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"はなまる毎日”のつくりかた:家事に点数をつけるのをやめた日





「はなまる家事」という考えを思いついたのは、娘が2歳のころだ。

その日は洗い物をそのままにして家を出た。11時にママ友の家にお呼ばれしていたからだ。
イヤイヤ期真っ只中の娘のお世話に手間取り、あらゆることが終わらなかった。

誰かの家に招かれるのは、東京に来てからはじめてのことだった。

うちのマンションから徒歩2分のところにあるそのおうちは、東京では珍しく戸建てで「きちんと生活している家族の感じ」があった。
楽しく過ごしつつ、刺激にもなった。


玄関を開けて待っていたのは、洗いものの山。ちょっとひるんだ。今日はつかれたなあ、がんばらなくてもいいかなあ、と。

でも最初から「がんばらなくていい」と決めておくと、私の場合は「今日はこの時点で完ぺきじゃないからいいや」と諦めてしまうことが多かった。

でもその日は、なんとなくそうしたくなくって、洗いものを片づけ、食材をすぐ使える状態へ半調理し、部屋のそうじも片づけも、2度目の洗濯もどんどんこなしていった。


すっきりと片づいた部屋を前に思った。

「もしかして、最初からがんばらないって決めてしまうのはもったいないことなんじゃないだろうか?」


はじめはそれを「毎日100点満点を目指そう」ということだと解釈していた。

もちろんその100点は、自分の感じ方だから、モデルルームのように完ぺきな部屋じゃなくてもいいという意味合いだった。

最近は「がんばらない」ことばかり取り沙汰されていて、逆に「がんばる」のは悪というような風潮を感じていたのだ。それへのアンチテーゼのような思いがあったのかもしれない。



数日後「しっくりこないな」と思った。

あれこれ考えてたどりついたのが「はなまる」という考え方だった。

スタンプを押すように、ぽん、と「きょう1日」を肯定してあげる。これがいいかもしれないと思った。


だから「がんばらなくてもいい」の前に、ひとこと足した。

(今日の自分の最大限を超えて)がんばらなくてもいい」

言い換えると「今日の自分のできる範囲で、ベストを尽くそう」になる。


つまり、「はなまる家事」というのは、まずやってみる。そのうえで、今日一日を肯定するという考え方なのだ。


「どうしても今日はがんばったと思えない……」

そう思ったのが23:59ならまだ間に合う。
残り1分に全力を尽くせばいいだけ。

その積み重ねが自信になり、少しずつ自分を好きになれた。


「はなまるな一日」はいつからでもつくれる。





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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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