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航海士が6ヶ月の航海に持っていくもの 〜航海士のリアルな持ち物リスト〜

はじめに

「船にはどんなものを持っていくんですか?」

海技士を目指す学生さんや、これから初めて乗船する後輩から、よく聞かれる質問のひとつです。

約半年間、陸を離れて暮らす。コンビニもドラッグストアもない。Amazonも届かない。忘れ物をしても、次の寄港地まで——下手をすれば1か月以上——手に入らない。そういう環境に身を置くとき、何を、どれだけ持っていくか。これは思っている以上に、その人の経験と価値観が出るものです。

この記事では、私が実際に乗船前の準備で使っているチェックリストをそのまま下敷きにして、6ヶ月の航海に持っていくものを紹介します。単なる持ち物自慢ではありません。「なぜそれを選ぶのか」「初めての人が見落としがちなものは何か」を、船長まで務めた経験からお伝えしたいと思っています。

これから海技士を目指す方にとっては、合格した先に待っている生活のイメージとして。すでに乗船経験のある方にとっては、ご自身のリストと見比べる一資料として。それぞれに役立てば嬉しいです。

持ち物リストの全体像

リストを紹介する前に、私の持ち物観の前提となっている、ひとつの背景をお話しさせてください。

私は、外地での乗船・下船が多い船員人生を歩んできました。日本の港ではなく、海外の港で船に乗り込み、海外の港で降りる。つまり、空港を経由し、飛行機で移動して乗り降りすることが多かったのです。

これが意味するのは、持ち物が物理的に「スーツケース一つ」に制約される、ということです。船まで車で乗り付けて好きなだけ荷物を積み込んだり、事前に宅配便で郵送する、というわけにはいきません。だから私は、自然と、すべての持ち物が一つのスーツケースに収まるように精査し、どの持ち物もできるだけコンパクトなものを選ぶ——そういう指向が、身についていきました。

同じ船乗りでも、ここは事情が大きく違うところです。いつも日本(内地)の港で乗り降りする内航船の船員や、決まった航路を行き来し、日本の港に寄港する船の同僚とは、持ち物に対する考え方が、根本から変わってきます。荷物の運び方が違えば、選ぶ物も、その量も、おのずと変わる。私のこのリストは、「外地乗下船・スーツケース一つ」という条件の上に成り立っている、という前提で読んでいただけると、選択の理由がより伝わると思います。

そのうえで、私のチェックリストは、用途ごとに分類されています。半年という長丁場では、ただ物を詰めるのではなく「カテゴリで管理する」ことが、忘れ物を防ぎ、船室で物を探す手間を減らす第一歩になります。

大きく分けると、次のようになります。

  • 洋服(仕事用・プライベート用)

  • 電子機器

  • 浴室グッズ

  • コーヒー用品・食品

  • 医薬品

  • 書類・文房具

  • 手荷物(出発時に身につける、肌身離さないもの)

ひとつずつ見ていきましょう。

洋服 〜仕事用とプライベートを分けて考える〜

船の上では、仕事着とくつろぎ着は完全に別物です。

仕事用には、作業着の上下、安全靴、皮手袋、ホイッスル、耳栓といった、安全に直結する装備が並びます。これらは「おしゃれ」ではなく「身を守るための道具」です。安全靴は履き慣れたものを、サイズまで決めて持っていきます。乗船時に船の在庫から支給されるものの一つに安全靴も含まれていいるのですが、自分が履きなれたメーカーのものやちょうどよいサイズのものがあるとは限らないので、私はいつしか毎回持参するようになりました。靴は一日中使用することになるので、ここをケチると乗船期間の半年がずっとつらくなります。

海技士ならではの項目としては、肩章・バッジ、そして黒ネクタイがあります。船種や船長の方針にもよりますが、船には式典やあらたまった場面があり、制服を整える必要が出てきます。一般的な長期出張のパッキングには絶対に出てこない、この仕事ならではの品です。

下着やTシャツ、靴下は多めに。洗濯はできますが、乾きにくい設備や多忙な時期があることも考えると、枚数に余裕を持たせるのが安心です。私はTシャツも靴下も10枚前後を基準にしています。

プライベート用は思い切って絞ります。防寒用のウインドブレーカー、食事やちょっとした集まりに着られるポロシャツ、室内着、寝巻き、スリッパ、サンダル。これだけです。船の上では「人に見られるための服」はほとんど要りません。快適に過ごせて、洗いやすく、乾きやすいことが、おしゃれよりずっと大事になります。

電子機器 〜壊れない・補充できない前提で選ぶ〜

陸から隔絶された環境で、電子機器は生命線です。仕事にも、情報収集にも、そして長い航海の心の支えにもなります。

ノートパソコン、iPhoneとiPad、関数電卓、電子辞書。このあたりは仕事と生活の両面で欠かせません。関数電卓と電子辞書を持っていくのは、航海中は陸の電波を使えず、使用できる通信環境に制限があるので、仕事中のちょっとした調べものやメール作成、船や積み荷の強度計算などに使用するためです。

ここで強くお伝えしたいのが、「予備」と「電源まわり」の重要性です。

私のリストには、ポータブルHDD/SSDが3台、USBメモリ、エネループの充電器と充電池一式、単三・単四電池、延長コード、変換アダプター、そして変圧器が入っています。

乗船する船によっては、居住区で使用する電圧も差込口の形も日本のそれとは違います。変換アダプターと変圧器がなければ、せっかく持ってきた機器が使えません。これは初めて乗る方が最も見落としがちなポイントのひとつです。「現地で買えばいい」が通用しない世界だということを、覚えておいてください。

LED懐中電灯(トーチ)を予備込みで持つのも、船ならではです。ブラックアウト(停電)時や、夜間の航海当直中・暗い区画での作業に、確実に光る道具は安全に直結します。電池切れを想定して予備を持つ——この「最悪を想定する」癖が、船の上では随所に出てきます。

WiFi中継器を入れているのも、限られた通信環境を少しでも快適にするための工夫です。

コーヒー用品・食品 〜ここは譲らない、私のこだわり〜

正直に言います。ここは私の趣味全開のカテゴリです。

電気ケトル、ペーパードリッパー、コーヒーカップ、そして手動と電動の両方のコーヒーミル。さらにデジタルスケール、ゴム製のコースターまで。コーヒー豆は挽いた状態と豆のまま、合わせて800グラム。フィルターは300枚。

「半年だからこれくらい当然」と思われるかもしれませんが、ここまで一式そろえる人はそう多くありません。手動ミルをわざわざ持っていくのは、気分転換したいときや、静かに淹れたい夜のためです。

なぜここまでするのか。

長い航海では、生活の中に「自分だけの確かな時間」を持てるかどうかが、心の安定を大きく左右します。毎朝晩、自分の手で豆を挽き、丁寧に一杯を淹れる。その数分間が、変化の少ない船上生活にリズムと潤いを与えてくれます。

物を減らすことを信条にしている私が(この話はまた別の記事で書きます)、コーヒー用品だけはこれだけ持っていく。一見矛盾しているようですが、ここにこそ「自分にとって本当に大事なものは何か」という選択が表れています。何を削り、何を残すか。その答えは人それぞれで、私の場合はそれがコーヒーだった、というだけのことです。

チョコレート等の嗜好品も少し。こうした「ちょっとした楽しみ」が、長い航海では思いのほか効いてきます。

医薬品 〜自分の健康は自分で守る〜

リストの中で、数量を見て驚かれるかもしれないのが医薬品です。

鎮痛剤100錠、総合風邪薬120錠、栄養剤250錠。一見すると多すぎるように思えるでしょう。

ですが、これが船の現実です。船にも医薬品の備えはありますが、長期の航海では、日常的な不調は基本的に自分で対処することになります。すぐ近くに病院も薬局もない。だからこそ、よく使うものは十分な量を、自分で持っていく必要があるのです。

目薬(コンタクト用・抗生物質・花粉用)、絆創膏、虫刺され薬、のどスプレー、かゆみ止め。コンタクトレンズと洗浄液も忘れてはいけません。日常の小さなトラブルに、その場で対処できる備えが、半年を健やかに乗り切る土台になります。

「自分の健康は自分で守る」。陸では当たり前に頼れる医療が遠い環境だからこそ、この意識が自然と身につきます。

浴室グッズ 〜消耗品は使い切る量を計算する〜

タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、髭剃り(本体と予備)、シャンプー、洗顔石鹸、化粧水、制汗剤。日々の身だしなみと清潔さを保つための一式です。

ここでのポイントは、消耗品を「使い切る量」で計算して持っていくこと。歯ブラシは4本、歯磨き粉は3本、というように、半年でどれだけ使うかを見積もって用意します。海外用ドライヤーや、洗濯用の洗剤・洗濯ネット、ランドリーバスケットまで入っているのは、船での生活がまるごと自己完結だからです。

シャンプーは詰め替えも持参。かさばるボトルをいくつも持つより、本体ひとつと詰め替えで回す。こうした小さな工夫の積み重ねが、限られた船室を有効に使うコツになります。

書類・文房具 〜地味だが重要〜

筆記用具、メモ帳、印鑑、名刺、メガネ、そして腕時計。

腕時計はG-SHOCK。理由は単純で、頑丈で壊れにくいからです。船の上では、見た目の高級さより「過酷な環境で確実に動き続けること」が価値になります。落としても、濡れても、揺れても動じない。この信頼感が、道具を選ぶときの私の基準です。

そして文房具よりさらに大事なものが、次の手荷物にあります。

手荷物 〜肌身離さず持つ、最重要の品〜

出発時に身につけ、絶対にスーツケースに預けない。それがこの「手荷物」カテゴリです。

筆頭は、海技免状をはじめとする重要書類一式。これがなければ乗船そのものができません。船員にとって、免状は何より大切な、自分の資格と立場を証明する命綱です。万が一にも紛失しないよう、常に手元で管理します。

現金(日本円と米ドル)、クレジットカードや保険証の入った財布、そして万一に備えた2日分程度の着替えと最低限の洗面具。預けた荷物が届かない(ロストバッゲージ)、といった不測の事態に備えて、これだけは必ず手元に置きます。

「最も大切なものは手放さない」。当たり前のようでいて、旅慣れていないと案外できないことです。

おわりに

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

改めてリストを眺めると、ただの荷物の羅列ではないことが分かります。安全を守るための装備、補充の効かない環境への備え、自己完結する生活の知恵、そして変化の少ない日々に潤いを与える「自分のための一杯」。そのすべてに、半年を生き抜くための考え方が表れています。

持ち物リストは、その人の航海観=人生観そのものです。

そして、何を持っていくかを突き詰めていくと、やがて「何を持っていかないか」「どれだけ減らせるか」という問いにたどり着きます。狭い船室、長い航海、そして安全という名の必然が、私を自然とミニマリスト思考のシンプリストへと導きました。その話は、また次の記事で書こうと思います。

これから海技士を目指す方へ。合格した先には、こうした生活が待っています。決して楽ではありませんが、陸では決して味わえない景色と時間が、確かにそこにあります。

あなたの航海の準備に、この記事が少しでも役立てば幸いです。
良い航海を。

【特典】実際の持ち物リスト(全100点・PDF)

ここまで読んでくださった方へ、特典のご案内です。

この記事で紹介してきた持ち物を、実際に私が乗船前のパッキングで使っている形そのままに、一枚のチェックリスト(PDF・全100点)にまとめました。

カテゴリごとにチェックボックスが付いていて、印刷すれば乗船準備のたびに書き込みながら使えます。「結局、何を・いくつ持っていけばいいのか」が一目で分かる、保存版の実用ツールです。

無料の本文だけでも持ち物選びの考え方は十分に伝わるよう書いたつもりですが、「自分のリスト作りのたたき台として、現物がそのまま欲しい」という方に向けて、ここから先で配布します。

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