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【短編小説】階段

あっ、と気づいたら階段から落ちていた。
空気が澄んで、照りつける太陽が肌を焼く。

身体は空を飛んだ。

……なんてね。

投げ出された身体が、ゴールテープをきる
ように飛び出し、遅れた足がついてくる。

衝撃。
身体が段差にぶつかり、転がり落ちる。

あぁ、おかしいな。
今日の乙女座は、ラッキーなハズなのに。

ゴムボールみたいに、
弾むように落ちる。

どうして落ちたんだっけ?
そう、誰かに突き飛ばされた気がする。

背中に残る押された感触。
会社を出たエントランス前の階段。

週末に結婚式のドレス、
観に行く予定だったのに、な。

恋人の掛井フミヤは、2歳歳下の28歳。
彼が新入社員の頃、
職場先輩をしたのがきっかけで付き合い始めた。

あたしの気がつかない部分を
フォローしてくれる。とても、気が利く。

「アヤコさん、好きなんです。
先輩後輩なのは分かってますけど、
付き合ってください」

そう言って、後ろから抱きしめられた。
残業中、人気のないオフィス。

フミヤの香水と、身体の匂いがあたしを包む。
やがてそれは、あたしのベッドの匂いになった。

課長になって半年間は、
慣れないマネジメントと、プレーヤーの両立で
ヘトヘトだった。

毎日遅く帰宅すると、
フミヤの手料理が迎えてくれる。

「今日も遅かったね」
「うん、荒木さんの作業のフォローしてたの。
……うわぁ、今日も美味しそう」

「荒木さん、いつもアヤコさんに残業させるよね。
さ、美味しいもの食べて休んで」

フミヤがビールグラスをふたつ持ってくる。

「今日は、ズッキーニを春巻にしてみました」

ズッキーニの春巻と、
アボカドとひじきの和え物、豆腐サラダ、
そしてシュワシュワしたビール。

お腹が満たされたら、一緒にお風呂に入って、
それからふたりのベッドに行く。

ベッドでのちょっとした運動は、
甘いスイーツ。別腹だ。

「フミヤさんって、シュッとしてますよね」
部下の荒木リカさんは、フミヤのファンだ。

「そう、ね」
あたしは曖昧に頷くしかない。
社内恋愛を隠すのは、地味に大変だ。

「そういえば荒木さん、
昨日の書類、よく出来てたわよ」
「あ、ありがとうございます!」

荒木さんは、よく懐く子猫みたいだ。

「わたし、フミヤさんの秘密、知ってるんです」

荒木さんは、
赤リボンのネイルを艶々させて言った。

あたしは、剥げかけた指先をそっと隠す。

「秘密って?」
荒木さんは、結った髪のしっぽを揺らし
目を光らせた。

「フミヤさん、背中に大きな傷があるんですよ」

フミヤは幼い頃に交通事故にあって、
背中に傷がある。それは本当にそう。

だけど、Yシャツを脱がなければ見えない
その場所を、どうして荒木さんが知ってるの?

「ねぇ、フミヤ」
「なに?アヤコさん」

フミヤの汗ばんだ香り。落ち着く香り。

「傷、痛む?」
あたしは背中の傷をなぞりながら言った。
汗と、体温、引き攣れた傷。

「雨の日以外は大丈夫だよ。どうして?」
「……なんでもない」

傷に口付けする。
この傷が、あたしの身体に溶けたらいいのに。

「明日の天秤座の、運勢は最下位」
「アヤコさん、明日の運勢はまだ分からないよ」

偶然見ちゃったの。
外回りから帰った後、更衣室で
汗だくのYシャツとインナーを着替えてる姿を。

そして、背中の大きな傷。

わたしのあの人を、
独り占めしてるあの香りがしたから、
つい開いている扉を覗いてしまった。

見るつもり、なかったけど、
どうしてドアを開けたまま着替えてるんですか、
フミヤ先輩?

わたしは近づく。
アヤコ課長の背中に。

ゆるく巻いた長い髪、疲れているはずなのに、
消えない色気。

手に入らないなら、壊してしまえばいい。
艶々のネイルは、あなたに見てもらうため。

アヤコ課長のウェディングドレス、
綺麗だろうな。週末はそれを見に行こう。

失ったものを想像して、
余韻に浸ろう。

そっと手を伸ばす。
背中をひと押し、それでわたしのもの。

あっ!と気がついたら、
わたしが宙を舞っていた。

覚えのある香り。
憎らしいフミヤ先輩の香り。

あぁ、空が綺麗。
乙女座が、青い空に薄く煌めいた気がした。





ありがとうございます☺️



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