【短編小説】洗濯機と水色シャツ
洗濯機の中が、ぐるんぐるん回っている。
あたしのシャツ、母のスカート。
父が亡くなってから、
ふたり分になった洗濯物。
洗濯物は軽くなったけれど、
なくなったものが、重く絡まっている。
◆
父が経営していた設計事務所は、
従業員10人の小さな会社だった。
一級建築士の父と母は、中古マンションの
リフォームを専門にしていた。
「2000年前後のマンションって、
骨組みがしっかりしていて、ものがいいんだよ」
父の手のひらはペンダコだらけだ。
幼いあたしは、それをカッコ悪いと思って
見るのを嫌がっていたけれど。
今や設計図はCADが当たり前だけど、
以前は紙に手書きで書いていて、
それを広げている父の姿は好きだった。
「スケルトンにして、アレンジすれば、
お洒落さんになって、蘇る」
少年のような瞳で語る父の、
目尻の皺が笑っている。
◆
父の葬儀が済んで、
設計事務所を継ぐことになり、
その後の一年は、正直覚えていない。
あたしも母も、ダイニングテーブルの
空っぽの席に気づかずに済んだのは良かった。
事業承継、相続。
取引先への挨拶や、親族のフォロー。
“洗い”のモードは、“強”のまま、
ひたすらぐるぐるしていた。
◆
「アイリさん、この案件どうしようか?」
従業員の、アヤトさん。
父亡き後の事務所を支えてくれた人。
わたしより5歳歳上の、34歳。
大学で建築士の資格を取ったものの、
ひよっこのあたしに、一から指導してくれた人。
B型。仕事にストイック。
料理が趣味。
好きな食べ物は、天麩羅とハイボール。
あたしが社長になってから、呼び方が
“アイリちゃん“から、“アイリさん“に変わった。
ふと、そこに切なさを覚えたのは、
あたしのエゴなんだろう。
「アヤトさん、この微妙なスペース、
一部屋には小さすぎて、
どう活用するか悩んでます」
「OK!考えてみるよ」
アヤトさんは、いつもの調子で画面を覗き込む。
……近い。体温が上がる。
◆
母とふたりで、久しぶりに都心を歩いた。
近代建築を見ながら、あれこれ話して。
最近出来たカフェに腰を下ろす。
「ブルーベリータルトと、アールグレイ」
「ミルフィーユと、アールグレイ」
アールグレイ好き母娘。
「お母さん、ここの内装、
光と緑をうまく取り入れてるね」
「そうね。建物自体がどっしりしているから、
重くなりすぎないように調整してるわね。
照明もいい」
母は、アールグレイをひと口飲みながら、
あたしを見つめて微笑んだ。
「ほんと、アイリちゃんが事務所継いでくれて、
助かったわぁ」
「お母さん、何回め、それ」
母は、色彩の人。
色のセンス、天からの贈り物?って感じる時がある。
その分、経営、とか。
お金、とか。
そういったものとは、違う世界で生きている。
「お母さん、壊滅的に経営のセンスないんだもん」
「そうよねぇ。お母さん、
いつもお父さんに任せてたから」
うふふ、と笑う母は少女のようだ。
母の穏やかな笑顔を見て、
改めて月日が経ったことに気づく。
昼下がりのカフェは、
窓から差し込む光に溶けて、
淡いオレンジのグラデーションを描いている。
◆
洗濯機の音。ガタンゴトン!
眠りの中に響いてくる音。
水色のシャツになって、
あたしは水に揉まれる。息が出来ない!
お父さん、
お父さんみたいにはなれないよ!
ぐるんぐるん。
あぁ、目がまわる……!!
◆
出社すると、
アヤトさんが珈琲を入れている所だった。
心無しか、ボサボサの髪。
今日は眼鏡だわ……ずるい。
「アイリさん、昨日の解決できるかも」
「えっ!ほんとうですか?」
アヤトさんから石鹸の香りがする。
昨日、いつまで残業してくれたんだろう。
慌ててシャワー浴びてきたのかな。
「ほら、ここをサンルームにするのどう?」
あぁ。アリかも。
東南の角の小さなスペースに、
色とりどりの洗濯物が揺れる。
角には、オリーブの鉢を置いて。
お母さんに、北側の壁紙を相談しよう。
お客様に、いくつかのパターンをご提案出来るように。
◆
お父さん、あたし、なんとかやってます。
時おり洗濯機の夢を見るけれど、
サンルームで、乾かしちゃおうと思ってます。
了

◆シロクマ文芸部
◆お題:洗濯機
