連作短編|揺られて(前編)②|彩乃
スマートフォンの画面を見て今夜の収入を思うと自然に顔が緩んでしまう。
アルバイト先の高級クラブに客として貴也がやってきた時は、エリートでそこそこ格好いい鴨がやってきたと、いつもの軽い気持ちで言い寄ることは即決だった。
しかしそう決めたところで、なかなか思うようにはいかないところにスリルを感じる。これは恋愛ゲームだ。
銀行の副支店長が金を持っていないわけがない。体を擦り寄せ太腿に手を乗せる。自分の膝が男の太腿に触れ、そして離す。楽しい会話の合間で軽く腕を叩く。男の腕と自分の肩を触れさせる。胸元が見えるようにかがむ。
次にまた太腿に手を乗せると貴也の全身が強張っていった。
いただき!
遊びには慣れてそうだけれど、落とすのは思いのほか簡単だった。
タクシーまでご案内しお見送りするタイミングで、ママに気づかれないようさりげなく、携帯電話番号とメールアドレスを書いたメモを渡した。
ママに見つかったら叱られるどころでは済まない。クビになってしまう。
この店ではお客様との恋愛禁止のルールなのだ。
「ありがとうございました」
店員一同、深々と頭を下げ、タクシーを見送ると、ママから頭をぽんと叩かれる。
「くっつきすぎ!」
ママにはお見通しだった。
見て見ぬふりも、ママの大事な仕事なのかもしれない。
◈
「彩乃!朝ごはん食べなさい!」
今朝も母の声に起こされた。
二十歳を過ぎても母なしでは生活できない。
家族へはアルバイト先は居酒屋だと言っている。高級クラブで働いていると言えばガミガミと怒られるに違いないので、この先も家族に言うつもりはない。
アルバイト代は扶養範囲内に収まるように計算しているし、男たちから受け取る現金はそれ以上あるから豊かな大学生活を送れている。
高校二年の夏から男を知っていること、その頃から大人の男から金銭を受け取っていることを母が聞いたら卒倒してしまうかもしれない。
口が裂けても言わないでおく。
父はどう思うだろうか。
食卓で黙って朝食を食べながら新聞に目を通す父は、こんなにくたびれた男だったか。
長い間、口を利いていない父を同年代の貴也と比べてしまう。
銀行の副支店長と比べるのはかわいそうだと、色々な想像を頭の中から振り払う。
もしかして、かわいそうって聞こえたかな……
父はいつもの時間より早く家を出て行った。
◈
大学の最寄駅改札口を抜けると、眠そうな顔の桜子が近づいてきた。
桜子は入学当時からの友人のひとりだ。
「おはよぉ~」
「昨日のパパが一緒に死のうとか言いだすから逃げ帰った~」
「それってやり逃げでしょ~」
「あ!そういうこと!? 」
マッチングアプリで確認できる内容だけで、その男の善し悪しはなかなか判断が難しく、たまに帰るときになって金がないと言い出す男がいるから、できるだけ先に金はもらうことにしている。
以前、シャワー中にバッグから現金を抜かれたことがあるが、あれから現金は持ち歩かないことにしているし、リスクがあるシャワーはできれば浴びないで終わらせる。貴也は安心なパパだからシャワーは浴びるけれど。
◈
貴也との十回目の夜だから何かサプライズしよう。そうだ、胸に『タカヤ スキ』ってチューブのチョコレートクリームで描こう。以前、別のパパにやってあげたら思った以上に喜んでくれた。男なんていくつになっても単純でわかりやすい。そんなことを講義中に考えていた。
まだまだ別れるつもりはない。
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