【短編小説】 スタンド・バイ・ミー
スタンド・バイ・ミーを観たことがないのに、
映画に憧れていた。
四人とは言わない。一人でいい。
ごっこ遊びに付き合ってくれる奴を探してる。
困った。
この中学に、そんな古い映画のタイトルを、
知っている奴がいるとは思えない。
熱弁したところで、
僕がオタクと思われるだけ。
観てもないのにって、笑われるかもしれない。
しかしその裏で、
スタンド・バイ・ミー計画は発動している。
静かに、密かに。
◆
僕の映画のイメージはこうだ。
線路沿いを歩く少年四人。死体。ヒル。
リバー・フェニックス。
線路を歩いて、ヒルに噛まれて、
死体を見つける。
まぁ、死体とかは無理だろうけど。
線路を歩いて冒険する。
それだけ出来ればいい。
Googleマップと格闘し、やっと見つけた。
Y県に、廃線となった鉄道路線を。
……行き先は決まった。
◆
新緑のカーテンを抜ける。
電車に揺られ、トンネルを抜けた瞬間、
あまりに眩しくて目を閉じた。
風が背中を押す。
「千隼、本当に線路沿いに隕石の衝突跡があるんやな?」
「うん。大昔に小さな隕石が落ちたんだって」
僕は頷いた。
鷹矢は僕の肩に腕を回した。
「面白そうやな。いこか」
サッカーボールを蹴る時のように、
彼の背中は弾んでいる。
◆
スタンド・バイ・ミー作戦を、
一度だけ試したことがある。
クラスメイトの一人を誘い、
線路跡を歩いた。
作戦は失敗だった。
途中で雨が降ってきて、ずぶ濡れになった。
震えながら泥濘を歩いた。
クラスメイトがヒルに噛まれて、泣きべそをかいた。
天候を確認しなかった僕の落ち度だ。
空腹も良くなかった。
天候の確認。
最適なルート。食糧。
一つ欠けても、作戦は成功しない。
◆
今日の天候は快晴だ。
天気予報はもちろんのこと、
雨雲レーダーも確認できるようにしている。
しかし、作戦は臨機応変に変更する。
そうでなければ、不測の事態に対処出来ない。
「これな、美味いで」
鷹矢が差し出したのは、カールというお菓子。
カールおじさんというキャラクターがついたスナック菓子で、今は西日本でしか販売されていない。
作戦行動中に指が汚れるのは計算外だ。
けれど、その匂いは驚くほど僕を空腹にさせた。
口に入れる。
サクサクした食感。
「初めて食べた。いいね」
チーズの風味が口に広がる。
指先に残った匂いを嗅ぐと、もうひとつ食べたくなる。
カールを食べながら、線路跡を辿った。
◆
歩いていると、
取り留めもないことを考えてしまう。
レギュラーになれないサッカー部のこととか、
話題の合わない映画のポスターとか。
鷹矢が呟いた。
「俺な、こっち来て初めて知ってん」
「ん?何を?」
「お好み焼きと、ご飯を一緒に食べへんって」
「えっ!一緒に食べるの?」
鷹矢は僕の顔を見て笑った。
すこし得意げな顔をする。
「当たり前や。お好み焼きはおかずや」
「炭水化物に炭水化物じゃん」
「皆そういうねん。試しもせぇへんで。
けどな、ド肝抜かれるで」
あまりに自信満々に言うから、
僕はそうかもしれない、と思えてきた。
「じゃあ、今度試してみる」
僕がそう言うと、
鷹矢は「カールもっと食え」と言って、
レールの跡を飛び越えた。
◆
どれだけ進んでも、隕石の跡は現れない。
「おかしいなぁ。この辺りのはずなんだけど」
僕はスマホのマップを見ながら、
途方に暮れていた。
今回の到達地点は、前回の二倍の距離。
そろそろ戻らないと、帰りも危うくなる。
夕暮れが、迫ってくる。
足の裏はじんじん痛いし、スマホの充電も心許ない。
「よっしゃ!撤退しよか」
鷹矢が明るい声で言った。
「ごめん」
……僕はいつも、完璧なリーダーになれない。
そんな僕の考えは、
鷹矢の声にかき消された。
「あれ、見ろよ!」
◆
羽ばたきが、辺り一帯を包んでいる。
どこから現れたのだろう。
彼が指差した空には、無数の白い鳥が飛んでいた。
真っ白な無数の鳥。
橙の空の中、その翼を強くはためかせている。
「うわぁ、すごい」
「ああ、綺麗やな」
僕らはただ無言で立ち尽くしていた。
羽音だけが、夕暮れの空を満たしている。
白い鳥は夕陽を写し、燃え上がる炎の中から
飛び出した鳥のようだった。
◆
僕らは終始無言だった。
どちらからともなく、来た道を引き返し始める。
作戦は失敗かもしれない。
けれど今、隣には鷹矢がいる。
鷹矢の隣には、僕がいる。
指についたカールのように、いつまでも。
白い鳥達が、ゆっくりと遠ざかっていく。
ふと見ると、
レールの跡に、一番星が滲んでいた。
了

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