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【短編小説】 逆さの鐘が鳴る夜に

ゴーン、ゴーン……。

真夜中。大きな鐘が鳴った瞬間から、
時計台の針が反時計回りに動き出す。

真夏の夜の夢のように大きすぎる月が、
時計台を照らしている。

わたしは時計台の階段を登っていく。
鐘に導かれるように、一歩ずつ。

やがて頂上に着いた時、
あなたがゆっくりと振り向く。

まだ少女だった頃、ばあやとはぐれて
この時計台にたどり着いた。

街の中心部にありながら、
忘れ去られたような場所。

散々迷って、深夜にひとり。
真夜中の街は、異世界みたいな顔をして
わたしを惑わせた。

鐘が鳴り響いている。

「上から見れば、屋敷が見えるかもしれない」

子どもながらの知恵でそう思い、
暗くてかび臭い階段を登った。

そこに、あなたは立っていた。

「誰だ、何しに来た?」

負けん気の強そうなグリーンの瞳が、
不思議そうにわたしを見てくる。

「道に迷って……」
サマードレスの裾が風でめくれるのを
抑えながら、わたしは言った。

あなたは羽ばたくように滑らかに、
わたしの手を取って
「こっち」と言う。

時計台の窓から下を見下ろすと、
一面にレンガ造りの家々が並んでいた。

「うわぁ」

街は、おもちゃ箱の中みたいだった。
部屋の灯が四角い窓から漏れ出して、ぼんやりと明るい。

「いいだろ」
「ここは、あなたの家なの?」
「いや、違うけど」

わたし達は、顔を見合せて笑いあった。
大きな月が、明るくおもちゃの街を照らしていた。

やがて夕方になり、太陽が遡り南の空を照らす。
それから東に沈んでいき、また夜が訪れていった。

その間わたし達は、街を歩き回り、
冷たい果実水を飲んで、パンを頬張った。

道に迷ったことなんか、忘れていた。

知らない路地に入っては、
新しい店を見つけ、疲れたら時計台で休んで、
お昼寝をした。

「名前は?」
「ハンス」
「あたし、レイチェル」

ハンスは自由な鴎みたいだ。

真夜中の鐘が鳴ると、時が巻き戻っていた。
1日前の真夜中に。

けれど、再び鐘は鳴らなかったし、
時計台に登っても、ハンスには会えなかった。

毎年、この真夏の夜に鐘が鳴り、
わたし達はまた出逢う。

背が伸び、がっしりとしていくハンス。
わたしの胸も、果実が実るように膨らんでいった。

「レイチェル、また街へ行こう」

幾度も、幾度も、そんな夜と昼を繰り返す。
緑の瞳に吸い込まれるように。

ゴーン、ゴーン……。

鐘が鳴り、時計の針が巻き戻る。
いえ、今回は止まったまま。

わたしは階段を登った。
あなたはそこにいる。

「やっと一緒に行けるな」

あなたはわたしの手を取った。
わたしは、もう少女じゃない。
あなたも、もう少年じゃない。

ひとりの老婆と、老爺だ。

止まっていた針が巻き戻るように、
わたし達は、少年と少女に変わっていく。

光り輝く階段を、一歩ずつ登って。







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