きのこに呼ばれた朝、あるいは塩味
スーパーに入ると、急に、ばらばら、ばらばら、となにかを叩きつけるような音が響いてきた。
雨雲レーダーをひらく。
現在地を表す円の周りがオレンジ色になっていた。
買いものが終わるまでには止んでくれるといいなあと思いながら、わたしが向かったのは卵売り場だ。
さっきまで読んでいた物語のせいで、行かずにはいられなかった。
そもそも、わたしはその日、どうしてもこの物語を読まなければいけないという使命感に駆られていた。
すべての物事が、ベクトルをそこに向けていたのだ。呼ばれる。誘われる。そういうなにか目に見えないちからが働いているとしか、思えなかった。
これから書くのはすべて、ほんとうのことだ。
思えばそれは朝からはじまっていた。
午前9時。
幼稚園の制服に身をつつんだ息子が「きのこ……」とつぶやいた。
「なんのはなし?」
わたしが尋ねると、息子は草むらを指さした。
「きのこが、ない」
幼稚園に行くときに通る道の一角に毒きのこが生えている。それを観察するのが彼の日課だった。マッシュルームのような形の毒きのこは、茶色く朽ちながらも確かに昨日まではあったような気がするが、消えていた。
その日は夫が休みだった。
結婚記念日の翌日だったが、娘の下校時刻が12時台だったので出かける余裕はなかった。
「フレンチ行きたかった」
「なんのはなし?」
これは最近の夫の口ぐせである。わたしが言い出し、娘、息子、夫と徐々に感染していった。
「フレンチとかありえんやろ。俺好きやないし。食べた気せんもん。それならいっしょに牛丼食いに行ってくれるん? てかなんでフレンチ?」
自分の誕生日すら覚えていない夫である。
案の定結婚記念日など記憶の隅にも残っていないらしかった。
わたしは諦めて自分のためにそうめんを茹でてたべた。

それからパソコンに向かおうとして──でも燃え尽きたように頭が働かず、結局、太鼓の達人をはじめた。
「おに」をなるべく初見でクリアしていくという遊びを続けているうちに、──途中で夫に奪われ、スマブラがはじまっていた── 、あっという間に娘を迎えに行く時間になっていた。
最後の30分は、初見でクリアできなかった1曲にずっと齧り付いていた。『残酷な天使のテーゼ』だ。
譜面分岐といって、スコアによって途中から難易度が変わる仕様になっており、序盤で頑張るほど後半恐ろしく難しくなった。
とにかく苦戦して、時間内にはむりだった。
手をうちわのようにして仰ぎながら赤い顔をして車に乗り込んだ娘は、硝子の向こうで「三條!」と呼びながら手を振ってくる男子を見て「コニシさん……」と眉を寄せた。
娘のまわりは誰もが名字で呼び合う。仮に相手が女の子だとしても「コニシさん」という呼び名なのである。
「コニシさん、いつも荷物持たせてくるんだよね……」
「何の話?」
夫が尋ねた。
それからふたりは、コニシさんに荷物持ちをさせられたらどうするかという対策を話し合っていた。
夫は「ちゃんとはっきり断らんかったら、ママみたいに負け犬人生やぞ」とさりげなくわたしをディスった。
「なんのはなし?」
わたしはいらいらしながら言った。
帰宅後、『残酷な天使のテーゼ』をクリアした。そして、ふとこれまでのことを反芻した。
だめだ。
消えたきのこ。
夫の口ぐせ。
そして荷物を持たせてくるコニシくん──。
朝から起きるすべての物事が、わたしをあの物語に向かわせている。
〆切が近いが、現実逃避するのも、書くのもやめて、読まなければいけない。
そう思えてならなかった。
使命感とともにわたしはスマホを開き、「コニシ木の子」と書かれたアイコンをタップした。
その日はひどく忙しい1日だった。
読みかけのままふたたび車に乗り込む。息子を迎えに行き、図書館へより、夕飯支度をしながらも、少しでも時間ができると読み続けた。
4まで来たところで子どもたちを習い事に送り、スーパーへ向かったのだった。
ふだんは手を出さない、いい卵を手に取った。
翌日の昼食は、決まった。

買いものを終えると、何人もの人がスーパーの出口で止まっていた。窓の向こうはまっ白だった。しばらくその場で立ち往生していたが、ひとり、またひとりと同志が雨のなかへ飛び出していく。
わたしは雨雲レーダーをふたたびチェックした。5分後、この場所は真っ赤になる。64mm以上の雨が降るのだ。すでにひどい状態だが、これ以上……?
もうすぐ子どもたちを迎えに行かなければいけない。夫に電話をする。
「もうもどってきた? さっきと同じ場所?」
『ちょうど今着いた』
わたしをスーパーにおろしたあと、夫はワイシャツを買いに行っていたのだ。
外は白濁している。
わたしは先人たちに続き、決死の覚悟で飛び出した。すぐ前をおばあさんが素早く走っていく。足元に水が跳ねている。
スーパーの庇が途切れた瞬間、バケツの水をかけられたみたいに目が開かなくなった。前が見えない。溺れそうになりながら車まで走る。
とぷり。車の周りには深い水たまりができており、足が沈んだ。不快だったが、ようやくたどりついたわたしはほっとした。
車の後ろを開ければ、一時的にだが屋根ができる。早くエコバッグを入れてしまいたい。
ところが、荷物を積みたいのに、……鍵がかかっている。コンコンと苛立たしくノックをしてから夫が気づき、鍵が開くまでに10秒あった。
そのわずかな間にわたしは、服のまま水に飛び込んだ人のような様相に変わっていた。
その状態を夫に笑われたのでいらいらしながらシアーブルゾンをぬぐ。
「なに怒っとるん」
乾いた髪の夫がふしぎそうに尋ねた。
ぬいだシアーブルゾンからは、水に浸したふきんみたいにぽたぽたと大量の水が垂れている。一度ドアを開けて、外に水を絞り出した。
髪の毛はぐっしょりと濡れてひたいに貼りついていた。お気に入りのミュールはずぶ濡れだった。
わたしは後ろから出してきた、予備のTシャツを出してきて、タンクトップの上からかぶった。大雨や子の嘔吐、あるいは急な温泉に備えて積んであるものだ。
「それで行くん……?」
夫が残念なものを見る目で言った。
Jeepに乗ってJeepのTシャツを着る。Jeep大好き人間みたいになったわたしがそこにはいた。スカートとまったく合っていなかった。
「雨止んだな」
習いごとの迎えにつくと、空は洗われたみたいに綺麗なサーモンピンクになっていた。
「は……? この時間帯が雨雲レーダーで赤だったんだけど……。まじで謎」
「どう見てもさっき走ってきたときが赤やろ」
わたしみたいにずぶ濡れになっている人はだれもいない。
濡れた髪の毛を気にしながら迎えに入り、子どもたちを待つあいだに物語の続きを読んだ。
途中で、お気に入りの一文を見つけたら長押しして指をずらす。選択されて青く反転された状態でスクショ。これをLINEのひとりグループに送っておくと、あとから自分の琴線に引っかかった場所をすぐに見つけられるのである。
いつも通り、子どもたちの帰りじたくは遅く、なかなか出てこなかった。そのあいだについにわたしは物語の終着点にたどり着いていた。ほう、と息をつく。とろがその瞬間、余韻に浸る間もなく、背後から衝撃が来てころびそうになった。
息子だった。
女の子に間違えられる顔立ちながら、わたしにだけ凶暴なのである。
それから寝る前にもう一巡読み直して、いま、この話を書いている。
創作大賞期間に感想をくれた人たちの作品をすべて読んで感想を書くこころみをはじめたのだけれど、今回は相手がコニシさんなので、これまでに書いたおふたりとは違う感じで書こうと思ったらこうなった。
長い前置きを経て、これは初めて読む人のためにというよりも、コニシさんおひとりに向けての感想を書いていこうと思う。
ネタバレありなので、読んでいない方はぜひ読んでから楽しんでほしい。
↓
『イセハラのモトニ』
はじめにこのタイトルを見たとき、「伊勢原の元に(集まる)」だと思っていた。読み終えたあとに、やはりこれでも意味は通じる気はしたが、"モトニ" の意味が違うことにまず驚かされた。その組み合わせは、思いつかなかった。"二"はカタカナだと思っていたのだ。
読み進めながら「おや?」と思う。主人公のヨッキと友人のセイセイは、"彼ら"ではないだろうか。架空なのかそれとも本当のことが滲んでいるのか答えは出ないものの、現実であろうが架空であろうが、それが溶け合って調和してひとつの物語として完成されていた。
はなしは変わるが、わたしには、かなりタイプの物語がいくつかある。この作品は、その中の3つに完全に一致していた。
話に1本の流れがあること
読み終えてもなんのはなしかわからない曖昧なものも好きだけれど、物語として考えたときは、1本の芯が通っているものがとりわけ好きだ。
『イセハラのモトニ』は、ヨッキたちと"ナオミおばあちゃん"がイセハラで過ごす最後の1日を通して、人と人とのつながりの温かさを描いた作品だとわたしは感じた。
2.登場人物が生きていること
登場人物にリアルな個性があり、生き生きと描かれている作品がかなりタイプなのである。"文学かぶれの中年"として描かれるヨッキの、本と女性を愛する部分。どこかルパン三世のような愛敬を感じる。
イケメンで料理上手なセイセイのクールさも魅力的だ。ほかにも、どの登場人物にも個性があり、登場シーンが短くてもふしぎと印象に残る物語だった。
そしてなにより、ナオミおばあちゃんの存在感。終盤に出てくる小悪魔という表現がぴったりくる、とにかく魅力的な女性なのである。
3.おいしいものが出てくること
そして3つめ。おいしいものが出てくること。ここでわたしの長い前置きを思い出してほしい。わたしはスーパーでお高い卵を買った。買わずにはいられなかったのである。

「元二」のメニューは厚焼き玉子だけ。数えてみたら1話目だけで「厚焼き玉子」という言葉が10個も登場していた。最後まで読むうちに、厚焼き玉子はわたしの脳内を侵食していたのだ。
こういう、人を動かす作品が、好きだ。
そしてつくった。

ふだんなら適当に焼くのだけれど調べてみた。ふわふわのおいしい厚焼き玉子をつくるコツは「何度もたまごを漉すこと」そして「強火て手早くつくること」なのだそう。
わたしのかなりタイプの厚焼き玉子はじつは、『喫茶クレオパトラ』(青森市)というお店のたまごサンドに入っている玉子焼き。なかには刻んだハムが入っていて旨みがじゅわっと広がるのだ。
推している書店『成田本店』にもほど近い。
この感想文の前書きを、夏休み前の、きっとママたちが夏を乗切る前のエナジーチャージのために過ごしているのであろうカフェで書いたあと、暑さにひいひい言いながら家に帰り、キッチンに立った。

ひとりきりで過ごす貴重な静かな昼ごはんタイム。
ふと、先日娘にされた質問を思い出していた。
「ママって、子供のころ何年何組だったの?」
14、23、33、43、54、64、11、23、33……。
なんということだろう。圧倒的な"3"。わたしにはモトニの資格がない。
厚焼き玉子はじゅわっとおいしくて、そしてしょっぱかった。
※作品に感想を書いてくださった方の応募作品は全て読んでいるので、コニシさんの感想、まだ続きます。
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