魔法は自分でかけ直す 《 好きで似合う装いのこと 》
早く着替えたい……。
ずっと前に買ったコートをぬぎたかった。
マネキンが着ていたときは素敵だったはずのダウンコートは、わたしが着るとベイマックスみたいなシルエットを描いた。
カラフルな服の波をかき分ける。
平日午前中のアパレルショップは空いていて、なにも気にせずに心ゆくまで服を吟味できた。
やがてわたしは、吸い寄せられるように一枚のTシャツを手に取った。
果実などの写真がプリントされている。
淡くてくすんだパープル。大好きな色味。
去年のわたしならきっと「可愛いけど似合わないから……」とかごにいれなかっただろう。
でも。
・・・
大学時代、友だちがこんなことを言った。
「Eちゃんと凛花の話になったんよ。Eちゃんも凛花のこと知っとったわ。『あー、あの派手じゃない子ね』って」
「え……」
わたしは、どう言っていいかわからなくなった。
でも、もやもやしたままでいるのもいやだったし、「やだなーじゃっかん傷つく(笑)」と、なるべく明るく言った。
「なにが?」
「要するに地味ってことでしょ」
(そんなことわざわざ言わなくたっていいのに……)
「事実やん。凛花、地味やろ。派手じゃないやん」
友だちはなにが悪いのかわからないといった感じで言った。
もう15年ほど経つというのに、あのときのことが、ずいぶん印象に残っている。
わたしは長いことメイクがなんか変で、服もなんか変だった。
雑誌をぱらぱらめくってコーデのコツがわかるほどセンスがなかったし、かといって、雑誌のコーデそのままを買える財力もない。
いろんなテイストを試したけれどなにを着ても変で、着ない服ばかりがどんどん溜まってゆく。
メイクも自分なりに研究はしていた。
(二重幅って書いてあるけどそれがないんだよ……)
鏡を見て「けっ」という気持ちになる。
かといって、一重メイクを試してみても、同じ一重でもわたしの目はなんだか誌面に載っている人たちとは形が違う。そのやり方でなにかが変わるということはなかった。
※たとえば江口のりこさんのクールな目もとと、吉高由里子さんのキュートな目もとは、同じ一重でも系統がちがう。誌面に載っているのは、その片方だったのである。
父も母も弟もみんな二重だ。
(なんでわたしだけ……)
そんなことを母に言うと「お母さんも昔は一重だったよ」という。
母は純日本人だけれど、ハーフのような顔立ちで、オードリー・ヘップバーンに似ていると言われたこともあった。わたしはその遺伝子をまったく受け継いでいない。
「加齢かねえ。でも気づいたら二重になってたよ」
成人式や友人の結婚式でプロのメイクをしてもらっても、地味なまま。
もうこういう顔なんだから仕方ない。地味なんだ。
そういう気持ちでいっぱいだった。
けれども、諦めることを許さないひとがそばにいた。
後に夫となる彼氏は、アパレルでバイトをしていたくらい服が好きだった。
遠距離恋愛をしていたので、互いの家に遊びにいくことが多かったのだけれど、いつも待つのはわたしだった。
わたしが5分で身じたくを終わらせるのに対し、彼は保湿にひげ剃り、髪の毛をワックスで整えて、スプレーで仕上げて……と1時間も待たされる。
「なんでメイクを研究しないん? 俺が女やったらぜったい研究するけどな」
そんなわけで、わたしの地味な見た目にもダメ出しが入ったのである。
彼はわたしにいろいろな服を買い与えた。
けれども、なにを着てもおかしい。
おしゃれな友だちが全身コーデをしてくれたこともあった。
でもやっぱり、なにかが変だ。
なんでこんなにも、何を着ても変なんだろう……。
もうわたしの顔とか体型、要するに素材そのものがだめなんだろう。しかたがない。そう思って諦めていた。
出かける前に、彼はよく「メイクが変」「服が変」と何度も言ってきた。
今考えると本当に変だ。それはあくまでも組み合わせやテクニック的なこと。"似合う"とは違う観点だった。
でも当時のわたしは、そんなこと言われてもどうしていいかわからなくていらいらして、けんかになって、出かけること自体なくなるのが何度もあった。
「だから意味ないんだって。一重だし。なにも変わらない。プロがやってもだめなんだから意味ないって」
わたしはくり返した。
すると夫は「素材、悪くないやろ」と言った。
「は? 何の話?」
彼と出会ったとき、周りの女子たちはみんな可愛かった。綺麗だった。
ぱっちりした目の綺麗な人たちに囲まれて、わたしはとても気後れしていた。
「あの子らだって、みんな最初から可愛かったわけじゃない。凛花とはじめて会ったとき、俺的にはすっぴん可愛いって思ったよ。だからメイクしたらどうなるんだろって楽しみにしてたのに……」
ぼっと顔が熱くなった。
そんなこと、だれにも言われたことがなかった。ずっと容姿を否定されて生きてきたのに……
けれども、彼は「メイクしたらひどいわ」ときっぱり言った。
「は!?」
「技術というか、やり方がおかしいんやって」
わたしはまたキレた。
でも、いまこの話を書いて思った。
この人だけはわたしの"素材"を一貫して否定していないのだった。
はじめの転機は、結婚したときにやってきた。
両家の顔合わせと結納のタイミングだ。
わたしはもう着ることがないだろうと、成人式で買ってもらった振り袖を着た。
着付けとメイク両方をしてもらえて、かつホテルから近い店を探していたら、銀座のおねえさま方が利用しているという店が出てきた。
ものすごく口コミがいい。
そこではじめて、メイクによって顔が変わるという体験をした。
鏡の中のわたしは、目がぱきっと大きく、まつ毛がふさふさしていて、鼻も高くなっていた。目尻がきゅっと上がって猫っぽくて、地味にも気弱そうにも見えない。
黒地にピンクの桜吹雪が散ったようなデザイン。華やかな振袖だ。
今考えると似合う要素がひとつもないのに、その日の写真を見るとちっとも変じゃない。
加工されたすこし気の強そうな顔立ちを、着物の華やかさが引き立てている。
次の転機は、ドレスの試着をしたとき……。
けれども、試着は2回あって。
前撮りをしようとフォトスタジオでレンタルしたドレスは、やはり何を着ても変だった。

(ドレスも似合わないんだな……)
がっかりする。
そのときにプロがしてくれたヘアメイクもひどかった。
希望もなにもきかれず、義務的な感じでほどこされたメイクだった。濃く重ねられたアイラインはただ意地悪そうな雰囲気になっただけ。
髪の毛はタイトに結い上げられ、シンデレラ体重だった時代なのに、ひどく太って見えた。
実年齢よりひと回り以上も年上にしか思えないような顔だった。
なんなら、女性カメラマンの対応や言葉もひどくて、涙をこらえながら悲しい気持ちで写真を撮った。
結納の、あのときは魔法をかけてもらっただけだったのだ。
再現はできないのだろう。
そんなふうに思いながら、大して期待もせずに、今度は式場に指定されたドレスショップに足を踏み入れた。
結婚式当日に着るドレスを選ぶためである。
わたしにはじめから選ばせてくれるのではなく、担当の女性が持ってきたドレスを着ていくという感じだった。
諦めきっていたわたしは、鏡を見ていて驚く。
(変、じゃ、ない……?)

淡くてかわいい色合い。
ふわふわのシフォンを重ねたようなドレス。
透け感のある繊細な生地。
たくさんあるドレスの中から、彼女がわたしに持ってきたものは、なにを着てもしっくりきた。
なかでも淡いパープルのドレスを着た瞬間は衝撃だった。
それまでの人生でいちばん、「似合ってる」と思った。

同じショップでしてもらったヘアメイクもよかった。
すごく優しげに見えるのに、アイラインも薄いのに、目が大きい。本来は存在しないはずの涙袋が、ふっくりと立体的に見える。
わたしは本当に別人になったかのように変貌した。きっと、結婚式に来てくれただれもが「誰?」と思っただろうくらいに顔が変わった。
最後に見送りをしていたら、式に呼んでいた男友だちが、目の前で泣き出した。
彼は、じつは幼いころのいじめの"主犯格”のような存在だった。
けれども本人から謝罪もされて、紆余曲折を経て悪友となっていて、結婚式にもわざわざ遠くから飛行機で来てくれたのだった。
彼には過去のことを何度も謝られた。
たぶんお酒が入っていて、何の話かもうよくわからなかったけれど、わたしが"親や友だちに愛されている”ことに今日はじめて気づいたのだという。そしていじめたことへの後悔が改めて一気に湧き出した、と謝り続けた。
最後に、夫とわたしの肩をバンバン叩きながら「おまえってじつは綺麗だったんだな」と言った。
お世辞なんかぜったい言わないあいつの言葉に、
夫以外のほとんどの人から容姿をずっと貶されてきたわたしもまた泣きそうになった。
(ちゃんとメイクすれば、わたしも綺麗になれるの……?)
しかしながら、旅は終わらない。
魔法はまた解ける。わたしは地味な顔にもどってしまった。服は相変わらず変である。
鏡に映る自分が変なことは、思っていたよりずっとストレスだった。
20代半ばのころ、わたしはついに、ずっと気になっていた「イメージコンサルティング」を受けてみることにした。
今ではすっかり一般的になった、パーソナルカラー診断や骨格診断である。
(なんで似合わないのか、知りたい)
わたしは一度スイッチが入ると、気になることを調べつくすタイプである。
昼夜問わずイメージコンサルタントの人たちのブログを徹底的に読みまくり、また、自分の似合わない服の系統から骨格タイプは「ウェーブ」であるとあたりをつけた。
ちょうどモニター募集をしていて、無料でみてもらえるというので応募した。
読みは正解。骨格ウェーブだということがわかった。
このタイプのわたしに似合うのは、女性らしい雰囲気のもの。

逆にいうと、たとえばリクルートスーツやトレンチコートを着ると貧相に見えるし、デニムに白シャツや、だぼっとしたトップスのようなみたいなナチュラルな服装はひどく野暮ったくなる。


左は似合わないトレンチ
右はすこしでも似合うように買い換えたもの
サイズはどちらもSサイズ
そのときすすめられた雑誌(『美人百花』)やショップ(リランドチュールやアプワイザー・リッシェ)で服を買うようになったら、とてもしっくりくるようになった。
「メイクしてもなんか顔色が悪くて気になる……」
そう思ってしまうのは、あの淡いパープルのドレスを思い出したから。
フォトスタジオのドレスは似合わなかった。
でも、ショップのおねえさんが持ってきた似合っていたドレスたち……あの色の系統を見るに「サマータイプ」なのではと思ったのだ。
淡い青みのある色が似合うタイプである。
ところが、ここにまた迷宮の入口があった。
わたしに似合う色は……

わたしに似合うのは、「ソフトオータム」と区分される、黄みよりの鮮やかめの色たちだったのである。
ここでいう「似合う」は、顔色がきれいに見えるということ。

「きいろ……」
ショックだった。
オータムというパーソナルカラーは、ゴージャスやナチュラルなものが似合う。
繊細さだとか儚げな雰囲気に憧れるわたしにとっては、とても好きになれない系統だった。
あのドレスたちの淡くて繊細な雰囲気が似合っていた理由がわからなくて、けれども、実際に布をあてて、メイクを変えてもらうと肌に馴染む。
間違いないのだと自分でも納得してしまった。
紫色は、似合わない、鬼門のような色……。
担当してくれたイメージコンサルタントの瞳さんは、落ち込むわたしに、「似合う」にとらわれずに楽しむためのことをいろいろと教えてくれた。
たとえば髪やメイクを似合う色にする。
トップスは似合う色にして、ボトムスなどに好きな色を持ってくる。
途方に暮れながらも、瞳さんとの会話でずいぶん持ち直した。
⬇️瞳さんのこのブログが、私の長年の悩みと同じで共感したのを思い出す。
翌日。
手持ちのコスメでメイクをして、当時通っていた料理教室に向かった。
メンバーはほとんどが60代以上の女性なのだけれど、彼女たちは「メイク変えた?」とぱっと顔を明るくした。
「ねえ、すごく綺麗よ」
「優しく見えるわ」
みんなが口々にほめてくれた。
ここからまた「服」には迷走するのだけれど、髪色やメイクの方針が決まった瞬間だった。
自分に似合うものはわかった。
すると、ふしぎなことが起こった。
服を買いに行くと「自分に似合わないもの」がミュートされたように見える。
「これは生地が厚すぎる」
「これは直線が多いからたぶんむり」
「これは衿ぐりが開きすぎるから貧相に見えるなあ」
どんどん「これじゃない」と候補を外していける。
しかも、わたしは「同行ショッピング」と呼ばれる、いっしょにアパレルを回ってもらえるサービスも利用したので、それまでは話しかけられるのがいやでやらなかった試着を徹底的にするようになった。
実際に着てみるというのはほんとうに大事で、買いものの失敗がどんどん減ってゆく。
逆にいうと、ネットで試着せずに買ったものは、やはり高確率で失敗してしまうのだった。
似合う服を「単体」では買えるようになった。
でも、なにをどんなふうに組み合わせたらいいのかわからない……。
似合う色はわかった。
でも、それをどう使ったら顔を「加工」できるのかわからない……。
そこから、わたしはひたすらインプットしていくことにつとめた。
"推し編集者”である中野亜海さんが手がけた書籍たちとの出会いも大きい。
『必要なのはコスメではなくテクニック』(長井かおりさん著)
『毎朝、服に迷わない』(山本あきこさん著)
『きれいめ カジュアル モードが全部できるようになる』(中川恭子さん著)
をはじめとする、亜海さんの担当した多数の本を読んだ。
🔗当時書いた感想。
雑誌に出てくるメイクやファッションが「応用問題」だとしたら、亜海さんが手掛けていたたくさんの本たちは、基礎だった。
さまざまなコーデが載っている本も、特定のブランドを紹介するだけじゃなく「法則」のような部分が書いてある。
だから再現性があった。
(こういうのが知りたかった……!)
メイクやファッションのトレンドは変わっていく。
InstagramやYouTubeで、コーデやメイクの動画をたくさん見ては、すこしずつアップデートしていくようにした。
時間はかかったけれど、すこしずつ、自分が変わっていくのがわかった。
そして出かける直前にいつも「服が変」「メイクが変」と夫から言われていたのを、今のいままで忘れていたくらい長いあいだ、少なくとも5年以上は、夫からのダメ出しがなくなっていた。
自分が変わると、周りも変わっていくのがわかった。
素顔が地味な童顔だからか、軽く扱われることが多かったのだけれど、そういう意味での嫌なことというのがずいぶん減ったように思う。
そして2025年──。
服を選ぶことも、メイクをすることも、すっかり苦手意識はなくなっていた。
上手じゃないけど人並みにはなれた。
ちなみに20代後半で母の予言通り二重の線が入った。まぶたは重いまま、線が入っただけなので、二重のためのメイクは結局できない。
けれども、ふたたび「迷子」に陥っていた。
というのも「似合うはずの服」が似合わないのだ。
自分の体型に、肌色に馴染むはずの服。
それなのに、袖を通してみると、変じゃないけど「なんか違う」という気分になる。
そういうちょっとした違和感が積もっていた。
🔗当時、こちらの記事に共感しすぎて何度も読んだ。
わたしも同じ、ソフトオータム(秋春)。オータムでありながら、「オータム向け」と書かれたコスメは全滅だし、トップスがなにを着てもいまいち。2024は諦めて黒を着ていた。
そんなわけでちょうど1年前、わたしは、パーソナルカラー診断を受けた瞳さんの新しいサービスを受けた。
「テイストスケール診断」である。
🔗詳しい説明はこちらへ。
ここでは、「顔」だけを使って似合うものを22タイプに分けていく。
だから、同じタイプでもパーソナルカラーが春の人も秋の人もいれば、骨格タイプがウェーブの人もストレートの人もいる……という、複合的な結果になのである。
サービスを知ってすぐに瞳さんが産休に入った。
受けるならぜったいに瞳さんにお願いしたいと決めていたので、わたしは1年間たくさん情報収集をした。note、SNS、ブログなどなど。
ほとんど情報がないなかでも、調べれば調べるほど「ソフトエレガント」タイプなのではと思うようになっていた。
コントラストの強い配色は似合わない。
濃い色も似合わない。
厚さや重さは敵。
柄物は変になるから無地ばかりになってしまうクローゼット……。
そして、色合い。
正直に言うと、好みというか、祈りがすごく反映されていたと思う。
派手なものは好きじゃない。
可愛いものが好きだけど、可愛すぎるのもしっくりこない。
↓ わたしの好きな雰囲気や色で埋めつくされたnoteの画面

でも、22タイプもあるし。
パーソナルカラーも思っていたのと違ったし。
違う可能性のほうが高いだろうな……。
結果は、
予想通り、「ソフトエレガント」タイプ。

ソフトエレガントタイプ。
繊細な装いやグレイッシュパステル調、華奢なものなどが得意。
薄いシフォンやオーガンジーのような、柔らかくて透け感のある素材。
コントラストをあまりつけない色の組み合わせ。
それは、ドレスショップのおねえさんが選んでくれたドレスたちに完全に一致していた。
解説を読んで、瞳さんとたくさんメールのやりとりをして、わかった。
(わたしはたぶん、似合うものの幅が、人よりもたぶんすごく狭いんだ……)
だから、なにを着ても変だった。
(地味って言われるから華やかにしようとしていたけれど、地味なものを着たほうがむしろ地味にならないのが不思議だ)
そうわかったらすごく、すごく救われたような気持ちになった。
(淡くてくすんだ色。モノトーンみたいにパキッとコントラストがつくとむりで。薄くて軽くて、透明感や光があるもの。……日常生活だと身に着けづらいものが100点満点で。だからむずかしかったんだ)
イメージコンサルティングは、どれもオーダーメイドなサービスだからこそ安くはない。
けれども、思い切ってここに投資したことは後悔がない。
何も知らないまま、もともとセンスのないわたしがやみくもに服を買って失敗し続けるより、たぶん、生涯トータルでみたら安いと思うのである。
おしゃれに見える色(肌が明るく見える色ではない)の中には、淡くくすんだ紫も入っていた。

紫……。いちばん大好きな色。
テイストスケールの結果が出たとき、わたしのクローゼットは、ほとんど暖色で埋めつくされていた。
それを1年かけてすこしずつ入れ替えている。
今まではブラウンやベージュばかりだったから、淡い寒色に"転生”していくクローゼットが愛おしい。

季節ごとにすこしずつクローゼットを変えていくなかで、「100点満点の服」にはこだわらないようにした。
わたしの場合「好き」なものを着ることがとても大事なのだ。
この10年のうちに母になり、カジュアルな服を「身につけなければならない」と環境になっていた。
はじめはデニムに白シャツみたいなイメージがあり、着ると変なので嫌な感じがあった。
でも、カジュアルといっても女性らしいものもある。少しでも似合うものを探していくうちにカジュアルな服の楽さが好きになっていた。
だから、似合わない服でも、好きなら「70点くらいの似合う度」に調整していくことを大事にしている。
「似合う」と「好き」のちょうどいいバランスを探っていくこと。これがわたしの今の課題なのである。
そもそも瞳さんの診断の方向性自体が「好き」を大事にするものなので、わたしにとってはとても相談がしやすかった。
1年が経った今、似合う色のなかでも「グレー」と「パープル」を中心に身につけている。
ちなみに、じゃあパーソナルカラーは意味がなかったのか? というとそんなことはまったくなくて、テイストスケールとの中間をとるようにするとすごくバランスがよくなる。
たとえば、冒頭で挙げた、「オータムタイプのキーワードである"ゴージャス”が好きじゃない」という話……
本来なら「ソフトエレガント」タイプの人は、とにかく華奢で繊細なものが似合うようだ。それはもう地味なくらいに、「装飾が邪魔」になってしまう。
わかりやすい例が、このドレスだと思う。

顔と比べるとより一層
左は似合わなくて、右が似合うようになる
けれども、ソフトエレガントタイプでも「わたし個人」に限っていうと、もう少しだけなら華やかにしても大丈夫だというのだ。
ドレスはともかく、普段着におけるソフトエレガントの装いだと、地味になりすぎてもうすこし華やかにしたいなと思っていた。
それはパーソナルカラーがオータムだから。
そのせいでゴージャスな雰囲気が似合うから。
疎んでいたその肌色こそが、わたしの「好き」を、より「似合う」に近づけてくれるのがわかって、感慨深かった。
・・・
試着室の中。
鏡を見ると、好きで似合う服に身をつつんだ自分がいる。
(Tシャツは似合いにくいけれど、フォトプリントのものならまだいいはず。中には瞳さんおすすめのシアーインナーを着てて、いいアクセントになってる。中に着るのが白シャツだと似合わないんだよね)
店舗に足を運ぶ前に、事前に徹底的に候補を絞っていたので、選びやすかった。
ちなみに何を着ても変だった経験から、失敗してもダメージが少ないプチプラ服を着ることが多い。

画像加工アプリで一覧にしていた
(100点じゃないけど、ぜんぜん変じゃない。好き。これはもどして、こっちを買おう……)
年齢は重ねた。
肌の質感が変わり、太った。
それでも大学時代よりずっとずっと華やかな顔に加工できる自分がいる。
女性からはお世辞でも可愛いなんて言われたことがなかったのに、納得して選んだものでつくりあげた顔や装いを「かわいい」とか「華やか」言ってもらえることが増えた。
たとえお世辞だとしても、そのたびに、否定され続けた過去の自分が癒されていくのを感じる。
毎朝服を選ぶのも、店でゆっくり試着をして買うものを決めるのも、たのしい。
明日は、どの服を着ようかな。
シアートップスに薄手のグレーのビスチェを重ねて、グレーのデニムにする?
暖色時代の生き残りの、濃すぎないブラウンのニット。袖がしゃりっとした透け感ある生地のあのトップスに、くすみピンクのIラインスカートを合わせようかな。
スエードっぽいなめらかな生地のトップスとスカート。セットアップみたいにして着るのもいいかも。
たのしみすぎて、選ぶのに悩むくらい……。
ドレスを持ってきてもらわなくても、
だれかに顔を変えてもらわなくても。
今のわたしはもう、自分で魔法をかけ直すことができるのだ。
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