📘③ モシュリーマン ― 喪主になったサラリーマンの記録 第一部 第3話 お通夜前の打ち合わせ
──枕経を終えて深夜の帰京。でも、ゆっくり休む暇はない。夜が明ければ支度を調えて改めて実家に向かい、通夜を営まねばならないからだ。故人は安らかに眠れるが、喪主が休めるのはまだまだ先のこと。──
第四章 お通夜前、即断即決を求められる葬儀社との打ち合わせ
(1)再び実家に向かう朝
翌朝、町田夫妻は普段の平日と同じ時間に目を覚ました。
しかし眠ったという実感は全くない。
敢えて言えば、束の間意識が途切れていただけのように感じる。
今日は平日。
普段のスキー帰りであれば、町田は出勤、玲子は登校するはずだった。
でも、今日は違う。
由紀は登校班の子にお願いして、玲子の忌引きを連絡帳で小学校まで届けてもらわねばならなかった。
町田も喪主として、十四時から会館と通夜の打ち合わせがある。
眠気は残るが、やるべきことに立ち向かう気力が町田夫妻を起き上がらせた。
喪服、数珠、香典袋、薄墨の筆ペン……。
家にある通夜葬儀で使いそうなものは、すべて鞄に詰め込んだ。
何が必要になるかはわからない。
ただ、今できることをする。
それだけのことであった。
そうこうしているうちに、駅へ向かう時間になった。
曇り空の下を三人で歩く。駅までは十分ほどの道のり。
その道中でも、町田は手を休めない。
父・芳徳が生前に言っていた言葉を思い出したからだ。
「俺が死んだら、会社の総務に電話してくれ。花輪が届くはずだ」
言われた通りに、芳徳が退職まで勤めた名古屋支店の電話番号をスマホで調べ、電話を掛けた。
だが、電話に出た相手は戸惑い気味に言った。
「社友の訃報につきましては、本社にご連絡頂けないでしょうか」
歩きながら次に掛ける電話番号を聞いて手帳に書き込み、本社の担当課へ電話する。
しかしながら、今度は「社有の訃報については社友会が担当しております」と言われ、さらに別の番号を教えられる。
手帳に書き込みながら、(もう、いい加減にしてくれ)と心で呟いた。
三度目の電話。受け手の声は落ち着いていた。
「亡くなられた方のお名前と生年をお聞きしてよろしいでしょうか」
ようやく人間味のある対応に触れ、町田は少し胸をなで下ろした。
名前と生年を告げると、相手はカタカタとパソコンを操作して名簿を確認し、
「確かに登録がございます。
社友会と社長名で供花をお送りいたします。
会場の住所と電話番号を教えてください」
と返してきた。
それを相手に伝え、ようやく用事の一つが終わった。
家の最寄り駅に着くころには、町田は早くも疲労を感じ始めていた。
ラッシュは過ぎていたが、車内にはまだ立ち客が多い。
東京駅で新幹線に乗り換え、三人席に並んで座る。
眠い。でも、気が張って眠れない。
結局、町田は一睡もせずに名古屋駅へ降り立った。
そこから在来線に乗り継ぎ、最寄駅からタクシーで実家へ向かう。
実家には、姉の典子一家がすでに到着していた。
母のキヌは、涙ぐみながら何も話せない。
町田夫妻は二階のかつての自室で喪服に着替えた。
そして町田は典子と共に、実家に残された亡父・芳徳の車で会館へ向かった。
(2)会館での打ち合わせ
会館の入り口には、すでに「町田家通夜・葬儀」と記された案内が掲示されていた。
(いよいよだな)
町田は思ったが、自分が何をどうすればよいのか見当もつかない。
これまでの葬式で知っている喪主の役割といえば、最初に焼香し、最後に挨拶することくらいだった。
不安が頭をもたげたその時、打ち合わせ室の扉が開いた。
中から、温和そうな女性職員・伊藤が出迎えてくれた。
「この度はお寂しくなられ……」
また定型のお悔やみ。
町田は(この口上、どうにかならないのかな)と内心で閉口する。
もちろん言葉には出さない。
伊藤は手元の書類を見ながら、話し始めた。
「それでは、本日のご予定について打ち合わせをさせていただきます。
まず、火葬許可証のご提出をお願いします」
(しまった。完全に忘れていた)
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