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【短編小説】洗濯機と水色シャツ

洗濯機の中が、ぐるんぐるん回っている。
あたしのシャツ、母のスカート。

父が亡くなってから、
ふたり分になった洗濯物。

洗濯物は軽くなったけれど、
なくなったものが、重く絡まっている。

父が経営していた設計事務所は、
従業員10人の小さな会社だった。

一級建築士の父と母は、中古マンションの
リフォームを専門にしていた。

「2000年前後のマンションって、
骨組みがしっかりしていて、ものがいいんだよ」

父の手のひらはペンダコだらけだ。
幼いあたしは、それをカッコ悪いと思って
見るのを嫌がっていたけれど。

今や設計図はCADが当たり前だけど、
以前は紙に手書きで書いていて、
それを広げている父の姿は好きだった。

「スケルトンにして、アレンジすれば、
お洒落さんになって、蘇る」

少年のような瞳で語る父の、
目尻の皺が笑っている。

父の葬儀が済んで、
設計事務所を継ぐことになり、
その後の一年は、正直覚えていない。

あたしも母も、ダイニングテーブルの
空っぽの席に気づかずに済んだのは良かった。

事業承継、相続。
取引先への挨拶や、親族のフォロー。

“洗い”のモードは、“強”のまま、
ひたすらぐるぐるしていた。

「アイリさん、この案件どうしようか?」

従業員の、アヤトさん。
父亡き後の事務所を支えてくれた人。
わたしより5歳歳上の、34歳。

大学で建築士の資格を取ったものの、
ひよっこのあたしに、一から指導してくれた人。

B型。仕事にストイック。
料理が趣味。
好きな食べ物は、天麩羅とハイボール。

あたしが社長になってから、呼び方が
“アイリちゃん“から、“アイリさん“に変わった。
ふと、そこに切なさを覚えたのは、
あたしのエゴなんだろう。

「アヤトさん、この微妙なスペース、
一部屋には小さすぎて、
どう活用するか悩んでます」

「OK!考えてみるよ」

アヤトさんは、いつもの調子で画面を覗き込む。
……近い。体温が上がる。

母とふたりで、久しぶりに都心を歩いた。
近代建築を見ながら、あれこれ話して。

最近出来たカフェに腰を下ろす。

「ブルーベリータルトと、アールグレイ」
「ミルフィーユと、アールグレイ」

アールグレイ好き母娘。

「お母さん、ここの内装、
光と緑をうまく取り入れてるね」

「そうね。建物自体がどっしりしているから、
重くなりすぎないように調整してるわね。
照明もいい」

母は、アールグレイをひと口飲みながら、
あたしを見つめて微笑んだ。

「ほんと、アイリちゃんが事務所継いでくれて、
助かったわぁ」
「お母さん、何回め、それ」

母は、色彩の人。
色のセンス、天からの贈り物?って感じる時がある。

その分、経営、とか。
お金、とか。
そういったものとは、違う世界で生きている。

「お母さん、壊滅的に経営のセンスないんだもん」
「そうよねぇ。お母さん、
いつもお父さんに任せてたから」

うふふ、と笑う母は少女のようだ。
母の穏やかな笑顔を見て、
改めて月日が経ったことに気づく。

昼下がりのカフェは、
窓から差し込む光に溶けて、
淡いオレンジのグラデーションを描いている。



洗濯機の音。ガタンゴトン!
眠りの中に響いてくる音。

水色のシャツになって、
あたしは水に揉まれる。息が出来ない!

お父さん、
お父さんみたいにはなれないよ!

ぐるんぐるん。

あぁ、目がまわる……!!

出社すると、
アヤトさんが珈琲を入れている所だった。
心無しか、ボサボサの髪。
今日は眼鏡だわ……ずるい。

「アイリさん、昨日の解決できるかも」
「えっ!ほんとうですか?」

アヤトさんから石鹸の香りがする。
昨日、いつまで残業してくれたんだろう。
慌ててシャワー浴びてきたのかな。

「ほら、ここをサンルームにするのどう?」

あぁ。アリかも。

東南の角の小さなスペースに、
色とりどりの洗濯物が揺れる。
角には、オリーブの鉢を置いて。

お母さんに、北側の壁紙を相談しよう。
お客様に、いくつかのパターンをご提案出来るように。

お父さん、あたし、なんとかやってます。
時おり洗濯機の夢を見るけれど、
サンルームで、乾かしちゃおうと思ってます。




◆シロクマ文芸部
◆お題:洗濯機



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