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【短編小説】 金魚鉢

熱帯夜は息ができない。
濃い熱気の中、パクパクと口を開く。

金魚鉢の中のように、
限られた空気の粒を求め、パクパクと。



ある日、身体に金魚のヒレが生えてきた。

耳の後ろ、長い髪で隠れる場所に
それぞれ1つずつ。

ヒレはオレンジと白の2色が混ざり、
薄い花びらのよう。琉金。

蒸し暑いと呼吸をするみたいに
パタパタと開閉し、
すっと体温が冷めていく。

「ちょっと、便利かも」

気に入ったから、ヒレがよく見えるように
髪を耳にかけた。

熱帯夜が来るたびに、泳ぎ揺れるヒレ。
寝苦しさがすこし、和らぐ。

ヒレあり人間は、少しずつ増えていた。
すれ違う人の、10分の1くらいの割合で。

あのおばあさんは、透けるような透明。
あの青年は、白地に小さな黒い斑点模様。

和金と三色出目金が、空中を泳いでいる。

おばあさんは、
炎天下の道で立ち往生していたけれど、
ヒレが動くと、また歩き出した。

青年は、
Yシャツを濡らしていた滝汗が引き、
涼しい顔で、また電車のつり革を握り直した。

ほんの少しだけ、世の中の呼吸が軽い。

ヒレあり人間は金魚人と呼ばれ、
今や5分の1にまで、増えていた。

不思議なことに、首都圏の人間だけで、
それ以外の都市には金魚人はいなかった。

「俺達は、選ばれた金魚人だ」

そんな声が広がるようになった。
真っ黒なヒレの男性が、拡声器で叫ぶ。

駅前広場には、人だかりが出来ていた。
色とりどりのヒレが、広場を埋めている。

熱気が渦をまく。
あちこちで、小競り合いの声が響く。

「気持ち悪い、出ていけ金魚人」
「金魚人以外は、世の中に必要ない」

人の群れが暴力になる。
金魚の瞳は、血のように赤い。

やがて夏が過ぎた。
ヒレが開くとすこし寒い。

普段の秋より、冬の訪れが早い気がする。
赤く色付いた紅葉は、茶色く枯れて、
ハラハラと落ちた。

冷たい空気が街を覆った。
ヒレから強い冷気が入ってくる。

パタパタと開く度、
氷水に漬けられたように全身が凍りつく。
内側から、外側から。

わたしは髪を伸ばし、
ストールをヒジャブのように巻いて、
ヒレを覆った。

オレンジと白は、くすんで色を失っていく。

街中に、金魚人の身体が散らばっている。
水から打ち揚げられた金魚が、無数に。

首都圏の人口は、5分の4になった。

「これでやっと息が出来る」

人の少し減った街で、
誰かがそう、呟いた。






◆シロクマ文芸部
◆お題:熱帯夜



カテゴリなしのコングラ、初めてです!
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