懺悔5 ホンジュラスでの交通事故
2007年11月にブログを始め、2019年7月のYahoo!ブログ終了でアメブロに移り、更にこの5月からはnoteを開始。今では記事総数が2,500を超えるまでになりました。いかにブログを書くのが好きかということですね。
その間の最長の中断期間は、2011年の2月から5月までの3か月余り。沈黙前の最後、2月13日の記事(現在は閉じています)は、「これからいいことが続きますように」で締めています。そして再開後初めての5月21日の記事には、「自分の過失で良くない事を起こしたので反省するために自粛していた」と書きました。
一体何が起こったのか。いえ、何を起こしたのか。
大きな出来事は2つありますが、その最初の方はまだ今でも恥ずかしくて書けません。もう一つ――これは忘れもしない、その年の2月11日に起こしてしまったことで、その2日後をもってブログの更新を止めたのです。
しかし、そろそろブログに書いて恥を晒してもいいかな、という気持ちになりました。
懺悔します――
派手な交通事故を起こしてしまいました。
自損事故でしたが、妻と娘を巻き添えにしてしまいました。
当時、私はホンジュラスに赴任しており、自家用車で頻繁に国内旅行を愉しんでいました。この日は遠出をしようと思い、自宅のあるテグシガルパ (Tegucigalpa) から車で5時間の温泉地グラシアス (Gracias) へ、家族と向かうところでした。運転は私。
テグシガルパから3時間余り行った所にラ・エスペランサ (La Esperanza) という町があります。その先十数キロは、当時ホンジュラスの幹線道路の中でも最悪の路面状況で、ほとんど未舗装。特に最初の村ヤマランギラ (Yamaranguila) 周辺は雨天時にぬかるみがひどく、4WDでもスリップに気を付けて慎重に運転しなければ進めないほどでした。ヤマランギラを過ぎると舗装工事中の区間が続き、舗装区間、工事区間、土の路面が交互に現れる複雑な状態でした。
そのヤマランギラを過ぎて数キロ。山越えの道で緩やかなカーブは多いものの、舗装区間も多く、比較的快適に運転できる場所でした。
しかし工事中の区間は(この記事を書くために調べたところ)、「路盤」の状態の所が多く、アスファルトに細かい砂利が混じり非常に滑りやすい。車の侵入を防ぐため、区間の入口には大きな石が並べられバリケードになっていました。
さて、緩やかな下り坂を走っていた時、大きなカーブを曲がり切った私の視界に進路の先が見えて来たと思ったら、突然、右側車線(当地では車は右側通行です)の目の前に石のバリケードが現れたではありませんか。その先は路盤の露出している工事区間なのです。
私は慌てて左側車線へハンドルを切りました。
そして左側車線に入ってハンドルを戻そうとした瞬間――
ハンドルが利かない!
車が故障したか?!
妻も、「えっ、えっ?!」と声を上げる。
待てよ、待てよ! 私は、ブレーキを踏みました。
ブ、ブ、ブレーキも利かない!!
万事休す。車はそのまま左側車線を突き抜け、路肩を超え、道から外れました。
非常に幸いなことに、左側は崖ではなく、数十センチの盛り土がガードのようになっていました。
車はその盛り土に乗り上げ、そのまま――
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過去に訊く──私の思い出と懺悔
【完結】幼い日のときめき、悔いの残る失敗、惜しく届かなかったこと、忘れがたい人々――。遠い記憶の断片を手繰り寄せながら、あの時そこにいた自…
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