「繊細さ」も「脆さ」も、抱きしめながら進んでゆく
これらの要素は、一言で言えば、「弱さ」と言い表すことが出来るのかもしれない。
けれど、私はどうにもその言葉が好きになれず、あえてこのように細分化してみたのだ。
だって、「弱い」と言ってしまえば、「弱い」という概念だけに縛られてしまうような気もするし、「弱い」があるなら、「強い」という言葉も同時に生まれてくるわけで、その「強い」は本当に「強い」と言えるのか、そんな疑問が浮かび上がってくるからだ。
「強さ」の中には、「弱さ」も隠れていて、「弱さ」の中にも、「強さ」は必ず眠っていると思っている。
だから、あえて分かりやすく二極化せずに、「繊細さ」や「脆さ」のように、一見すると「弱い」と捉えられてしまいそうな気高い性質を、揺れ動きやすい心根を持ちながら、「どうやって生きていこうか」ということの方に、すごく興味が湧くわけだ。
そこでひとつ思うのが、外界の刺激にたくさん反応してしまう心や身体を、「そのまま味わい尽くす」ということが、それらを抱きしめながら進んでゆくことに繋がると思っている。
いくら「考えない」とか「気にしない」とか思っても、もしくは誰かからそういうふうに言われたって、考えてしまうものは考えてしまうし、気にしてしまうものは気にしてしまうと思うんだ。
それらを頑張って誤魔化してみたり、見て見ぬふりをして蓋をしてみても、心と身体はやっぱり正直みたいで、行き場を失くした「繊細さ」は、「脆さ」は、しばらくして違う形で、多くは「不調」として、心や身体に顔を覗かせてくる。
それならいっそのこと、たくさん感じて、悲しんで、落ち込んで、泣いたっていいと思うんだ。
その姿は、決して人前では見せられないような「恥ずかしい」と思ってしまうようなものかもしれない。
けれど、それでもいいんじゃないかと思うんだ。
だってそこには、「わたしがわたし」としてたらしめる、すごく人間らしい尊さがあると思うから。
そうやって、自分の心と身体に正直に生きていくことが、再び立ち上がる「生きる力」を生み出していくことにも繋がるのだと思う。
だから、「繊細さ」だって、「脆さ」だって、むしろ可愛がってあげるくらいに、全部あってもいいものだと思うんだ。
りん
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