高校教師から日本語教師に転身した理由
こんにちは!Rikoです!(IG@riko.spain)
私は現在スペイン🇪🇸を拠点に「オンラインで自由に働く日本語教師」を育てる講座を主宰しています😌
旅行が好きで、年に2〜3回日本帰国+5回以上海外を飛び回る生活をしています。
(もうすぐ日本で講座生さんとオフ会!)
2ヶ月に1回は移動をするので、ノマドといえばノマドでも拠点はスペインにしておきたいという。ワガママ自由なノマドワーカーです。
小学校の時の担任に憧れて教師の道へ
今日は私の経歴についてお話しします。私は大学在学中に高校の教員採用試験を受け、そのまま高校教師になりました。
教師という仕事を目指したのは、小学校6年生の時です。
小学校の担任の先生が、とても面白い先生で、社会科の時間に「尼将軍、北条政子」を「尻将軍」じゃないよ、と言って笑わせるような先生でした。笑
その後、中学・高校で勉強の楽しさに目覚め、勉強が好きになったので、同級生が分からない問題を教えたりするようになり、「教える」ことも好きになりました。
高校3年生で進路選択の時に「高校教師になりたい」と決意し、教員免許が取れる大学に進学しました。
「楽しそう!」は全ての原動力
大学は1年生は総合学科、2年生から専攻に分かれる大学だったので、1年生の秋にどの専攻にしようか迷いました。
歴史が好きだったので日本史や西洋史の研究室を見学に行きましたが「なんか違う」と違和感を覚え・・・
その後、高校で学んだことのなかった「地理学」へ。
そこで私の人生が変わりました。
それまで海外に行ったことがなかった私ですが、何となく気になって「地理学」の研究室も見てみたら、すごく楽しそうだったんです。
教授の先生が世界を飛び回って研究していて「かっこいいな!」って単純に思ったんですね。
東南アジアでフィールドワークしたり
スペインでワインの研究をしている先生もいたり
私は直感で「楽しそう!」そう思って地理学科に入ることにしたのです。
そこから教授や先輩が定期的に海外に行く様子を見て、私も海外に行ってみたいと思いました。
人生を変えた初内モンゴル旅行
2年生の夏休み前。
大学の掲示板のポスターに、こんな文字が👇
「草原を馬で駆け巡ろう」
乗馬ツアーのポスターです。🐎🌱
またまた直感で「楽しそう!」と思いました。
そしてスルスルと申し込み…✍️
なんと、神戸港の船🚢で中国に行き、そこから夜行列車🚞で内モンゴルのフフホトへ移動。なかなかハードな乗馬ツアーでした。
のちに、中国に行く船で同じ部屋だったAちゃんが、旅人会で有名な(当日知らなかった😆)高橋歩さんが書いた「WORLD JOURNEY」という本を貸してくれ、2年後にAちゃんと一緒に世界一周の旅をすることに・・・!
内モンゴルの生活・気候・食生活・言語は日本とまったく違い・・・初海外は私の人生に大きな衝撃をもたらしました。
あの時、ポスターを見ていなかったら
ツアーに参加していなかったら
Aちゃんに出会っていなかったら
今の私はいなかったかもしれません。
まさに人生が変わった旅でした。
目で見たものを伝えたいと思った。
大学4年生で大学を休学してAちゃんと世界一周に。
これには実は意味がありました。
私にとって、この旅は「学び」の旅でもありました。
地理学科を専攻した私。
将来は高校の教員で地理を教えたいと思っていました。
でも。。。
あれ?私、地理を教えられるほど、世界のことを知ってるのかな?
当時、大学では学んでいたものの、教科書だけの内容ばかり、知識ばかりが増えて、実際にホンモノを見ていないことに気づきました。
「このまま高校教師になったら、見たこともないものを 生徒に教えることになる」
ただ教科書に載ってることだけを伝えるなんて、
つまらないじゃないか。。。
私は自分の目で見て、体験したことを伝えたい。
そう思い、卒業が遅れる不安もありましたが、休学を決め、世界一周の旅に出ました。
高校教師はやりがいはあった。
大学卒業後、高校教師になりました。
住んでいる場所から電車で片道90分。
ほぼ他県に近い場所への赴任になりました。
1度引っ越すと、次は地元に戻れなくなると聞いたので
3年間、往復3時間の道のりを通勤し続けました。
当時はオンラインで働く、とは微塵も思っておらず、外で働くのが当然!というスタンスでした。
高校の仕事自体はとても楽しかったです。毎日、高校生に囲まれながら、たわいもない話をしたり、親身になってくれる同僚や、とても良い生徒たちに恵まれました。
2年目から1人で地理の教員をし、「教える」ことにも慣れてきました。地理教員って少ないんですね。
なので、どうやって教えたら良いか、1年目の初任者の時に非常勤のベテランの先生に教わりながら、2年目からは1人で教科指導・テスト作成・採点・成績付け・進路指導などを行いました。これに担任の業務もありました。
1年目、2年目は授業を作ったり、テストを作ったりとゼロからだったので、本当に大変でした。ほぼ毎日帰宅が22時をすぎ、テスト前は朝4時くらいまで作業、睡眠時間1時間半の時期もありました。
その後、仕事にも慣れ始めた頃、2校目の学校に移りました。ここは進学校で東大生や京大生を輩出するような学校でした。ここでも地理の唯一の専任教師として教えました。
1校目とは違い、センター試験の課外授業も1人で担当しました。いかに試験でいい点を取るか、結果を残すのが良しとされる校風でした。
アクティブラーニングなどに力を入れている学校でもあったのでここでの学びは今の日本語教師の仕事にもとても役に立っています。
こんなふうに教科指導は数少ない地理の先生として試行錯誤しながら結果につながるよう工夫して指導をしてきたので、「教える」ということについて、深く考えるようになりました。
2校目は教科指導、担任業務のほかに部活動の主顧問の仕事がありました。リアルなウチの声を書きますと、私はこの業務が1番苦手でした。
というのも、自分がまったく経験したことのない部活動(運動部)の主顧問で、土日返上して部活動の監督(といっても、経験がなくアドバイスもできないのでただ見ているだけ)をし、夏休みや冬休みも、部活三昧でした。
この時、私は大きな挫折を感じました。
自分のスキルを活かせないって辛い・・・!!
まったく競技経験のない部活動だったので、まずはルールを覚えることから始めました。
しかしながら、、はじめは自分が教えられるスキルもないので、練習試合などでも、生徒たちのプレイをただ見ていることしかできませんでした。
この時間が私には苦痛でした。
何が苦痛って、「役に立てていない」自分に
気づいたからです。
そして、高校教師には部活動の仕事がつきものでした。
教科指導が好きでなった高校教師でしたが、土日は部活動に行く生活になり、教科の準備の時間も持てず、だんだん仕事に疑問を持ち始めてきました。
部活動の指導をしたくて高校の先生になる人もいるのですが(野球部やサッカー部出身の先生とか)、私の場合はあまりそこに魅力を感じませんでした。
若い人が主顧問になり、主顧問になった途端、業務が倍増する。手当もほとんどなく、サービス残業。次第に疲弊するようになりました。
「海外で生活したい」と思うように
高校教師をして3年をした頃に、旅行が好きだったので
「いつか海外で住むのもいいかも?」と思い始めました。
そして、その時に、JICAの青年海外協力隊の仕事をしたい!と思い、日本語教師の資格を取りました。(JICAは資格必須・実務経験必要)
日本語教師だったら、教員の経験も活かせるし、そもそも「教える」仕事は大好き!教育にかかわり、この仕事をずっと続けていたいと思いました。
何より、海外で働けるし、海外の人と関われるのも楽しそう!!!
ちょっと安易ではありましたが、高校教師の経験もあり、自分の「強み」が1番活かせる仕事だと思いました。
ちょうどその時、勤めていた学校の後輩くんが3年目で教員の仕事を辞め、私は(え!3年で辞めるんだ!)と衝撃を受けました。この後輩くんのおかげで「仕事」について考えるきっかけができました。
転校や部活動のことで忙しくなり始め、だんだん自分がしたいことと、していることが違うというチグハグした生活に・・・
なんだか今の仕事を一度手放したいな。
そう思えるタイミングが来て、高校教師を辞めて、日本語教師になる決意をしました。
とはいうものの、高校教師の仕事自体は嫌いではなかったので教員免許はあるし、10年くらい海外で日本語を教えて、また高校教師に戻るという選択肢も、高校教師としての幅を広げるとポジティブに考えました。
そして、仕事を退職するタイミングで偶然見つけた日本語教師の求人に応募したら、数百人の中の4人に選んでいただけ、すぐにお仕事がスタート!
(その前に東京のゲストハウスで働いていましたが)
研修などをみっちり受け、運よく海外の大学で日本語を教えられるようになりました。
直感を選んで間違いはなかった
本日のまとめです。こう振り返ると、私の人生のターニングポイントには、いつも直感が働いています。
・楽しいこと
・学びたいこと
・経験したいこと
これらを、すべて直感で選んできました。
今振り返れば、この「直感力」を使ったことで、人生を切り開いてきた気もしています。
私は高校教師という安定した仕事を手放して、海外にでて日本語教師を始めましたが、高校の時に感じていた「不自由さ」から解放され、今では自由にオンラインで働けている自分の生活に心から満足しています。
何かを選択することは、時には何かを捨てることになる。
私たちは毎日3万5000回以上の選択をしていると言われています。日々、選択をして生きています。
そして、今ある現実は、過去の自分が選択してきた結果だともいえます。
あなたはどんな人生をクリエイトしたい?
これからの人生、どんなふうに生きていきたいですか?
どんなところでも制限なく
自分のスキルを生かして、自由に働ける人を増やしたい
私はこの理念に基づいて、活動をしていきます。
これは、私が今まで体験して、感じてきたことです。
自分のスキルを生かして自由な生活ができることで幸福度が増します。そして、ただ稼ぎたい、だけではなく自由にやりがいを持って、自分のスキルや能力を生かして働ける人を増やしていきたいのです。
スキルがあれば、自分に自信が持てる。
日本語教師のスキルがあったからこそ、今、スペインに住めています。こんな人を増やしたい、経済的に自立し、自由な人生を生きられる人を増やす。
そして教育にずっと関わっていたいですね。
まだまだやりたいことが沢山あります。
将来的には
・スペインに日本文化や日本語が学べるカフェを作りたい
・スペインと日本のハーフの子が利用できる日本語の図書館を作りたい
・海外在住社の雇用を生み出せるよう日本語学校を作りたい
とも思っています。
私の人生もまだまだこれから!これからも、理想の人生がクリエイトできるよう、精進していきます😌
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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