深夜2時のLINEと、焼きそばパンの記憶
サイン帳。
卒業を控えたあの春、クラスの誰かが持ってきたのがはじまりだった。
「これ、まわしていい?」の一言に、クラスメイトたちはペンを走らせた。
小さなページに「ずっと友だちでいようね」とか「また遊ぼう!」なんて、少し照れくさい言葉が並ぶ。わたしは、その中に「焼きそばパン、また分けてね」と書いた。前の席の男の子が、昼休みにこっそり2つ買ってきてくれて、半分こしたことがあったのだ。
彼の名前を、いまの夫と重ねる気はない。けれど、サイン帳のあの軽やかな思い出は、なぜかふと、彼のとなりに座っていた青春とリンクしてしまう。
そして、夫との記憶で、どうしても外せないのが「深夜2時のLINE通知音」だ。
付き合いはじめのころ、私はどうしても話したいことがあると、夜中でもLINEを送ってしまうタイプだった。
それはもう、勢いがあった。好きだから、今伝えたい。そう思ったら、時刻なんて関係なかった。
「ピコンッ」
静まりかえった部屋に響くその音で、彼は何度も起こされたらしい。
「いまだに許してないからな」と笑いながら言う彼に、
私は「あの頃のわたしは全力だったんだよ」と返す。
深夜2時のLINEに、愛と未熟さが詰まっていた。
焼きそばパンを半分こするような、距離感がわからなかったあの頃。
サイン帳に“また会おう”と書いて、卒業していく気持ちと、少し似ていたのかもしれない。
今では、となりに寝ている夫にLINEを送る必要はなくなった。
それでも、たまに画面を見て、書きかけて、やめることがある。
「おやすみ」とだけ、残す夜。
かつてのわたしは、起こしてでも伝えたかったことが、
いまの私は、静けさで包むことを選んでいる。
だけど、心のどこかでは思っている。
「ごめんね、でもあの夜、やっぱりあの言葉、伝えたかったんだよ」って。
もう深夜2時の通知は避けて、朝になるまで送らずに保存しておくけれど、
それでも、心の中では送っている。
あの頃と変わらず、きっと私は、“伝えたくなる人”を隣に持てたのだと思う。
毎日一緒にいることが、
ちゃんと伝えなくてもいい理由にはならなくて。
たまに、あの焼きそばパンみたいに、
わざわざ分け合いたくなる気持ちが、そこにある。
喜木 拝
ヤスさんのお題で綴りました。
三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉(今回なら、サイン帳[卒業前にまわすやつ]、焼きそばパン、深夜2時のLINE通知音)を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。
ほぼほぼフィクションですが、夫に深夜LINEを送ったのは事実です(笑)。
やっぱり自分の気持ちを絡めたエッセイ風になりました。
お題で考えるの楽しいです!
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