【短編小説】チョコモナカジャンボの夜
僕は駅前のコンビニでバイトしている、十八歳の大学生だ。
週に一度か二度、夜十時過ぎに、ひとりの女性がやってくる。
冷凍ケースの前でゆらゆら揺れながら、アイスクリームを選ぶ仕草が印象的だ。
一番多いのは「チョコモナカジャンボ」。次いで「パルム」「白くま」──たまに奮発して「ハーゲンダッツ」。
その日は重たげなリュックを背負い、残業帰りのような顔をしているのに、アイスを選ぶときだけ少女のように目が輝いている。
シンプルな服装に、いつもひとつだけ上等そうなアクセサリーを身につけている。
たぶん二十代半ば。名前も知らないけれど、彼女がケースを覗き込む時間が、僕の一週間のささやかな楽しみになっていた。
「……チョコモナカジャンボ、一つですね。二百円になります」
会計のとき、目が合う。
──(こんな夜中にアイスクリーム食べる私を、内緒にしててね)
とでも言いたげな、お茶目な視線。
僕は「ありがとうございました」とだけ言って、いつも通り見送る。踏み込む勇気が出ないまま。
「声かけなくていいのかよ?」
背後から、ひやりとした声がした。
振り向くと、白い薔薇を胸に差した青年がレジの脇に立っていた。深い緑の瞳に黒髪、端正な顔立ちの洋装姿。
「また君か」
「お前、毎回あの子見送ってるだけじゃん。アイスばっかり見てる女の子って、ちょっと可愛いだろ?」
「……可愛い、けど」
「けど?」
「何か言った瞬間、この静かな時間が壊れそうで」
青年はふっと笑った。
「人間ってな、壊れるの怖がって、結局何も始めない。背中押されなきゃ進めないときもあるぞ」
その夜、僕は自販機の灯りのような青年の言葉を反芻しながら、深夜の空気を吸った。
数日後──
いつもの時間、彼女が現れた。
でも、その手にあったのはアイスではなく、缶ビールだった。
髪は乱れ、瞳には泣いた跡があった。堪えている涙が、蛍光灯の下でこぼれ落ちそうに揺れている。
胸の奥で何かが音を立てた。
レジに缶を置く彼女の手が小刻みに震えている。
僕はいつものように会計をするふりをしながら、深く息を吸った。
「……あの、チョコモナカジャンボ、僕からのサービスにしませんか? 今日寒いし、甘いものの方が温まりますよ」
彼女がはっと顔を上げる。
瞳の奥に一瞬、あのアイスケースの前で見せた光が戻った気がした。
レジの奥で、白い薔薇の青年が目を細めて微笑んでいた。
「──やっと言えたな」
その声は、誰にも聞こえない冬の鈴の音みたいに、小さく弾んだ。
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