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【短編小説】 カフカのポーズを決めないで。

カフカの「変身」を読めていた頃に、戻りたい。

梅雨のじめじめした朝だった。

夏用の布団が少しずつ水分を含んで、
繊維がそれぞれほんの少しずつ重くなる。
それだけが、やけに重たい。

髪も肌も湿気を吸い込んで、
ベッドから身を起こすのが億劫だ。

昨夜、夢中で読んでいたからかもしれない。
寝不足で瞼まで重い。

「変身」は、ベッドからぽとりと落ちていた。

身体を動かし拾い上げようとして、
ベッドから滑り落ちてしまった。

カランカラン……カラーン……。

透明な音が響く。
それは反響して、あたしの頭に響き渡る。

身体の下にある本を拾い上げようとして、
ふと、気づいた。

あたしの腕、こんなに硬かった??

表面がまるでつるつるで、
肘を動かそうとすると、パリパリ……と音がする。

錆びた蝶番のように、肘が捻れる。

「***」

冷たい。氷のように冷たい。
喉が凍ったように、声も出せなかった。

「ユカリ……??」
ドアが開き、兄が入ってきた。

お兄ちゃん……!!

あたしの声は届かない。
お兄ちゃんは、ベッドを見て、
やがてベッドの下のあたしを見た。

ひどく、長い間。

その間にも、
どんどん身体が固まっていく。

「変身」を読んだせい?
あたしは何に変身しようとしているの?

「ユカリ!!身体……ガラスに……」

お兄ちゃんは、あたしの元に跪いた。
そっと抱き上げてくれる。
まるで壊れ物を扱うように、そっと。

あたしは、せめておかしなポーズで
固まらないといいなと思った。

よくあるでしょ?
おぃー!みたいなポーズで石化しちゃうギャグ漫画。

あぁ、お兄ちゃん。
あたしをマトモなポーズにさせて。

お兄ちゃんは、
あたしの気持ちなんかお構いなしに、
あたしをこわごわと抱きしめていた。

お兄ちゃんの部屋の匂いがする。
瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

ポトリ。

涙の粒があたしの身体に落ちた途端、
その部分からゆっくりとガラスが割れ、
もとの人間のあたしが……。

なんておとぎ話はなかった。

「はいはい、現実はそう甘くないみたいね」

声は出せないけど、そうボヤいた。
視界に見えるのは、お兄ちゃんだけ。

子どもみたいな泣き顔。
それが、あたしが見た最後の景色だった。

ねぇ、お兄ちゃん。

泣いてないで、
マトモなポーズにさせてよね!

クローゼットの奥のえっちなアイテム、
お母さんに見つかるから隠しなよ!

視界が霞んでくる。
あぁ、水底に沈むみたいだ。

「バイバイ」

あたしは心の中で、そう、呟いた。





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