砂丘の空に、落ちる。
大学時代の夏休み、友人たちと鳥取県へ旅行に行った。
計画性などほとんどなく、「砂丘って、一度は行ってみたくない?」という思いつきだけで決まった旅だった。
鳥取砂丘は、思っていた以上に広かった。
ただの砂の山ではなく、風が作る模様や曲線が美しくて、
その景色の中を歩くだけで、少し異世界に迷い込んだような気分になる。
「ねえ、パラグライダーって書いてある!」
看板を見つけた友人が目を輝かせた。
見るだけの旅が、一気に“飛ぶ旅”に変わった瞬間だった。
私は高いところが得意でも苦手でもなかった。
ただ、“せっかくだから”の一言で、気づけば受付に並んでいた。
旅先では、いつもより少し大胆になる。
あのときの私は、まさにその典型だった。
風が穏やかで、インストラクターの男性が笑顔で言った。
「今日は飛びやすいですよ。景色、最高です。」
体にハーネスをつけ、布の翼を広げる。
空気がひゅっと抜けるような音がして、
足元の砂がさらさらと流れていく。
少し走った瞬間、ふわりと体が浮いた。
――飛んでる。
砂丘の上の風は、思っていたよりも軽くて、
地面が遠ざかっていく感覚に、思わず息をのんだ。
眼下には、金色の砂。
その向こうには、薄く光る海。
空と砂と海の境目がぼやけて、世界がひとつになったようだった。
「すごい……!」
感動のあまり声が漏れた、その瞬間だった。
視界の隅に、何か光るものが見えた。
砂のくぼみに、ぽつんと、ひとつの水たまり。
まるで鏡のように、青空を映していた。
「雨の名残ですかねー」と、インストラクターがのんきに言った。
どうやら、前日に少し降ったらしい。
砂丘なのに、水たまり。
そのミスマッチさに心の中で小さく笑った次の瞬間――
「行きますよー、着地体勢!」
その声を聞いた瞬間、私の体は見事に弧を描いた。
そして、よりによって。
数ある着地点の中で、
まっすぐ、その水たまりの中心へ。
ドボン。
水と砂の混ざった冷たい感触が、背中に広がった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
友人たちの笑い声が風に乗って聞こえる。
空を飛んだはずなのに、結局、水に落ちた。
着替えを貸してくれたインストラクターさんが、
「こんなところに落ちる人、初めて見ました」と笑っていた。
私は、冷たい砂まみれのまま、
なぜか誇らしいような気持ちになっていた。
「だって、空も水も、両方味わえたんですよ?」
そう言うと、友人たちはさらに笑った。
旅って、だいたい計画通りにいかない。
でも、だからこそ思い出になるのだと思う。
砂丘での失敗談は、いまでも笑い話として何度も語られる。
写真を見返すたび、あのときの風と水の冷たさが蘇る。
――空を飛んだのに、いちばん印象に残ったのは、
風でも景色でもなく、
砂丘の真ん中で感じた“水の冷たさ”だった。
🌾あとがき
旅の記憶は、完璧な計画よりも、
予想外の“ドボン”でできている。
あのとき笑ってくれた友人たちがいてくれたから、
私は今日も、あの砂の海を思い出しては少し笑ってしまうのだ。
#あなたの旅ショートストーリー
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