幼少期/傷ついた私/本当はどう感じていたか/心の傷を癒すまで/男の子に産まれてこなかった私 #1
幼少期の記憶の中で、私の1番古い記憶は・・・
多分2歳位の頃の出来事
朝起きて、お布団の中で、母が持って来てくれる哺乳瓶に入れた温かい牛乳
を飲んでから始まる1日・・・
そんな、幸せな日常がある日、なくなりました
もう2歳なんだから。いつまでも、哺乳瓶で牛乳飲んでいたら、恥ずかしい
よ。そう言われて、その日から、突然哺乳瓶を卒業する事になり、それ以
来、あんなに大好きだった牛乳が、大嫌いな飲み物になりました。口にする
だけで、気持ち悪くて、それ以来牛乳は飲めなくなりました
当時同居していた叔母からも、哺乳瓶でまだ飲んでるなんて、赤ちゃんみた
いだね。と笑いながら言われた私は、とっても傷ついた事を覚えています
恥ずかしい。私って、悪い子なんだ。赤ちゃんじゃないもん‼赤ちゃんなん
かじゃないもんって、すっごく悔しかった・・・悲しかった・・・
保育園に通っていた頃・・・
5歳か6歳の頃の私は、家から歩いて保育園に通っていました
毎日ではないけれど、何度かたった1人で歩いて行きました
途中まで、おばあちゃんが見守ってくれていた事や、飼っていた犬が一緒に
着いてきてくれた事もありました
幼児の足で、15~20分はかかったかな・・・
車も通る道でしたが、交通量は少ない道
おばあちゃんも母親も大丈夫?本当に大丈夫?って心配していたと思うけど
(遠くから見守っていたのを何となく覚えています)、1人で行けるもん‼
赤ちゃんじゃないもん‼しっかりした子だもん‼偉いんだから。って強がって
いた・・・
私は、2人姉妹の次女
父親は、男の子が欲しかったそうです。おじいちゃんおばあちゃんは、跡取
り息子が欲しかったのかな?(言われていないけど感じてた)
母が妊娠中、周りの人達は勝手に男の子だって思い込んでいました
母の妊婦健診は、産婆さんでしたので、性別は産まれるまで不明なのに
お腹の中で、元気に動くのを見て、男の子だと信じていたそうです
父親は、男の子の名前しか考えていませんでした
【さんしろう】って名前・・・
事あるごとに、男の子が欲しかった話を聞かされ、男の子の名前しか考えて
なくて、女の子が産まれて、残念で名前も考えてくれなかったそうです
私の名前は、仕方なくおばあちゃんが付けてくれました
お姉ちゃんの名前は、父親が付けました
今でも、涙が出るほど悲しいなぁ・・・って思います
そして、そんな私に追い打ちをかけるような言葉が
【凛は本当は橋の下で拾った子なんだよ】
幼い私は、真に受けて、え~私拾われた子供なの😖😭
大好きなパパとママの子供じゃないんだ
私は、捨てられた子供なんだ。本当のパパとママは何処にいるの?
どうして?捨てられたの?って当時は、思っていました
随分経ってから、噓だと教えてくれたけど、私の心は傷ついたままでした
幼少期にあった出来事の一部です
この些細な出来事の中にも色んな感情や、ここから得た思い込み、生きる術
等が解ります
それらを紐解いていき、今の私なら、どうする?どうしたい?
何処までも、自分に寄り添い、問うていきます
あの時、どんな気持ちだったのか?
何を思っていたのか?
あの時の大人は、何故そんな言動や行動をしたのか?
ここから、私がどうやって、傷を癒していったのか?
自分の本当の気持ちに辿り着いていったのか?
そして、あの頃の私にどんな言葉をかけてあげるのか?
セッションで実際に言われて響いた事
納得した事。体感した事。を書いていこうと思います・・・
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