#21 渡辺あやさんはやっぱり素敵な人だった!
映画『ジョゼと虎と魚たち』、『メゾン・ド・ヒミコ』ドラマ『火の魚』、『カーネーション』、『エルピス』。
一度見たら、ずっしりと心に残り、すごくいい作品見せていただいたな、と感じさせてくれる映画やドラマの脚本家名には渡辺あやさんの名前がクレジットされていることが多くて。
特に映画『ジョゼと虎と魚たち』は田辺聖子さんの短編小説が原作なのですが、映画を先に観て大感動した後に、小説を読んでびっくり。
こんなにも短い小説が、渡辺あやさんの手にかかると、原作にある主人公たちの根っこの思いは繋がったまま、原作にはないエピソードが無限に広がっている。
こんな神技のようなことができちゃう渡辺あやさんて、どんな方なんだろう、と長らくずっと、気になっていました。
日経ARIAの素敵なところは、作品紹介にとどまらず、制作者ご本人に突撃インタビューをしてくださるところ。
じっくり拝読して、わかりました。
世の中で起きていることへの感受性、渡辺あやさんのもとへやってくる方への共感力、面白がり方がきっと、半端なく鋭くて、渡辺あやさんと一緒にいるとスルスルと話をしてしまうし、多くを語らなくとも、心の奥にしまってあることを瞬時に見抜いてしまうんだと。
記事の中で、
「人間が持つ目に見えない業のようなものを存在させられるのが、唯一フィクション(映画やドラマ)である」とコメントされており、これこそが、渡辺あやさんの作品作りの原動力、面白さの源なんだろうな、と感じました。
悲しみを悲しみのままで終わらせない、悲しくても辛くても日常は続いていくリアルがとてつもなく魅力的だな、と思っていましたが、ここに繋がっていたのですね。
私が勝手に感じている渡辺あやさんの魅力を象徴する代表的なシーンは以下です。
(ややネタバレがあるので、渡辺あやさんの作品をまだご覧になってない方は以下、ご注意ください)
『カーネーション』では、戦時中の場面。次々に夫や憧れのお兄ちゃんが戦死に遭うものの、気持ちが渇いて涙もでないでいる糸子。子どもたちからカーネーションの花びらをもらい、セミの鳴き声を聞き、だんじりを見つめるおじさんの背中を見て初めて、引いていた自転車を放って、泣きだす。
おじさんの背中は、だんじりの季節がまたやってきても、かつてだんじりを担いでいた人々がもういないことを印象付け、愛してやまない、今はいない人の喪失感が無言のうちに表れていました。
さらに、糸子が悲しみの感情を取り戻したところでは終わらず、大泣きしたあと、家に帰り、終戦の玉音放送が流れたラジオの前にしばらくじっと座っている。そしておもむろに「お昼にしようか」と立ち上がるのです。
同様に『火の魚』では、主人公で老作家の村田省三が、自分の担当記者で病に冒されている折見を見舞った後、船上でのラストシーンで、悲しみにくれながらも、「たばこすいてー」と叫びます。
どんなに辛く悲しい出来事があっても、日常は続いていくんだよね、、としみじみと共感したことを、いまだに覚えているのです。
もちろん、エルピスも、すごかった。
(過去の投稿をご覧ください)
渡辺あやさん、これからも、作品楽しみにしております^ ^

