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女王蜂に盗み聞きされていた話


土にふれるのは久しぶりだった。
ふしぎなもので日が空くと、手袋ごしにしかさわれなくなっていた。




四国に来て6年も経つと多少は慣れたものだが、元来、病的な虫ぎらいだ。

例年夏は蜂とやけど虫が怖くて庭に出られず、秋から春の庭しごとを楽しんでいる。


けれども去年の秋、10年一緒に暮らした猫が亡くなってしまい、わたしは抜けがらのようになった。

書くこと以外、なにひとつ手につかなかった。
庭に出る気力すら、残っていなかった。



この冬はもともと、自分たちではやりようがない大木の剪定を頼む予定だったのだけれど、ついでに庭じゅうを綺麗にしてもらった。
自分でやるのとは違う美しい樹形に生まれ変わった木々を見て感動したものの、それでも、なかなか外に出る気になれなかった。


春は普段ならビオラとチューリップ、ネモフィラが混ざって幻想的に綺麗な時期。でも、なにも植えてないのだから鬱蒼と茂る雑草と、春になると芽吹く多年草しかない庭──。


やっと心の整理がついたのは、先月のことだった。



一年に一度、たった1週間しか咲いてくれないベロニカ・クレーターレイクブルーが鮮やかな青花を見せてくれた。去年は咲かなかったその花を見るのは2年ぶりで感動して。




ああ、久しぶりに花を植えたい。

そう思った。


かたちから入るとうまくいく単純なタイプだ。

まず始めたことは、県外からも人が訪れるという人気の園芸店まで出向き、苗を買って帰ることだった。


(持ち帰るのにとても苦戦した)




せっかく手入れをしてもらった庭にはまた雑草がはびこっており、ひとりで薄暗くなるまでかかってぷちぷちと抜き続けた。無心だった。



そうして翌日。
娘とふたりで白や紫の花を植えた。
ああ、これでやっと庭しごとを再開できる。



わたしの庭は、ひみつの庭だ。
家の外からも中からも見られない。高い壁に囲まれた空間。

翌日、ほくほくして鉢植えに水やりをしようと玄関を出たわたしは、固まった。

軒下に円錐状のものがぶらさがっている。

飛びずさるようにして逃げた。それからもう一度のぞく。スマホのカメラを向け、限界までズームにする。




──ああもうだめだ。むり。


全身が粟立った。
虫嫌いのわたしが何よりもきらいな蜂が、そこにはいた。

毎年、毎年、毎年……。大きな蜂の姿を家のまわりで見かける。蜂が近づいた木には、暗くなったあとにスプレーをふっている。




室内からいくら確認しようとしても、どこからも見えない。完全な死角にその巣はあった。




※写真はぼかしてあります※






蜂の巣を見た夫は、煙草を片手に「かわいいじゃん」と近づいていく。わたしは声にならない悲鳴をあげた。

バタバタしながら夫の腕を掴み、引き剥がした。



こわすぎてすぐに業者を検索して申し込んだ。

ところが、夜になっても、翌日になっても、3日経っても返信はない。なんならもう何週間もすぎた今でも返信はない。


詐欺、だったのだろうか……。個人情報……。


3日過ぎたところで耐えられなくなり、他社を探すことにした。連絡がない場合問い合わせられるよう、間に運営会社の入ったサービスを探して申し込んだ。

今度は5分で返信が来た。
来てくれるのは3日後だという。



それまでわたしは、女王蜂とルームシェアしなければいけなかった。





正直なところ、自発的に出ていってくれないかなと祈っていた。
なにしろ、あの巣の場所は、ひどくうるさいはずなのだ。






わが家の庭には、よく声が響く。


子どもたちがけんかする声。
注意するわたしの声。


ヒートアップするけんか。
注意するわたしの声。


止まらないけんか。走り回る姉弟。
ついにぷつんと切れるわたし。



「うるっっっさーーーーーーい!」




女王蜂はきっとそれをすべて聞いていた。
子育てには向かない環境である。




巣のある場所は、わたしの書斎の真下だ。

自分のすわっているすぐ下に蜂がいると思うと、体の奥にまで羽音が響いてくる気がして──背すじが粟立った。







しとしとと柔らかな雨が降る午後のことだった。

待ちに待った人が来た。作業を開始してからたったの数分で、蜂の巣は外された。

見せられた袋のなかに、てのひらサイズの小さな巣と、大きな蜂が入っていた。

「まだ女王蜂だけだったのでよかったです。たまごは孵っていませんでした」



お財布から栄一がふたり、旅立っていった。

その前の週、自転車の修理でひとり見送ったばかりだったのに──。







あれから安心できる空間にもどったひみつの庭で、きょうも庭いじりをしている。


軒下には、蜂の巣がくっついていた部分に丸い汚れが残っている。
まるで墓標のように。


なるべく殺生はしたくない。

ふだんから虫を倒すのがほんとうににがてだ。わたしがこまめに庭に出ていたらたぶん、ここに巣はつくられなかった。そう考えると、あんなにも大きらいだった蜂とはいえ、後味の悪さが残った。


わたしにできることは、こまめに軒下をのぞいて、巣ができる前にスプレーをして、少しでも寄せつけないようにすることだけなのだ。





(2,000字)





後日談


「え、三條さん家、蜂の巣できたん? 言ってくれたらよかったのにー。うちの旦那駆除できるよ。防護服あるし無料でやったのに……!」


#なんのはなしですか
#33日ライラン


※ お店は撮影許可を撮りました。動画はNGとのこと。各駅からはかなり遠いですが、発送はできるみたい。

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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡