失恋しても、名文は生まれなかった。
失恋した夜、私は名文が生まれると期待した。
けれど、ノートに残ったのは、どこにでもありそうな陳腐な言葉だけ。
幼いころから、本を読むのが好きだった。
いわゆる「本の虫」で、小説を読むたびに「書く人」に憧れていた。
自分もいつか物語を綴れるものだと疑いもしなかった。
たくさん読んで、たくさん感じて、胸が痛むような出来事を経験すれば、深い文章を書けるようになるのではないか。
大学生のころ、大きな失恋をした時も、これで「ほんものの文章」が書けるかもしれないと意気込んだ。
書けなかった。
ノートに並んだのは、「つらい」「忘れられない」「どうして」みたいな、どこかで見たような言葉ばかり。
心はあんなに揺れているのに、文章にした途端、それは急に小さく、薄くなってしまう。
悲しいはずなのに、言葉は平凡で。
苦しいはずなのに、文章は薄い。
自分の痛みは本物なのに、それを掬いあげる言葉は、驚くほどありきたり。
あぁ、文才がないのかもしれない。
あの時、私は一度、勝手に挫折した。
それでも不思議なことに、書くこと自体はやめられない。
ホームページを自分で作成したり、mixiに夢中になったり。
誰かに見せるほど立派でなくても、いつも、どこかに言葉を置ける場所を探していた。
noteでは、読書や子育て、図書館で働く日々の出来事を書くようになった。むかし思い描いていたような、劇的な物語ではない。
暮らしの中には、書き留めておきたい瞬間が、たしかにある。
最近は、娘との時間をもう少し大切にできるようにと、3年後を目標に副業のWebライターを本業にすべく力を入れはじめた。
それでも正直に言えば、私はまだ「書くことに本気な人」をどこか遠くから見ていたのかもしれない。
そんな折、みくまゆたんさんの著作を拝読し、衝撃を受けた。
noteで交流させていただいたこともあって、勝手ながら少し身近に感じていた。だからこそ商業出版という事実はまぶしい。
すごいな、羨ましいな。
そんな気持ちで本を開いた。
打ちのめされた。
「書くことが好き」という気持だけでは届かない場所まで、自分の足で進んできた人の時間があった。
ライターになるまでにどんな本を読んできたのか。その紹介も興味深く、さらに最新の書籍まで紹介してくださる親切さ。
積み上げてきたもの。
学び続ける姿勢。
どれも具体的で、誠実で、ごまかしがなかった。
遅ればせながら、ようやく気づく。
あぁ、私は今まで書くことに本気ではなかった。
好きだった。
憧れていた。
書いてもいた。
でも、書く人生を生きてはいない。
書くことを、才能というひとくくりで考えていた。
書く人生がはじまる瞬間は、劇的な失恋の夜ではない。
うまく書けない自分を言い訳にしなくなった日。
「私はまだ本気じゃなかった」と認めた日。
それでも書く側に行きたいと思った日。
幼いころから本の虫だった私。
小説家に憧れ、失恋したら名文が生まれると本気で信じていた私。
ホームページを作り、mixiに夢中になり、noteを書き、ようやく今、Webライターという現実にも手を伸ばしはじめた私。
ばらばらの点だったものが、ようやく一本の線になった気がする。
書いてきたつもりだった。
けれど、まだ始まってもいなかった。
今、ようやく手の中にあるのは、覚悟。
私の書く人生は、ここからはじまる。
(本文1346字)
こちらの企画に参加します。
私の背中を力強く押してくれた、みくまゆたんさんの著書はこちらです。
みくさん、250部を突破おめでとうございます💖
覚悟をいただき、感謝を申し上げます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
喜木 拝

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