【短編小説】 青い夏
この季節が来ると、必ずかける曲がある。
ボーカルが若くして命を断った
ロックバンドの曲。
透明なメロディーが流れ出すと、
星空と、秘密めいた横顔が浮かんでくる。
ハスキーなボーカルに、
メロディがすっと馴染んで、
何度もリピートする。
青くて遠い、夏の音。
◆
若宮さんという人は、
いつもほんのり遠くを見ている。
静かなのに、無邪気。
線が細いのに、体育会系。
5歳歳上の上司。
今までに居なかったタイプの男性。
だからわたしは定義出来ない。
三角形でも、丸でもない、
曖昧な空気のような人。
◆
その年の夏。
茹だるような暑さを避けて、
部署の四人で、キャンプに行った。
若宮さんのランドクルーザーで、
荷物とあたし達を運ぶ。
「若宮さん、カッケー」
「ユウスケさん、ちょっと声大きいですよ」
「サラちゃん、声でかいの好きでしょ?」
「なんでそうなるんですか」
佐倉くんが騒ぐと、
後輩の天野さんがたしなめる。
佐倉くんはわたしの同期、天野さんは1年後輩だ。
カーステレオから、透明なギターリフと
ハスキーな声が流れてきた。
「曲名なんでしたっけ?懐かしいなぁ〜!」
佐倉くんが鼻歌を歌う。
君のすべてを知りたくなくて
聞かないまま、時が過ぎる
知らないままの今ならば
定義したくて考えるから
君のすべてを知りたくなくて
横顔だけをただ焼きつける
笑顔のゆくえが向かった先が
ぼくだけなんだと思いたいから
春ほど甘酸っぱくなくて
秋ほどしっとりしていない
青くて遠い夏だから
青くて遠い夏だから
「僕の学生時代に流行った歌。
鷺崎さん、知ってる?」
ふいに若宮さんが、わたしに話題を振った。
ドギマギしながら、答えを探す。
「青い夏」
バックミラー越しの笑顔が、
地球を回って、わたしに届く。
◆
しんとした山の奥は、
夜が更けるにつれて異世界になる。
空から星が降ってくるみたいだ。
◆
パチパチ、とBBQの火が爆ぜている。
肉が焼けた後の匂いが残っている。
「鷺崎さん、顔真っ赤」
普段飲まないお酒のせいで、
若宮さんが何重にも見える。
佐倉くんと天野さんは、
近くの展望台へ星を見に行った。
空気は澄み、
ふたつの気配だけが、いまこの場所にある。
「わらし、若宮さんのこと、知りたくないんです」
膝を抱えて、顔を傾ける。
手の中の缶チューハイが、汗をかいている。
目に映るのは、若宮さんの横顔だけ。
目尻の皺と、すっとした鼻筋。
「あぁ、こら。飲みすぎだろ。
呂律、回ってないよ?」
若宮さんの声が、
ハスキーなボーカルと重なる。
「知りたくにゃいから、教えらいでください」
あぁ、わたしは何を言ってるんだろう。
若宮さんは、ふっと息を吐いた。
「残念、知って欲しいのに」
イタズラっぽい瞳が輝いて、
地球の音が、ひとつに静まる。
パチパチ、と火が爆ぜて、影絵の唇が近づいていく。
青くて遠い、夏の始まり。
◆
夏が来るたび思い出す。
カーステレオから流れるメロディー。
……懐かしいね?
ボーカルが、青い夏を、
ただひたすらに叫んでいる。
アルコール、肉の焼ける匂い。
眼裏に火が爆ぜる。
青い夏、エンドレスリピート。
了


