【短編小説】 孵化
その日、わたしは小さな卵から孵った。
乳白色で、ほんのりミルクの匂いのする
手のひらに乗るくらいの小さな卵。
ピキピキ……と殻を割ると、
眩しい白い世界がそこにあった。
乳白色で、まだ誰の足跡もついていない世界。
空気はほどよく暖かかった。
どこからか微かな音が響いている。
わたしは耳を澄まし、大きくあくびをした。
◆
わたしの背中には、小さな羽が生えていて、
動かしてみると、微かな羽毛を巻き上げながら
ほんのりと動いた。
けれど、それしか出来なかった。
わたしの身体は幼児のように小さく、
羽は弱く柔らかかったから。
とくん、とくん、と心音がして、
胸の奥から、語りかけるように響いていた。
「あ〜」
声を出してみると、
ハミングのような音が漏れた。
「ら〜ら〜ら〜♪」
歌ってみる。
生まれて初めての歌。
楽しくなって、いろんな音を出してみた。
◆
「いい調子だね。
いいかい、歌ってこう歌うんだよ」
目の前に、小さな羊型ロボットが現れた。
宙に浮かんでフワフワしている。
羊型ロボットは、わたしに歌ってみせた。
それはどこかの民謡のような旋律。
世界に普遍的に存在するような、
どこか懐かしくて、単純なメロディーだった。
「らりるれらりらら〜♪♪」
羊型ロボットと同じように歌うと、
単音だった音が、和音のように流れ出した。
◆
わたしは喉が枯れるのも構わず、夢中で歌っていた。ただ、声を出すことが楽しかった。
紡ぎ出すメロディーが変化するのを楽しんだ。
すると羽が翼になり、身体がふわっと宙に浮いた。
「あ、浮いてる」
「そのまま上まで飛んでいこう」
羊型ロボットは、わたしの隣で飛んでいた。
わたしは、目的地も分からないまま、ただひたすら上を目指した。
◆
やがて周りが見えてくると、
無数の島が宙に無数に浮かんでいるのが見えた。
大きい島、小さい島。
島には人が住んでいて、いろんな形の家が見えた。
静かな詩が流れている島もあれば、
緻密な絵が飾られている島もあった。
「こんにちは、まだ飛び立て?」
ドレッドヘアの男性が、庭の花に水を与えていた。彼の島からは、陽気なサンバが聞こえてくる。
「いい曲ですね」
「だろう?こればっかり流してるんだ」
わたしは翼が風に煽られるのに気をつけながら、また上を目指した。
少しずつ身体も大人になっていく。
だんだん翼が重くなってきたけれど、
不思議と歌うと軽くなった。
気が付けば、羊型ロボットは、
時折後ろで小さくハミングするだけになっていた。
◆
風のざわめきを感じながら、
わたしは登っていく。
眼下には白い世界と、無数の島。
わたしが飛び立った場所は、淡いミルク色に
ほんのり光ってみえた。
「やぁ、控えめに言って、最高の歌声!」
ハスキーな声に耳を澄ますと、
黒い羽を持った男の子が微笑んでいた。
どこか悪戯っぽい瞳を輝かせて。
「ありがとう!」
「もっと聞かせてよ、羽ちゃん。君の羽、真っ白で綺麗だね」
羽ちゃん?あぁ、背中に羽があるからか。
わたしは嬉しくなって、また歌った。
男の子が黒羽で、わたしの白羽に触れると、アコーディオンのような音が伴奏となった。ふたつのメロディーが溶けて、小さな世界に響いていく。
すると他の島からも様々な音色が鳴り、重なり合い、やがて単音は、即興のジャズになっていった。歌と音楽は風と溶け合い、響いていく。
この、noteの世界に。
わたしは翼を揺らした。
生まれた時より、
すこし大きくなった翼と歌声で、
これからもまた、すこしだけ上を目指して。
了
あとがき
noteを始めて、今日で1周年となりました。
物語を書いたことのない素人が、
ただ好きな気持ちだけで、一年続けられたことに
驚いています。
それはきっと、交流してくださる皆様のお陰。
改めて、感謝を申し上げます。
これからも、気負わず、
楽しく物語を紡いでいきたいと思います。
2026.8.12 羽

楽しみのひとつです😊

