【#創作大賞2024】いなくなったきみへ 第二話
いなくなったきみへ
前回
***1-4
山岳部に部室というものはないらしい。
薄々そうなんじゃないかとこれまでの三年間で思ってはいたけど、やはりそうらしい。
「じゃあ大体いつもここら辺で?」
「そっすね。五号館の二階の踊り場で駄弁ってます。ベンチあるんで!」
「山岳って公認サークルじゃないの?」
「あ、なんか違うらしいっすね!公認だったら今頃部室にいますもんね!」
いかにもムキムキの〝山の漢〟といった感じの青年がハキハキと応える。日頃から迫力があって少々邪魔だなと思っていた山岳部の皆さんだったが、根明も根明、曇りなき陽キャラである。お陰で非常に話しやすい。
加えて、常日頃から邪魔でいてくれたせいもあり馬場を探すにあたって迷いなくここまで来ることができた。えてして部室を貰えない準公認サークルや非公認サークルの人間たちはこうして適当な自習スペースやベンチを陣取って自分たちの居場所を形成する。きっと二週間くらい遡れば馬場昴生の姿もここで見かけていたはすだ。
「で、訊きたかったんだけどさ。馬場って人、ここの山岳部だよね?」
肩越しでもじもじしていた楓も今がその時とばかりに口を開く。
「馬場昴生くん。三年なんだけど……」
普段はチャキチャキしている癖にこういう初対面の場は苦手らしい。
相対するムキムキはその辺り特に気にする様子はなく、立ち話もなんですしと爽やかに席を空けてくれた。他にも溌剌とした男が三人ほどいたが誰もが快く彼らのスペースに僕らを招き入れる。
「馬場さんいますよ。最近あんま見てないかな〜。ほらテストとか忙しかったし」
お前ら最近会った? とムキムキは周りの奴らにも聞いてくれるが返事は芳しくはない。
「言うても俺ら後輩なんで! 待ってれば今から有坂さんたち来ると思うんで。そっちに聞いてみた方がいいかもっすね。馬場さんと同期なんで」
そういうと名前も知らないこの後輩のムキムキは一本電話を掛け、もう一度僕らの方を向いた。
「じゃあ、あの俺このあとバイトなんで! 有坂さん早く来てって伝えといたんで!ここ、座って。待っててもらっていいすか」
軽い調子で、若干申し訳なさそうに片手で謝ると彼は友達を引き連れ去っていった。ハキハキしていたし勢いも強い。気づけば僕はベンチに座らされていた。
なんだか申し訳ない気もしたが、元より公共の校舎のベンチである。気にした方が負けだ。
楓はここまでのやり取りを何処かぽかんとした様子で見ており、僕が座れば? と声を掛けてようやく腰を下ろしたのだった。
***1-5
有坂という男はすぐにやってきた。ぱっちりとした目と綺麗な眉が印象的で、シンプルなシャツの着こなしもよくいる垢抜けた大学生という感じだった。〝筋肉〟とか〝漢〟とか〝日焼け〟みたいな山男っぽさのないところは寧ろ写真に映る馬場と似た雰囲気だ。
「昴生ね、俺も会ってはないんだよね。最後に会ったのが……。それこそほんと、一週間前ぐらい」
「学校で?」
「そう。俺は試験受けに来てて。昴生も社学棟寄った帰り……とかだった気がするな」
有坂は眉間に指を当てながら懸命に思い出そうとしてくれる。この山岳部の人間はどうも皆揃っていい奴らしい。部外者にも優しい。親しい人間にも多分優しい奴らなのだろう。
「それ、正確にはいつですか。十七日? それより後?」
楓が尋ねると有坂はすぐに答えた。
「あ!そう!十七日!一月十七日はおにぎりの日〜って。売店で何故か大特価になってたおにぎり、お互い買って〜。で、すぐ別れたんじゃなかったかな」
そのまま楓が続ける。
「何か用事があったのかな」
「ん〜、バイトだったと思うけどなぁ。毎週曜日でその時間働いてたし」
返信通りだ……と楓が口パクする。
「というか、山岳部では〝馬場がいない〟とまでは話題になってない? 最近会ってないなぁ程度?」
少し話題を切り替えてみる。有坂は神妙な面持ちで言う。
「たしかに最後に会った日から昴生は誰にも連絡返してないし、俺らもどうしたのかなとは話してたんだよ。あいつにしては珍しいから。ただ……」
お楽しみ中なのかなって。
有坂は話し出しとは変わって言いにくそうに続ける。
これは俺らが勝手に言ってただけでさ。全然事実とか関係ない話なんだけどさ。昴生、年末辺りから結構浮かれてたんだよね。相当可愛い子? 脈ありかもって。いけんのかなぁ、あ、でも押し過ぎて怖がらせるのは絶対嫌なんだよなぁ!って。飲み会の場でも仲良い同期の前だと言ってたりしてさ。
有坂の言葉を浴びて楓は少しだけ、苦々しげな笑みを浮かべた。
それでな、と有坂は言った。
会うって言ってたから。いや正確には「会う」とは言ってなかったけど、バイトの前に「今日はそのあと、お楽しみがあるから」って俺に言ったんだよ。
「だからさぁ、返事返さないのも上手くいってるからなんじゃねぇのって俺ら言ってたんだよ」
バイトの後、めちゃくちゃに惚れ込んでいる女の子に会う。馬場は一人暮らしだ。家に誘えば、上手くいったらその日はお泊まり。なんなら一週間ぐらいなら半同棲の真似事が始まっててもおかしくはない。大学生の恋愛は時折周りにはついていけないスピードで進行していく。
「たしかにそれならあんまり気にしないかも……」
楓がぽそぽそと不安気に呟く。ありそうな話ではある。しかし、それなら馬場昴生の家に一発突撃訪問すれば直接会えるんじゃないか。
その時、申し訳なさそうに有坂は付け加える。
「でも、考えてみたら最後に会ってから俺ら二回は昴生の家凸したんだよ」
凸ということは行ってみたし、インターホンとかも押してみたんだろう。
「ということは?」
「二回とも空振り」
夜だったしバイトもない日だろうからいつもなら家にいるだろうと誘いに行った。自分たちも飲んでいた最中だから向こうもきっと飲み会中だろうと二回ともすぐに帰った。
その時もやっぱり「駆け落ちか?」なんて面白半分で茶化していた。だから彼らは「いなくなった」とか「探しだそう」みたいな話しにはならなかった。
「バイトの後、自分んちじゃなくて相手の家に帰ったんかな」
そこで何かがあったか。そこで今もキャッキャうふふとお楽しみ中か。
楓が覚悟を決めたように息を呑むと有坂に尋ねた。
「その、相手の女の子名前わかりますか。どこで知り合ったとか言ってました?」
有坂は相変わらず眉間を人差し指でトントンと叩きながら思い出す。
「バイト先の子なんだよ。名前はたしか……」
リツコちゃん。
続く
