プロフィール画像を変えたら、少しだけ自分に追いついた。
プロフィール画像を変えました。
顔を変えたわけではありません。
でも、なんだか少しだけ、自分の看板をかけ替えたような気がしています。
今回のアイコンは、みかこさんに依頼して描いていただきました。
やわらかい髪。
ほんのりしたほっぺ。
本を両手で持って、こちらを見ている人。
一目見たとき、
「あ、これからの私だ」
と思いました。
いや、正確に言うと、いまの私そのものというより、
いまの私が、これから向かっていきたい場所に立っている姿、という感じでした。
本を持っている。
でも、かしこまっていない。
司書です、書いています、読書が好きです、と胸を張りすぎるわけでもなく、
ただ、そこに本があるのが自然な人。
そんな雰囲気が、とても好きです。
プロフィール画像って、不思議ですよね。
ただの小さな丸い画像なのに、
noteでも、Xでも、コメント欄でも、
その人の「こんにちは」の代わりになってくれる。
はじめましての人にとっては、最初の印象になる。
いつも読んでくださる人にとっては、
「あ、凛さんだ」と見つけてもらう目印になる。
つまり、アイコンは小さな玄関なのかもしれません。
その玄関先に、どんな表札を出しておくか。
どんな花を飾っておくか。
どんな灯りをともしておくか。
そんなことを考えはじめると、
プロフィール画像ひとつ変えるだけで、
急に大ごとみたいになってしまうから困ります。
でも、わりと本気でそう思っているのです。
私は、文章を書いています。
本のことを書きます。
子育てのことも書きます。
司書として感じたことも、日々の小さな揺れも、読んだ本の余韻も書きます。
だけど、プロフィール画像ひとつで、
その全部を説明することはできません。
「司書です」
「母です」
「本が好きです」
「エッセイを書いています」
「noteで企画もしています」
そんな言葉を全部詰め込もうとすると、
たぶんアイコンの中の私は、本ではなく履歴書を持つことになってしまう。
それはちょっと、ちがう。
今回描いていただいた子は、ただ本を持っています。
にこっとしている。
無理に前へ出すぎていない。
でも、ちゃんとこちらを向いている。
その距離感が、いまの私にはとても心地よかったのです。
私はたぶん、
「すごい人」に見られたいわけではなくて、
「この人のところに行くと、本の話ができそう」
と思ってもらいたいのかもしれません。
「ちょっと疲れた日に、読みに行ってもいいかも」
「子どもとの暮らしのなかで、ふっと息が抜けそう」
「本を読めていない自分でも、ここにいていいかも」
そんなふうに思ってもらえる場所を、少しずつ作りたい。
だから、このアイコンは、私にとってただの似顔絵ではありません。
これからの自分の活動に、
そっと栞をはさんでもらったような一枚です。
本を持っている私。
でも、本の向こうに隠れていない私。
書きたいことがある。
届けたい人がいる。
だけど、急がず、押しつけず、
ページをめくるように出会っていきたい。
そんな気持ちを、この小さなプロフィール画像に込めています。
みかこさん、素敵に描いてくださってありがとうございました。
これからしばらく、この子が私の玄関になります。
noteの片隅で、Xのタイムラインで、コメント欄の小さな丸の中で。
本を抱えたこの子を見かけたら、
「あ、凛さんだ」
と思ってもらえたらうれしいです。
……という、プロフィール画像を変えました、という話でした。
いや、ちがうかもしれません。
これはたぶん、
小さな丸いアイコンに、
これからの自分の居場所を少しだけ託した話です。
でも、そんなはなしです。
喜木 拝
いいなと思ったら応援しよう!
サポート頂けると飛んで喜びます!
本を買う代金に充てさせて頂きますね〜
感謝の気持ちいっぱいです!!