寄り掛かり合うために探しにいく
あなたは子どもでなくなってから”自分のこと”で泣きましたか?
ドラマや映画で感動したとか、被災した子どもたちの状況を想像したとかではなくて。
私たち自身の感情はもはやなくなってしまったのでしょうか?
吊られても吊られても誹謗中傷をやめない人。
明らかな迷惑行為さえ自慢げに投稿サイトに共有する人。
人間は一人では生きていけないという教えがあり、コミュ障という言葉も広く使われるようになった今、私たちはいつでもどこでも誰かと繋がる必要に迫られました。同時にその多くの関係は感情なしにも続けることができるものでもあります。
では、心の一瞬の揺らぎを覚えている人はどれほどいるでしょうか?
それよりも、最新のアニメを永遠と観て、Twitterに奪われた時間を嘆き、自分の歩きスマホでぶつかった相手に舌打ちするのが日常になった人の方が多いかもしれません。
「自分のことは自分で決められる」ほど私たちは強くない。
第一次世界大戦後に民族自決という考え方が広まりました。
それぞれの民族は、自らの運命を自ら決するべきであるというものです。
しかしこれらを現代の個人に当てはめたらどうでしょうか?
あなたはそれでも生きていけいると自信を持って言えますか?
これは息苦しくもなくなったまっさらな世界に生きてきた、私の話です。
あなたもベットで目を閉じる前にあなたが思う「自分」について少し考えてみてはいかがでしょうか。
”自分が悪いとわからなかった”とき
自我がはっきりしてから10歳くらいまで、私はとにかく聞き分けの悪い子だった。ごっこ遊びに勤しんだ幼稚園時代は、もはや理由など覚えていないくらい先生の怒りを買って幾度となくトイレに閉じ込められる。
「先生、次はなにすれば良いですか?」
ピンクのフリルばかり着ていたお上品な同級生の女の子たちはなぜ怒られないのかいつも疑問に思っていた。ちょうどアナ雪が流行ったころで、世の中の多くの女の子と同じようにエルサに憧れて、水色のドレスとキラキラのヒールを母親にせがんだ。今そんな子たちをみると自分を思い出して笑ってしまうのだが。
私はいつも自分が真ん中にいると思っていた。事実、仲の良かった3人は私のお願いをなんでも聞いてくれたし、手紙交換したいくらいの小さな欲でも満たされればそれで問題なかった。けれど、プラスに見える感情を十年以上たった今でも鮮明に覚えているのは、どこか”従わせられる”関係が私にとって息苦しかった他ならない。それでもモヤモヤを抱えて生き続けてしまった最後、先生にも母にもぐちぐちと「りこちゃんはどうしてそんな風にするの?」と質問の意味すらつかめないようなことを聞かれ、帰りに自転車の子供用シートで必死に涙をこらえながら黙っていたのをよく覚えている。
”悪いけど開き直った”とき
入学した小学校(私のいたクラスだけかも)はまさに軍隊のようだった。ひらがなとカタカナと漢字と計算ドリルを毎日何ページも宿題に出され、お手本のなぞり書きから少しでもずれていたら再提出を求められる。
もちろん給食を最後まで食べさせるなんて当たり前で、魚がどうしても苦手だった私はいつも5時間目まで食べ続ける常連だった。
特に拒否していた”鰆の西京焼き”の日、私は心の中に溜めてきた反乱を行動に移した。魚の皮を水道に捨てようとしたのだ。「先生!リコちゃんが悪いことしてます」自分ではうまくいったつもりだったが、クラスメイトに告げ口され、昼休みの終わりには泣きながら先生に怒られている様子を学年中が見物に来た。「あの子やばいらしいね」「怖いね」何年経っても終わらない風評被害ってこれのことなんだなと社会の授業中にふと思った。
この事件をきっかけに”わがまま”に懲りたと思えたが、私は”言い訳”に逃れるようになっていった。規則に縛られるほど、抵抗したくなるのが人間である。
密かに広がっていた、電車のドア替え(学校の規則では事前に決めたドアにしか乗れず、本も読めなかった)に憧れを抱き、”みんなが集まる”ところに乗り込んだ。私だけじゃないから大丈夫の不確かな余裕が裏目に出て、翌日の帰り学活で吊り上げられたときには、もう恐れなくてすむという安心感とともになんと取り繕うか考えていた。
「病院のために早く帰らなくては行けなくて、降り口に近いところに乗りたかったんです。今のドアではすごく遠かったし、何より一緒に乗っていた子が怖かった。」
とどめなく溢れる涙の奥で思っていた通り、それなら事前に言うように。と軽く流され、話題は運動会に移っていった。
"悪い人に気が付いた”とき
小学校では最悪な担任もいた。4月に新たに作られた3人グループで”交換日記”を始めると、私を含めた2人がもう1人をいじめているなどと難癖をつけてきた。最初は相手にしていなかったが、クラスの中で一番活発で華やかにみえたらしいグループは担任を敵に回したことが知られると、ありもしない噂が広がるようになる。気が付いた時には私が首謀者とされて、担任がそれを垂れ流すようになっていた。
「君が全部悪いんです」
やるせない怒りと状況に呆れた私は名誉挽回に向けて、担任の悪事をあくまで”か弱い小学生女子”として涙ながらに訴えた。学校にはうやむやにされたものの、元々の評判が下がっていたのも加勢して次の年に担任はいなくなっていた。
私が2つ目の顔を自覚したのは、思えば11歳のこの経験があったからだろう。こんなことに巻き込まれるくらいなら、親友などいらないと、持ち前の強硬な態度を使い分けるようになった。
誰とでも仲良くすることは、誰とも仲良くないことと同義である。”素直で明るい女の子”でいながら、すぐに感情移入しないように物事を俯瞰するようになっていった。『嵐が丘』や『罪と罰』といった人間の生き様を黒く描きだす文学を読みふけり、次第に誰かを信頼することを忘れ、何事も自分次第だと気づかされた。顔に笑顔を貼り付けて、感動系の映画には心を動かされて泣きながらも、真実と挑戦とかの心理系ゲームでは”表情が読めない”と恐れられるようにもなった。そんな風に心の距離を縮めない一匹狼として生きていくことは悲しくはないと思った。いつかひとりになるかもしれないという不安を抱えながらも、巻き込まれて辛くなるより良いと肯定し続けた。本当の涙は誰にも見せなかった。
”目の前に優しさを見出した”とき
中学に入っても偽造されたような毎日は退屈だった。”友情とは何か””幸せに生きるためには”といった形だけの道徳を受けるのも嫌だった。本質を捉えるなんて美しい言葉は知らなかった。認めたくないと信じ込んでいた私は他人のアドバイスなんて聞き流すだけ。でもそれは長くは続かなかった。
あれはいつだったか、誰に言われたかもはっきり思い出せる。
「私たち世代が最後の砦なんだから今すぐ動こう!」
そんな合言葉に正直ついていけない部分もあって、それでも焦りだけを信じて進んできた。
だから元々思い入れがなかった意外な場所で、久しぶりに「14歳なのにすごい」を言われない環境があることに少し戸惑った。
「なんのためにやりたいの?なんで?」
今までのことじゃなくて未来を見ている人たちに問われて上手く答えられなかった。別にただの中学生なんだしそんなに言わなくても自分が一番わかってるよ。もしそれで終わってたら、私は「勉強になりました〜ありがとうございます!」と良い子ぶりながら内心イライラしてそんなこと忘れていただろう。
でも、悪意のない笑顔で心をゆらゆらさせたあと、
「10代だけの責任なんてない。今のあなたのままで十分だよ」
「自分のために生きてほしい」
「僕は私はこうしたい」
気がついたときには泣いていた。
圧倒的な悪とわかるものに対し、私は絶対に屈しない。
けれど、厳しくもそこに私のためを思う優しさに気がついたとき、私は脆くて弱い。築き上げた氷の壁は南極よりも早く溶けて行く。込み上げてくる熱い涙が頬を蝋のように流れる。そんな優しく言わないでよ。もっと激しく怒ってよ。私を悪者にしてよ。一度解かれた糸は簡単には織り直せない。
”本気”で私に向き合ってくれる人がいたなんて気が付きたくなかった。
だけど実際は、私が自分しか見ていなかっただけなのだ。
現実から離れて、自分の都合のいいことだけを配置できる空想世界はとても心地よい。そして、地球のどこよりも寂しい。
ひとりで生きることなんてできないし、もし自分をそう思っているなら、それは多分、幻想の一部だろう。
一緒に生きていると言っても、相手の気持ちに寄り添うことなんて、完璧にはできない。自分の気持ちだって皆100%知っているわけではないのだから。
この世界に生きている人には、私自身の”こころ”を素直に見つめられるほどの余裕なんてない。自己分析は小難しく見えるけど、自分の理想が先入観となって”こころ”など本当にはわからない。
だからこそ、私は今このnoteを読んでくれたあなたに伝えたい。
次に話す誰かのために考えてほしい。
その人の言葉に何を感じたか。あなたに希望が見えたのか、はたまた見下されたのか。素直に思ったことを話してほしい。
否定的な意見かもしれない。それでも勇気を持って伝えてほしい。
好かれる話し方はもちろん大事だけど、全てを耳心地よく変換するようになったらその言葉はきっと誰にも届かない。
あなたが”こころ”をそのまま教えれば、察せる日本人は受け止めて返してくれるはずだ。毎日こんなことを意識していたらたまらない!そう思うなら、相手の目がなにか迷っているとき、ゆらゆら不安定なときこそ力になってあげてほしい。すでに”こころから”自信のある人はそのまま突き進んでくれるだろうから問題ない。だけど、ほとんどの人はなんでも手に入るはずなのになぜか満ち足りていない。思ってもいない言葉を口にして自己嫌悪に陥る。あるいは当たり前になっている。
それが自身の感情を忘れたということ。
気づいてくれたあなたにもう一度。
「自分のことは自分で決められる」ほど私たちは強くない。
どんなに選択肢があっても、どんなに素晴らしいヴィジョンがあっても、
それはあなた一人だけでは確定できないし、いつか辛くなる。
共通の未来があるから。
消し去りたいほどの過去があるから。
私たちは生きてゆくことができる。
すぐ泣くほど弱くて、
みんなに慕われる優しい人になりたいと思って、
いつも素直で愛嬌があって、
自分ないものを持っている誰かに嫉妬して、
今やっていること全部から逃げ出したくなって、
それでもいつか地球を変えられると信じている。
ここに書ききれない感情ひとつひとつが「私」。
「涙」が私の”こころ”をときには氷に変え、ときには美しく壊してくれた。あなたにとっても決定的な何かがどこかに眠っていると願っている。
世界の正しさなんて14歳の私にはわかりません。
でもひとつだけではない、私自身の溢れ出す感情に気がつけば、私は自分の力で生きていく一歩が踏み出せると思います。
お互いに手を取り合って生きていくのが、そしてその手段が他の生き物とは比較にならないほど多様なのが、私たち人間なのではないでしょうか。
私ももがきながら、間違えながら、”こころ”の響きに従って、新しい世界に飛び込み始めました。お世話になっておりますとか、SNSとか、わからないことが多すぎるけど、今”こころ”からやりたいことを形にしています。なにができるか解らないけど、愛する人々が幸せであるために、公正な世界を創りたい。(今ちゃんと言葉にしています)
そしてたった7日間で心から話し会えて、そのまま受け止めてくれる優しい人々にたくさん出逢いました。ここには書ききれないくらいの言葉の宝たちを届けてくれて本当にありがとう。みんな大好きです!!!
最後に、とても有名だけど、いつも私に気づきを与えてくれるエリ・ヴィーゼルさんの言葉を紹介します。
愛の反対は憎しみではなく、無関心だ。
他人に対して使われることが多いようですが、私は自分に対しても必要な視点だと思います。
解釈はそれぞれあると思うのでコメントで教えてください。
最後に、私の人生に関わってくれた、大切なあなたへ。
これからも私を頼って、私に頼らせてください。
2023年4月4日 Rico
PS…この文章を読んで傷つけてしまった人がいたら本当にごめんなさい。
