見出し画像

【短編小説】 蟹

実家の母から送られてきた蟹が、
食卓の真ん中に、どーんと並んでいる。

突然、どうしてこの時期に?
初夏だぞ。

と、思わないわけでもなかったが、
母にはそういうところがある。

「お義母さん、急に蟹蟹蟹!って思ったんですって」
妻の千春が、娘の芽衣のスタイを整えている。

僕は、日本酒を準備しながら
母の気まぐれに感謝した。

蟹と日本酒、最高じゃないか。

思えば子どもの頃は、蟹が苦手だった。
クセの強い味に、ちまちまと蟹の身を解す作業。

手が蟹の汁でベタベタになり、
心なしか痒い気がする。

それがいつの間にかご馳走になるのだから、
人って不思議なもんだ。

1週間後、僕は病院の待ち合い室にいた。
どうも胃の調子が悪いんだ。

蟹の食べ過ぎだろうか。
でもなぁ。
食べた直後でもないしなぁ。

胸やけのような不快感が続き、
常にみぞおちが痛い。
吐き気が収まらない。

胃カメラを飲むはめになって、
先生に告げられたのは、

「胃がんです」

冷たい風が、急に吹いた。
窓辺のレースカーテンが浮き上がる。

えっと、すき間風かな?

待て待て、待ってくれ。
俺には千春も、幼い芽衣もいるんだぞ?

胃がんなんて、なってる場合じゃない。
そんな訳に、いかないんだ……!

家に帰ると、千春がソファでスマホを触っていた。

「ねぇねぇ、蟹って、
英語でキャンサーって言うでしょ?
これさ、癌の意味もあるんだねぇ」

背筋が固くなった。
なぜ、今このタイミングで。

「あぁ、そうだな」

ははは、と笑いながら返したけれど、
我ながら引き攣っていたと思う。

そういえば。
母はなぜ今、蟹を送ってきたのだろう。
初夏に蟹なんておかしい。

病院でも、急に冷たい風が吹き
レースカーテンが浮き上がったり。

何かの予兆だったんだろうか……。

スマホが鳴る。
病院からだ。

「はい、桜井です」

「あ、桜井さん?申し訳ありません。
午前中お伝えした件、検査結果の取り違えでした」

レースカーテンが揺れる。

「え?」
「ほんとうに、申し訳ありません。
前の方と取り違えていたようで……。
桜井さんは、蟹アレルギー気味の胃炎でした」

電話を切った。
なんだ、蟹アレルギー、胃炎か……。

ホッとして力が抜けた。
千春がスマホを触っている。
芽衣がハイハイをしている。

目の奥が霞んだ。
「千春、愛してるよ」

千春はキョトン、として、
「なぁに、突然」
と微笑んだ。

ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

千春は、宅急便のダンボールを抱えて戻ってきた。

「お義母さんから。えっと、また蟹ですって!」

あ、そういや母、蟹座だったわ。



期限過ぎちゃった。あちゃー😫



■セリフ
「すきま風かな?」
■三題
・胃カメラ
・かに
・レース



いいなと思ったら応援しよう!