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AIは活用するもの、頼り切っては自分の矜持が保てないと思うこと

帰り道に雨が降っています。今朝の天気予報で雨が降るって言っていなかったような気がするのですが、それを言ってもやまないですし。幸い長くは降らなそうなので、駅前のショッピングセンターで時間をつぶそうかと。

さて、……。


はじめに

今では記事を書く時に、ChatGPTやCopilotといった生成AIを使うことも増えてきた。これも時代の趨勢だと認識。

ただ、さすがに「適当にnoteの記事を書いてくれ」では頼まれた生成AIも書けない。それでも、まずタイトル候補案を出してくるのはさすがだと思う。

そのような経験を踏まえ、私なりの生成AIとの関わり方をお伝えしたい。

生成AIと最低限やるべきこと

生成AIに対し、今回何をテーマにするか、どのような観点で記事化したいのかについて、基本はあくまでも我々人間側が指示する必要がある。この点は忘れてはならない。

もちろん「今の時期に相応しいブログ記事のテーマを教えて」と生成AIに問えば、結構な数のテーマを挙げてくれる。でも、その中からテーマを選ぶのは人間側。

テーマを選んで生成AIに「記事を書いて」と頼めば、取りあえず記事にまとめてくれる。

生成AIとのやりとりは必須

但し、まとめられた記事をそのままnoteにアップするのはお勧めしない。というのは、それだと誰でも書ける記事でしかないし、読者に読んでもらえない。仮に読んでもらえても読者の心に訴えかけるものがないからだ。

極めてツルンとしているがゆえに、綺麗だけど心のひだに引っ掛からない文章であることが多い。更に言えば「まとめ」部分で主語と述語の対応が怪しいことが結構ある。

結果的に最初の読者であるあなたの腑に落ちない文章の可能性が高く、そのようなものを安易に掲載しない方がよいというのが私の考え。

私の場合、生成AIがいくつか挙げてくれたテーマに対し「自分はこう認識している」「このように考えている」と生成AIにフィードバックしている。すると生成AI側もそれについての情報を更に集めて文章に取り入れてくれる。

そういうやり取りを何度かした後に「それでは、noteの記事としてまとめて」とお願いすると、当初の何もしなかった状態よりはかなり内容のある文章を提示してくれる。だから、このやり取りは不可避だと思っている。

更に自分で文章を磨く

そして、提示された文章を改めて読み直して、自分なりに手を入れて文章を仕上げていく。これをしないと他人の書いたレポートの丸写しにしかならない。そもそも自分自身が読んで心から納得できない(はず)。

この手間を惜しむようであれば、いずれ自分自身に対して「今、自分がやっていることは何か」「やっていることに意味があるのか」と疑問を持つようになる。単なるコピペマシーンでは、自分の存在意義を疑わざるを得なくなるからだ。

もし、コピペマシーンとして振る舞うことが全く気にならないならば「noterとしてどうよ?」とだけ申し上げておく。

自身の矜持を保つ

自分のキャラが立っていない文章を読んで、自分のキャラを自分で把握しているならば「自分はこういう言い方、このような表現はしない」と自分で気付くはず。

だから、このような文章チェックをしないのは、自分のキャラを殺すことと同義。それを可とするのは矜持がないと私は思うのだけど、如何だろうか。

終わりに

生成AIは使うものであって任せるものではないと思う。テーマを出してもらい、そのテーマについてやり取りをして、自分の考えていることをしっかり伝えることで、自分の考えに近いものが生成される。

更にそれを校正して磨いていくことで、他者が書くものとは異なる価値を読者に提示できると思っている。

お読み頂き、ありがとうございました。

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