見出し画像

春紫苑と新聞

この作品は、こちらの別視点として書いたものです。2分で読めるので、よかったらお先にどうぞ。



小春を好きになったきっかけは、双子の弟と自分を確実に見分けてくれたからだった。

弟の蒼次はIQがずば抜けて高く、両親は弟をさまざまな習い事に送り込んだ。

僕は鍵を持たされて、ひとりで家に帰ることが多かった。「あなたのことは、伸び伸び育ててあげたいの」
母は笑顔で言っていたけれど、本心だとは思えなかった。


小春の家は三軒隣で登校班がいっしょ。自然と学校帰りに遊ぶようになった。

「ハルジオンの花だ」

小春はそう言うと、彼女の自宅の、広大な庭の隅で見つけた雑草に手を伸ばした。

小春は、花が好きな少女だった。祖父が教師、父親が司書をしており、たくさんの本を与えられて育ったからだろうか。植物図鑑を片手に庭を探索しては、目を輝かせていた。

僕は、なにが面白いのかわからなかったけれど、楽しそうにしている小春を見るのが好きだった。


三年生になり、小春とクラスが離れた。最近、顔色が悪い。どうやら女子からのいじめにあっているようだと、元級友が言っていた。
女子同士のやりとりに僕が手を出しても意味が無いだろう。そう思った僕は、学校では静観を決め込んでいたが、放課後に小春と過ごすとき、彼女のケアをこれまで以上にすることを心がけた。


四年生になった。弟の蒼次が、二年連続で同じクラスになった小春に親しく声をかけ始めた。僕は焦った。そうして、勢いで告白した。
僕たちは十歳で恋人同士になった。親にも先生にも怒られたが、恋人という名前がついただけで、これまで通り清く正しく、子どもらしく過ごす様子を見て、なにも言われなくなっていった。


「おまえはずるいよな」

ある夜、蒼次がぼやいた。
蒼次が中学受験に失敗したあとのことだ。

「毎日まいにち、遊び回ってさ。俺なんか一年生のころから、ピアノに塾にそろばん……毎日駆り出されて。友だちと過ごす時間もなかった」

僕はカッとなった。それでも、おまえは期待されてるじゃないかと。

「どうせ俺の方がずるいとでも思ってるんだろう? だからおまえは、俺が気になっている女の子を取った」

蒼次は、頭の良さだけではなく、内面の成熟も年齢以上なのだと親戚が言っていた。小さな体に少年の魂が押し込められているような。

「最初、まだ登校班でいっしょだったとき。あの子は、あの子だけが、おまえと俺を間違えなかった」

蒼次は嫌な感じの笑みを浮かべた。

「見分けやすくする工夫をすればいいものの、可愛いからという母親のエゴでさ、髪型から服まで全く同じものにされる。その点ではおまえも被害者なんだろうな」

「おまえと僕は、べつの人間だ」

「ああそうだな。おまえと俺がいっしょだなんて反吐が出る」

蒼次は吐き捨てた。

「おまえ、あの子がいじめられてるの、助けてやらなかっただろう」

「クラスも違うし、女子の揉め事に手を出したら悪化するかもしれないだろ」

「うまいことやればいいだろう。当事者以外の女子に働きかけたらすぐに収束したぞ? あの子を守ろうともせずに、我が身可愛さに傍観していただけのお前が、よく彼氏を名乗れるよな」

「うるさい」

兄の自分より背が伸びた蒼次を、部屋から追い出そうと押す。蒼次は不敵な笑みを浮かべた。

「断言する。意気地なしのおまえは、いつか捨てられるぞ」

そして、蒼次の言うとおりになった。
数年後、小春を守ろうとしなかった僕は、別れを切り出された。助けを求めてすがる彼女と一瞬だけ視線が絡んだ。でも僕は、それをなかったことにした。


あれから10年が経った。
将来を期待されていた蒼次は引きこもりになった。部屋でゲームばかりしている。

県職員になった僕に、両親はよく金の無心をしてくる。蒼次に向けられていた期待のまなざしを注がれても、僕はうれしいと思えなくなっていた。

なんとなく大学時代の後輩と結婚した。
妻は、はじめはとても可愛かったのだけれど、最近はなんだか息が詰まる。いつもゴロゴロしているし、洗濯物は生乾きのにおいがする。料理だって手抜きだ。
化粧もしなくなり、ぶくぶくと太っていく。


その日も、両親に言われて実家に戻ってきていた。
小春の家の前を通ると、茶色の軽自動車が停まっているのが見えた。
出てきたのは、すっかり大人びた小春だった。妻より年上のはずなのに、綺麗だった。相変わらず華奢で、化粧っ気のなかった高校時代より、顔立ちも華やかになっていた。

兄の部屋の前に、ラーメンを置く。散らかった家の中を少し片づける。父に金を渡す。ヒステリーを起こしている母を宥める。
僕は、すっかり疲れ切っていた。一瞬見かけただけの小春のことを、ずっと考えていた。


僕は、家を飛び出した。小春と話したかった。
彼女の家の門までやってきて、逡巡した。小春はお父さんと談笑している。
どう話しかけたら自然なのだろう。

「うちの嫁に、なにか用ですか」

ふと、僕の後ろに車が止まった。男が窓を開けて声をかけてきた。助手席には小さな子どもが座っている。

僕が答えられずにいると、男は門を入ってすぐのところに車を停め、運転席をおりた。ずいぶん長身で大柄な男だ。
子どもが「ママ!」と叫んで心春に駆け寄って行った。

こちらに近づいてくる男に背を向けて、僕は走り出した。息を切らして実家の門までたどりつく。

ふと、コンクリートの隙間から花が伸びているのに気がついた。ヒメジョオンだ。ハルジオンとそっくりな花。


小春はいつも正確に見分けていたので、どうやっているのか聞いたことがある。

「見分け方はたくさんあるよ。花が咲く時期がちがうし、葉っぱの感じもちがうの。細かい部分だけど、違いに気づけたらうれしくなるよね」

小春は、いつもよく周りを見ていた。なにかを知るのを楽しそうにしていて、他人に興味のない僕とはずいぶん性格が違った。

「ハルジオンってね、もともとは園芸種だったんだって」

「園芸種?」

「チューリップとか薔薇みたいな、雑草じゃない花のことだよ。それがいつの間にか嫌われ者の雑草になってて、別名は貧乏草。ちょっと切ないエピソードじゃない?」

まるで今の僕たち兄弟のようだ。
確かに僕は、兄への対抗心から小春に近づいた。でも、あの頃持っていた気持ちは嘘じゃない。



数年後、新聞で小春を見かけた。
雑草ばかりが登場する絵本を出したらしい。
どうして雑草に興味を持ったのかインタビューされた彼女は、昔近所の男の子がくれた花の名前を調べたのがきっかけだと答えていた。

こんな僕にも、だれかの人生に影響を与えることができるのかとうれしくなった。

僕はその新聞を、いまだ引きこもっている蒼次の部屋の、ドアの隙間から差し入れた。
インタビューの中に、クラスでうまくいっていないとき、助けてくれた男の子の話が載っていたからだ。その人はさりげなく、自分が花に詳しいこと、その絵を描くのが得意だと広めてくれた。すこしずつ友だちが増えて、居場所ができた、と。同時に自信をもらえたともあった。

ひと月後、蒼次は部屋から出てきた。スーツに身を包んで。



妻とは別れて、実家に戻っている。むなしくなることもあるが、そういうとき、小春の切り抜きを読み返すことにしている。

夫や子どもとのエピソードが多く、ちくりと胸は痛むけれど。



▼完結済or短編小説の一覧はこちら。


いいなと思ったら応援しよう!

三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡