どうしても変えられなかった「物事の捉え方」から、自由になるまで㉛|ネガティブな感情を抑え込むことが、ゴールではない
こんにちは、野村りなです。
穏やかになりたいと思うとき、私はどこかで「ネガティブな感情をなくすこと」を目指していました。
怒らない自分。
不安にならない自分。
落ち込まない自分。
そのために、湧いてきた感情を早めに整えようとしました。ものの見方を変え、「これは学びだ」と意味づける。前向きな解釈に切り替えれば、波は小さくなるはずだと思っていたのです。
けれど、ポジティブな感情だけを持ち続けることはできません。嬉しさと不安、安心と苛立ちは、同じ心の中に同時に存在します。
ネガティブもポジティブも、多くは解釈の動きの中で立ち上がります。だからといって、解釈を無理に操作すれば、感情が消えるわけではありません。
感情は、外界と触れ合っている証のようなものです。何かを大切にしているからこそ、揺れが生まれる。
仏教の「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」は、無感情を意味しているわけではないように思います。感情があっても、それに飲み込まれない在り方。
波を止めることではなく、波が立っても海であり続けること。
必要以上に悲観する必要はないけれど、無理に前向きに塗り替える必要もない。
ただ、湧いてきた感情に気づき、それがあることを認める。そのとき、波は思ったより自然に小さくなります。
穏やかさは、感情が消えた結果ではなく、感情を抑え込まなくなったときに、静かに現れるものなのかもしれません。
よろしければ、「ネガティブをなくそうとして苦しくなった経験」があれば、コメントで教えてくださいね。
マガジンのご紹介
この文章は、マガジン「どうしても変えられなかった『物事の捉え方』から、自由になるまで」の一篇です。
各回800字ほどの読み切りで、日常や仕事の中で生まれる感情や違和感を入口に、しがみついていた前提が少し外れる視点を、静かに言葉にしています。
