から揚げ弁当は、正義だ。【掌編小説】
職場から少し離れたところに、古びた弁当屋がある。
のれんは色あせ、店主のおじいさんの声はやたらと大きい。窓には手書きのメニューが貼られたまま、風で端がめくれている。
でも、ここの「から揚げ弁当」だけは、何があっても別格だった。
衣はカリッとしていて、なかは柔らかくてジューシー。しょうががほんのり香るその味は、仕事で心がすり減った日ほど、なぜか沁みる。
昼休みに車を出してまで買いに来る理由は、それだけでじゅうぶんだった。
この日も結衣は、いつものように足を運んでいた。
朝から後輩のミスをフォローし、会議では上司の機嫌をうかがいながら発言のタイミングを見計らい、それでも「空気が読めてない」とあとで言われた。
言いたいことは、のどの奥に溜まったまま。飲み込むたびに、自分の輪郭が曖昧になっていく気がしていた。
自分の正しさを声に出すたび、誰かを不快にさせている気がして、つい口をつぐんでしまう。
―傷つけられたら、牙をむいてもいいんだろうか。
それとも、飲み込んで、大人になるべきなのか。
大人って、そういうのを全部、笑って流すものなんじゃなかったっけ。
そんなふうに思っている自分にすら、嫌気がさす。
「今日も、から揚げですか」
店主の声に軽く会釈を返し、紙袋を受け取る。あたたかさが手のひらに伝わってきて、それだけで少し泣きたくなった。
車へ戻る途中、嫌な予感が的中した。
フロントガラスには、ぴたりと赤い紙が貼られていた。
駐車禁止。
「……もう、やってらんない」
車に乗り込み、エンジンをかける気にもなれず、カーラジオのスイッチを入れた。
ふと、聞き覚えのあるイントロが流れ始める。チャゲアスの『YAH YAH YAH』だった。
胸の奥がきゅっとなる。
「傷つけられたら牙をむけ 自分を失くさぬために」
「一緒になぐりにいこうか」
その歌詞が、真っ直ぐに飛び込んでくる。
忘れていた感覚が、一気によみがえった。
誰かに遠慮して、波風を立てないように生きてきた。
「大人なんだから」と言い聞かせながら、飲み込んで、笑って、ごまかしてきた。
でもそれで、自分の中の何かを置き去りにしてきた気がする。
牙をむくのは、誰かを攻撃するためじゃない。
自分を守るために、必要なときがある。
弁当のふたを開け、から揚げをひとつ口に入れる。
じゅわっと広がる旨みに、なぜか涙がにじんだ。
少し冷めていたのに、味はやさしかった。
何もかもうまくいかない日だった。
駐禁を切られ、会議では浮いて、気づけば黙っていた。
でも、こうして自分を取り戻すように食べるから揚げの味が、今日だけは、自分を肯定してくれているような気がした。
「……から揚げ弁当は、正義だな」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。
歌はまだ流れている。
チャゲアスの歌声が、今日もどこかで誰かの背中を押している。
#木曜日は3ースデイ
こちらの企画に参加しています。
エッセイではなく、小説に挑戦してみました!
なかなか難しいですね。
こちらまで、読んでいただき、ありがとうございます💖
喜木 拝
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