見出し画像

夏の隙間に、わたしの暮らしを置いて。

当たり前だが、夏は暑い。
カーテン越しに漂ってくる熱気、冷蔵庫に張りつく保冷剤、汗をかいた麦茶のグラス。
大人になってからというもの、毎年同じ光景を繰り返しているだけのようだった。けれど、娘が生まれてからの夏は、どこかジェットコースターみたいにめまぐるしい。
同じ夏なんて、ひとつもないのだと、思い知らされる。

憧れは、“ていねいな”暮らし。
涼しい部屋で、淹れたてのハーブティーを飲みながら、
読みかけの本を静かにめくる―そんな画を思い浮かべてはみるけれど、
現実は、ずぶぬれのタオルと散らかった床と、何度も呼ばれる「ママ」でできている。

3歳になった娘のトイレトレーニングは、夏が勝負とどこかで聞いた。
大人にとってはただの季節のひとつでも、子どもには新しい挑戦の連続だ。
ベランダに干した小さなトレパンが、風に揺れるのを横目に、
いつのまにか私も、夏に背中を押されているのかもしれないと思う。

じいじは、プールに娘を誘いたくて仕方がないらしい。
トライアスロンを続けている人の体力には、驚かされる。
炎天下でもシャワーを浴びたような笑顔で、孫の手を引いていく。
市民プールデビューの日も近いだろう。

忙しい夏は、ていねいを諦める言い訳をくれる。
今日も、昨日も、きっと明日も、予定外のことばかり起こるにちがいない。
でも、そういう暮らしを選んで、少し誇らしく思っている自分もいる。
娘が初めて一人でトイレに行けた時の、あの満面の笑みを見たら、
わたしの“ていねい”は、整った部屋や完璧な手順じゃなくて、
こんな笑顔を見届けることなのだと気づかされる。

8月は、ただでさえ湿った空気に、自分のバタバタが溶けていく季節。
夜風に吹かれてベランダでひと息つくときだけは、
娘の寝息を聴きながら、膝の上には誰かに届けたい物語を一冊。
すると日中のドタバタも、かけがえのない時間だったと愛おしく思えてくるから不思議だ。この柔らかな時間で、わたしはまた、小さな“ことば”をすくいあげて、誰かの暮らしの隙間へそっと届けたい。


(831文字)

三條凛花さんの企画に参加させていただきます。
凛花さん、よろしくお願いします😊

プロフィール
本のヘラクレスオオカブトを目指す喜木凛(ききりん)です。
暮らしの隙間に、本とことばを届けます。


喜木凛noteのアドレスQRコード

いいなと思ったら応援しよう!

喜木凛(ききりん) サポート頂けると飛んで喜びます! 本を買う代金に充てさせて頂きますね〜 感謝の気持ちいっぱいです!!