役職定年の話をしよう
うららかな春の陽光。いい季節になったと心から思います。明日は少し気温が下がるそうですが、その後はまた温かくなるようですね。ありがたや。
さて、……。
年度末作業も取りあえず目途がついてきた。年度が明けると、私は残り数年で役職定年を迎える。昔であれば、役職のまま勤め上げて退職だったのだけど、今は役職でなくなった後、しばらく勤めてから退職となる。
職場で周りにいた諸先輩の様子を見ていて、それってやっぱり辛いよね、と思うことが少なからずあったので、今回はそれを考えてみたい。
1.仕事へのモチベーションが低下
今はプレイングマネージャーが当たり前で、管理だけやる役職者は少ないとは思う。その実務の方で、長年培ってきた経験や知識を活用しようとした時に、実は役職の肩書きが意外とモノを言っていたことに気付く。
この役職の肩書きがなくなることは、責任や権限が減ることを意味する。楽ができると思える人はいい(会社側にとってはよくない)のだが、そうでない人は仕事への意欲ややりがいを感じにくくなる。
役職としてやっていた裏方の仕事がなくなれば、理屈の上では実務に全力投球できることになる。でも、実際は加齢もあり役職になる前ほど仕事に集中できない。
2.社内外での立場や役割の変化
周囲から「役職定年者」という目で見られる。あからさまに見下げてくる人はいないし、上司も普通は「さん」付けで呼んでくれるのだけど、どうしてもそれまで通りには接してもらえない。新たな関係構築が必要になる。
当然役職会議に呼ばれなくなるし、社内での発言力も下がる。
社外者も自分ではなく今の上司の意向を気にするようになる。このことで自分のステータスが低下したように感じ、自己肯定感を持ちにくくなる。
3.収入減少の影響
役職定年によって役職手当分の収入が減少。子どもの成長度合いにもよるが、生活水準を下げる必要に迫られる可能性がある。
収入減により、趣味や旅行等の余暇活動に役職時代ほどお金を掛けられなくなる。結果として自由に楽しめなくなる。
4. 人間関係の変化
かつての部下が同僚になることで関係性が変わり、役職時代のように接することが難しくなる。逆に、役職時代の上司との距離感はより遠くなる。
役職定年を機に退職する人もいて、知り合いが減る。そのことで社内での居場所を失ったように感じ、孤独感を抱く。
5.新しい環境への対応に伴う精神的なストレス
役職定年によるストレスから、体調不良や精神的な不安定さを招くことがある。更に自分自身の価値や存在意義も確信できなくなる。
定年後が現実味を帯びて迫ってくる。それに向けての基本プランを組み立てていかねばならないが、今の状況ですらキツいのに更に先を考えられない。
役職時代より時間的余裕はできるが、せっかく持てた自分の時間を有効活用できず、それがまたストレスになる悪循環。
これまで自分自身が見てきた諸先輩の言動の端々から伝わってくるものを私なりに咀嚼して書くと、このような感じになる。人によっては妙に卑屈になったり、諦めモードから投げやりっぽくなったりする例もあった。
周りは腫れ物に触るような接し方になる。ただ、やがて役職定年の人の側で段々自らの身の振り方を学ぶようになってくる例が多く、大事には至らなかった。
自分はnoterなので、多分noteを最大限活用しながら切り替えもうまくやっていけると思っているけれど、絶対とまでは言えない。そうであっても、むしろ誰でも程度の差はあれ何らかの葛藤は抱くものだと達観して対応していく所存。
結び
役職定年もサラリーマンであればかなりの確率で通る道。そうであれば後ろ指を指されないように通り過ぎたいもの。せっかくの変態期間を与えられたのだから、これを活かして自分自身の価値観を再構築して、新たな目標や生きがいを見つけていきたい。
浮いた時間を無駄遣いせず、noteやその他の趣味や地域の活動等に勤しみ、定年退職後にも続く社会とのつながりを構築していきたい。なお、家族や友人との交流をおろそかにしないよう気をつけていく所存。
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