#7 「私」がこの「note」で発信する意味
どうも!ナルコレプシー で休職中の理学療法士「あくびのリハ犬」です。
本日は、休職「活動」について考えました。
このような言葉があるかは、正直調べてないので分からないですが、私はこれを強調したいと思っております。
この活動を発信することが私ができることなのであり、意味なのではないかと。
自分のためにも、そして、何かしらの事情で休職を余儀なくされている方々に届き、以下のように思えますように🌱
私は、現在休職中ですが、体調の良し悪しはあるにしても、活動量や範囲が広がっているとともに、「明日何しようかな?」と思えるくらいに、生活を楽しめるようになってきています。
しかし、一方で、
外に出れば働いている方々がいて、妻も働いている現状をみると、
「少しでも働いたほうがいいのではないか・・・」
「でも体調が悪いことに違いないんだけどな・・・」
という、一種の罪悪感のような、こんなことをしていてなんか楽をしている気持ちになることが、多くなってきました。
そんな 「かわそうな自分」 を少しでも正当化すため、
休職中の行動を「休職日記」や「休職中の過ごし方」として今後投稿していき、
・誰かに心配されて正当化される期待
・投稿することで罪悪感を軽くする
・あわよくば、少しでも収益につながればな・・・
などと甘い考えを抱いていました。
しかし、いざ「休職日記」と書こうとすると、
かわいそうな自分を正当化するための内容になってしまう・・・。
こんな内容をnoteで発信することが、自分に必要なことなのか?
という結果と疑問が拭いきれなかったです。(※あくまでも私の考えです)
そこで、もう一度、「私」がこの「note」で発信する意味を考えました。
過去に記事にも似たようなこと言っていましたが、
「休むことは悪ではない」
「再度体調が崩れないように、復帰に向けて行う準備期間」
であるということを振り返りました。
しかし、おかしな話で就職や進学の時など、新しい道へ進む時は「活動」というのに、なぜ、私は「日記」と表記しようとしていたのか?
そうじゃないだろう!!!
休職することも立派な「活動」であり、復帰した後の実績になる
現に、ナルコレプシーになった経験が、以前より理学療法士として、より一層、患者さん側の気持ちを理解し、寄り添えると確信しています。
そして、現場へ復帰してようやく、休職することに前向きになれない方々へ、こういう内容があれば良かったな、こんな知識やコンテンツがあればなと思ったこと提供する必要があるのでは?と思いました。
よって、かわいそうな自分の肯定や、収益化を考えることよりも休むことにもっともっと意識を向けようと決めました。そして、今のこの現状を前向きに捉え、将来の糧にするため、私の今の日常を、
『休職活動』
として、「休職も立派な前向きな活動の一つであること」を胸を張って、1日を大切にしていこうと思います。
この言葉には
「自身が行ったところや体験したこと、そしてそれをしてどう感じたかを記録、記憶していく。それを積み重ねることで、休職期間をどのように「過ごし」「感じ」「考え」「行動」していたと、休んだことが他の人にはできない貴重な経験であり、実績とする前向きな活動」
という意味をこめました。
そう考えると、休職活動中は
出かけることも◎
友人と遊ぶのも◎
お酒を楽しむのも◎
趣味に没頭することも◎
ということになります。
つまり、休職活動は全て前向きであるため、罪悪感を抱く余地すらありせん。むしろ、新しいことへの興味や行動のきっかけになると感じています。
そのため、これからは、
文脈、投稿内容、投稿頻度などを考えるのをやめます!
そして、
フォローワーを増やしたり、スキしに行ったりと、数字を気にするももうやめます。
そうすることで、もっともっと”自分の言葉”で投稿することに意味が生まれ、この言葉とともに「私」がこの「note」で発信する意義なのではと考えを改めました。
今は、私の「休職活動」を投稿することで、私と同じ苦しみを抱き、休むことへの罪悪感を感じておられる方の一人でも心を軽くし、考え方を良い方向へ変えられればいいなと思っています🌱
そして、私自身も「休職」活動から「求職」活動に繋げられるように
本日は以上です!
お読みいただきありがとうございました🐶
皆さんの「休職活動」や「休職」により得られたものなどあれば、是非教えてくださいね🌱
あくびのリハ犬
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