時 逃げてよかった...!
きっとあの時 逃げずに角材を受け取っていたら、もうここへは戻ってこられなかったと思うから…。
思う存分コーヒーとケーキを堪能した私は、スマホを取り出してSNSでこう呟く。
『やっぱコーヒーとケーキって最高!!幸せ!!』
エンディングB
【色彩を取り戻した世界】
