わたしの秘密を明かしたのは、お嬢様ですよ。9年も隠してたのに。
鼻先にひとひら、雪がとまった。
まつ毛まで凍ってしまいそうな寒い日だった。ショートブーツを履いた足先がしんと冷たい。
後ろから抱きしめるようにマフラーを引っ張り、寒さから身を守りながら、わたしは、アーケード街を落ち着かない足取りで歩いていた。
目的地は、"お嬢様"が働く、5階建てのビル──。

本と「出会える」しあわせ
子どものころのわたしには、本を選ぶ自由がなかった。
実家は家じゅうの壁という壁が本棚で埋め尽くされており、子ども用の本も大量にあった。けれども、それは両親が買い与えてくれたものがほとんど。
歩いていける範囲には、書店も図書館もない。
スーパーの書籍コーナーや学校の図書室が、唯一“能動的”に本に出会える場所だった。
はじめてその店に足を踏み入れたのは、いつだったのだろう。県内でも何度か引っ越しをしているので、正確には思い出せない。

※子どもたちが散らかしたのでぼかし。
引っ越しのたびに母の実家に本を預けたりしたけど
どんどん増えている。
「原作」の存在を知る
広い店内にずらりと並ぶ本たち。
その一つひとつを手に取って、どれを“お迎え”するのか真剣に悩んだ。
「ここからここまで全部ください」
……なんて言ってみたいものだけれど、おこづかいは限られている。
ノートもほしいし、かわいいペンもほしい。
文具は行動範囲内の店でも買うことができる。
今買うべきなのは、本だ。スーパーには置いていない本。児童書コーナーで『クレヨン王国 シルバー王妃 花の旅』を手に取った。
子ども時代のわたしは、アニメ『クレヨン王国』が好きだった。原作があることを知ったのは、書店で見つけたから。
はじめは驚いた。シルバー王女じゃない。結婚している大人の女性だ……!
けれどもすぐに夢中になった。
このあと、店に来るたびに1冊ずつクレヨン王国シリーズを増やしていった。
大人になるまでずっと読み続けた作品

ある休日、出かけた先に書店があることに気がついた。
父は暇さえあればつねに本を開いている人だったので、わたしが頼まなくても、店の駐車場に車をとめた。
前に行った店舗とはちがうレイアウトだ。
新鮮なきもちであちこち見て回る。
ふと目に止まったのは『ちょー美女と野獣』。「ちょー」ってなんだろうと、棚から引き出す。漫画みたいな表紙の本を見たのははじめてだった。
他にもたくさんの本があったけれど、繊細な線画に、淡い色づかいに心惹かれる。

ぱらぱらめくる。
最初の1ページから引き込まれ、わたしは足早にレジへと急いだ。
このシリーズにもすっかり夢中になる。
わたしは『セーラームーン』なら海王みちる、『赤毛のアン』ならダイアナが好きだった。おしとやかな女性が好きなのだ。
でも、強くて美しく、ちょっと口が悪い主人公のダイヤモンドにすっかり魅了された。
描かれる世界の美しさに感動して、”文章の模写”をした作品でもある。色の描写がきれい。ぱっと見たときに、落ち着いているのにきらきらした文章だと思った。
それまでは父にすすめられるミステリー小説ばかり読んでいた。重厚な文体に慣れていたわたしにとって、はじめて見る、かろやかで綺麗な文体だった。
ちょーシリーズは、キャラクター一人ひとりの個性が愛おしい。ときに不条理さもあり涙する。
それからおとなになっても、たまに読みたくなって何度もくり返し手に取る「ちょー」シリーズとの出会いだった。
数年前、作者の野梨原花南先生がXのDMを一時的に解放されていた。どれほど「ちょー」シリーズが好きなのかを熱くお伝えした。(ごめんなさい…)
「ちょー」シリーズは、今の住まいにも持ってきて、たまに読んでいる。
人生をチートできた1冊
子どものころから「ノート」が好きだった。
そのくせ最後まで書ききったノートは1冊もなかったのだけれど、「ノートの書き方」を知りたくて、その日は背表紙を薄目で見ながら歩いていた。
「……あった」
たしかに「ノート」という文字がある。
けれども見つけたのは、勉強のためのノートの書き方を教えてくれる本ではなかった。
『夢ノートのつくりかた』。
この本との出会いは、間違いなく、わたしの人生を大きく変えたと思う。
小学生のときに「夢を書くこと」を知れたのは、大きなチートだったと思う。
当時のノートはなくしてしまったけれど、最初のページに書いた「本を出したい」という夢は、若いうちに叶った。
担当編集さんが、著者の中山先生の本を手がけたことがあるそうで、どきどきした。

電子書籍版も購入した。
お嬢様と出会ったわたしが決めたこと
今から1年ほど前。2024年1月上旬。
わたしは小さなカミングアウトをするべく、ツイート画面を何度も書いては消し、書いては消し……と頭を悩ませていた。
その数日前。
子どもたちを両親に預け、夫の運転する車でわたしはある場所に向かっていた。
夫と別れたあと、後ろから抱きしめるようにマフラーを引っ張り、寒さから身を守りながら、わたしは、アーケード街を落ち着かない足取りで歩いていた。
まつ毛まで凍ってしまいそうな寒い日だった。
ショートブーツを履いた足先がしんと冷たい。
鼻先にひとひら、雪がとまった。目的地は5階建てのビル──。
時間より15分も早く着いてしまい、思いきって中に入る。
そうだった、マナー的にたしか上着をぬぐはず。コートをぬいで、腕にかける。
顔を上げたわたしは、ぱちぱちとまばたきをした。
そこには、わたしが慣れ親しんだものとは違う空間が広がっていた。
そうだ、お嬢様が言っていたじゃないか。
「リニューアルしたばかりだ」と。

ちょうどそのとき、友だちからLINEが届いた。
《今年、青森に帰ってきてるー?》
力が抜けるようにほっとした。
わたしは一度店を出て、寒さに震えながら返信した。
《帰ってるよ! いま、なりほん》
地元のひとなら「なりほん」で通じるその場所は、「成田本店」という書店である。

9年隠した、小さな秘密
少し遡り、7、8年前のはなしをしようと思う。
その日、わたしは担当編集さんと書籍についてのはなしをしていた。
「凛花さん、地元は開示しないんですか」
「うーん。開示したいきもちはあるんですけど、身バレがこわくって……」
「たしかに……。出身地はねえ。でも、出身地はね、開示するといいことがあるんですよ」
「いいこと?」
「地元の書店さんが、推してくれることがあるんです! もちろん推してくれないことだってあります。強制じゃないので、凛花さんが希望されないんだったらだいじょうぶですよ」
わたしは結局、地元を開示しなかった。
仕事柄、誹謗中傷を受けることがある。すこしでも「わたし」につながることは秘密にしておきたかった。
そんなわたしは、「なりほん」に足を運んだ数日後、Xでカミングアウトをした。他人にとってはなんでもないこと、でも、自分にとっては9年間隠し続けた秘密。
それは、青森出身であるということ。
このタイミングで公開したのは、”お嬢様“に出会ってしまったからだった。
「なりほんのお嬢様」。
それは、成田本店のXアカウント“中の人”のことである。

つぶやく店舗は変わる。いまは、つくだ店。

お嬢様は、たくさんの作家さんを応援し、RPしている。
なかでも、青森にすこしでもゆかりのある作家を、全力で推してくれる。
お嬢様とわたしの出会い
わたしが「成田本店」のアカウントをフォローしたのは、仲の良い作家さんたちのRPで回ってきたのがきっかけだった。
「え、なりほん!」
思わず口に出していた。
書店のアカウントなのに、まるで異世界モノに登場する”悪役令嬢”のような語り口。

「すごくたくさんRPされてるなあ」
それが第一印象。
タイムラインがどんどん、作家さんたちのツイートで埋まっていく。
やがて、たくさんの作家さんのつぶやきを拡散していらっしゃるものの、青森出身の作家さんを特に熱く推しているのだと知った。
「出身地を公開していない方は、わたくしにDMでこっそり教えてくれれば大丈夫ですわよ」
そんなツイートを見たものの、なかなか勇気が出なかった。
お嬢様のRPは、作家さんだけではなかった。地元・青森に関するニュース、お店、イベント、クリエイターさんたち。
地元から遠く離れた四国に引っ越して、なつかしい食べものや景色が、一切知らずにいた青森の”今”が、毎日大量に流れ込んでくる。
(これ! これおいしいよね。大好き)
(ここは思い出の場所……)
(この作家さんも青森のひとなんだ。フォローしよ)
頭の中でそう思うのに、つぶやけないフラストレーションが日に日につのっていった。
耐えられなくなったわたしは、ある日ついに、お嬢様にDMを送る。
非公開だけど、青森出身なんです、と。
これがいけなかった。いや、お嬢様に出会った瞬間にはもう決まっていたのかもしれない。
まるで『王様の耳はロバの耳』で秘密を知った床屋のように、日に日に言いたい気持ちがどんどん、どんどん膨らんでいった。
この時点では、最後の著書を出してから数年が経っていた。お知らせできるようなことなんてなかったにも関わらず、お嬢様は毎日のように、わたしの投稿のいくつかをRPしてくれた。
小さなちいさなカミングアウト
その冬、「ばあばに会いたい」という子どもたちの声がきっかけで、約4、5年ぶりの帰省が決まった。これが決定打だった。
お雑煮のことが書きたい。
年末年始にたべるお菓子のことが書きたい。
青森の写真を載せたい。
わたしは、お嬢様に「出身地を公開しようと思っている」と、こっそり打ち明けた。また、帰省のときに、お菓子を持ってうかがう約束をさせてもらった。
「あ、あの、お約束させていただいた、三條と申します」
震える声で、レジで名乗る。
『三條先生、いらっしゃいました』
レジの方が、内線で伝え、にっこりと笑いかけてくれた。
事前に聞いていたとおり、あいにくその日お嬢様はお休みで、別な方にご挨拶をさせてもらった。

じつはわたしは、書店まわりというものをしたことがない。
これが生まれてはじめての経験だった。
版元さんによっても方針が違う。
知り合いの著者さんは、地方から上京してまであちこち回っていたけれど、わたしの場合はとくにそういったことは推奨されなかった。
著書の発売後、青森に帰省したタイミングで、こっそり"なりほん"で自分の本を買ったことがある。
何度も本を買った店に、自分の名前が書かれた本がある。何冊も!
背表紙の、自分の名前の部分をそうっとなぞって、棚から取り出し、そのうちの一つをレジへ運んだときの感動は、きっと忘れられないだろう。
こうしてわたしは、9年守り抜いた、ほかの人にとってはどうでもよくて、わたしにとっては大きな秘密を、『なりほん』レポとともに静かに送り出したのだった。
お嬢様は、いつものようにそのpostを”推し”てくれた。その結果、地元企業の方や、同郷の方にもフォローしてもらえた。
わたしのタイムラインには、さらに青森が溢れていく。
2024年、いちばんはなしたのはきっと。
ほとんど毎日、なにかしらXに投稿している。
それは専門分野である家事のことだけではなく、とにかく雑多ないろいろなことだ。
コメントがつくことはあまり多くない。
振り返ってみると、2024年の1年間、わたしがもっともたくさんはなしたのは、RPしてもらえたのは、間違いなくお嬢様だった。
料理をつくれば、お嬢様がやってくる。

わたしは、料理を投げて返す。

ブログやnote、コラムの更新などもいつもRPしてくれる。通知欄にはいつも、緑の木のマークがある。

日々、ものを書いていくうえで、一番堪えるのが、だれからも何の反応もないことだ。そういう意味で、2024年はすごくこころが救われた。
拡散してもらうことだけじゃない。ただ、見てくれている。
その事実にどれほど救われただろう。
今度はわたしが推す番だと思った
コンテストに参加するとき、わたしはいつも、「できれば賞を取りたい」と考えて書いている。でも今回に関しては、それより大事な目的がある。
「なりほん」について、いろんな人に知ってもらうこと。
地元出身作家さんを強く推してくれる”なりほん”を。”お嬢様”を。
今度はわたしが推す番だと思ったのだ。

わたしは自分で本を選びにくい環境で育った。
年に数回、「なりほん」で過ごすほんのわずかな時間がなにより幸せだった。
わたしに力はないけれど、あの場所を、これから先もずっと守りたい。
近年、どの場所でも書店の経営はどんどん悪化していると聞く。今、わたしの住んでいる四国でも、店を畳んだ書店があった。
たしかに、ネットでも本は買える。
電子書籍もある。
特に子どもが小さいうちは、それがどれほどありがたかったことか。
でも、子どもが幼稚園に入り、週に2回ほど書店に足を運ぶようになると、改めて書店の素晴らしさを知ることができた。
背表紙を眺めているだけでもアイディアが湧いてくる。
その日の自分の気分に合った一冊が見つかる。
そしてなにより、ずらりと並んだ棚の中から”人生を変える本”が見つかることがある。
それは背表紙から自分で探すこともあるし、書店員の人たちがおすすめしてくれるコーナーから見つかることもある。
こうした”運命の出会い”は、ネットで本を買った場合にはかなり確率の低いものだと思っている。
わたしはいま、気軽に”なりほん”に行くことができない。
だって、飛行機に2回乗らなければ行けないから。
そんなわたしが遠くからできるのは”推す”こと。

青森に住んでいない人でも、もし旅行で青森駅周辺に出かけたらぜひ、思い出してみてほしい。
なりほんの店舗はいくつかあるけれど、県外のひともアクセスしやすいのはたぶん、「新町本店」だと思う。
青森駅からアーケード街を歩いていくだけの一本道だからだ。
近くには甘酸っぱいアップルパイが食べられるお店も、シックな雰囲気のケーキ店も、激推ししている和風アップルパイ「たわわ」のある和菓子屋さんも、ほかにはない唯一無二な雰囲気に心惹かれる喫茶店もある。

大人の旅なら、本を買ってそこでゆっくりしたらきっとかけがえのない時間になると思う。
そこまで時間はなくても、
たとえば帰りの新幹線や飛行機で読む本を。
長い待ち時間に子どもがたのしめる本を。
青森に来たあなたに、このお店で買ってもらえたら、とてもうれしい。
運命の一冊との出会いは、ぜひ「なりほん」で。

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