置いてかないで。
制服のスカートをすり抜けるように、雪まじりの風が容赦なく太ももを刺していく。
しゃりしゃりと雪を踏みしめながら空を見上げた。
自転車に乗れない冬は、いくつかの交通手段を乗り継いで登校しなければならない。
けれども、ほかの季節より三十分も早く家を出る父の出勤に合わせれば、バスひとつで行けるのだ。ただし、──発車の一時間前にはバス停に到着してしまう。
「りっちゃん」
雪かきをしていたおじさんが、顔を上げる。薄暗くて気づかなかった。きょうは通り過ぎようと思っていた。
「きょうも寒いね。入っていきな」
「でも……」
「りっちゃん、おはよう」
おばさんがにこにこして店から顔を出す。
顔見知りのおじさんが、学校へ行くには早すぎるだろうと招き入れてくれるようになって二年目の冬。
当時のわたしはひとりではなかった。
でも、友だちがいたかというと、怪しかった。
彼女はわたしに質問を放るが、答える前に自分のはなしに変えてしまう。
なにより、あの子がトイレにわたしを誘うのは、ひとりが嫌だからだと気づいていた。ほかの友だちを見つけたら置き去りにされてしまうから。
ストーブの火がちらちら揺れる。
ことん。目の前に置かれたのは、ブラックコーヒー。細く白い湯気が、香ばしい匂いを立ちのぼらせている。
店のなかにいくつも置かれた鏡にうつるわたしの頬も、鼻の頭も、林檎みたいに真っ赤。寒さのしるしがくっきり滲んでいる。
目を閉じて、こくりとブラックコーヒーを口にふくんだ。
おじさんが豆を挽いてていねいに淹れてくれたコーヒーは、あのころのわたしには苦くって、ちびちびしか飲めなかった。
でもだからこそ、ゆっくり話ができた。
あの時間はまちがいなく、生きるために大事ななにかを培ってくれた。
「みんなさー、食後の飲みもの何派?」
ママ友が明るい声で尋ねた。
「コーヒー」
「私もコーヒーですね」
「えー意外」
「りっちゃんは?」
みんなの目が、わたしに向く。
「紅茶か……カフェオレ……ばっかりです」
「「「わかる。そういうイメージ」」」
声が揃う。
「あたしもブラックコーヒー。飲めるようになったの最近なんやけどね」
まって、みんな大人だ。置いてかないで。
いまでもわたしは甘党で、ミルクがないとコーヒーは飲めない。
でも、わたしを置き去りにする人はここにはいない。
家の前で下ろしてもらう。
車が曲がり角の向こうに消えるまでの短時間でも、ひたいから汗がひとすじ流れていくのをそっとぬぐった。
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