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音のタイムカプセル-------------------❅硝子・初心者マーク・郷愁 / 4min❅


確かに大切にしていたはずなのに、もう、色しか思い出すことができない。
それは、硝子の風鈴。


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百貨店で買ったのだと思う、たぶん。
両親は週末に街に出て、百貨店に行くのを愛していたから。器を見て、お茶屋さんでお茶を買い、書店や喫茶店によってから帰る。
そういう、月に1度のルーティンがあった。

そんな中で、当時はあまり暮らしに興味のなかった私はひまを持て余していた。



あの百貨店で数少ない、自分で選んで買ったもの。
それが風鈴だった。

硝子であること、それから、紫色の花が描かれていたこと。
それだけは覚えている。透きとおったものと淡い紫。たぶん手に取ったのは、いまの娘と同じ、10歳前後だっただろうか。


潜在意識にあった好きなものがいまと変わらないことも面白い。

とにかく、あの風鈴が好きだった。


3階の子ども部屋の窓枠にくくりつけて、網戸から吹き込んでくる風にちりんと揺れる。その硬質でかすかな音を聴くのが好きだった。

夏の音で思い出すのは、暴力的に降り注いでくる蝉の声だけじゃない。
リヤカーで売りにくるチリンチリンアイスの鐘の音、日が暮れるとどこか遠くから生ぬるい風に運ばれてくる、ねぶた囃子。

ふるさとを離れたら、もう二度と聴けないような、夏のノスタルジックな音があったのだ。
今になって想う。愕然とする。


でも。どうしてこんなにも夏の音は鮮明に記憶に残っているのだろう?

ほかの季節はそうはいかないのに。


そう考えたとき、ふと、ベッドに寝ころんで見上げたラムネ色の空のしゅわしゅわした青さがいっぱいに浮かんだ。風鈴の音はあまりにも淑やかで。だから、音よりも風にそよぐ動きのほうが記憶に残っている。

私は夏に泳ぐそのゆらめきをぼうっと見ながら、いつも不安な気持ちとともにあった。

小学校高学年になったころから、ほとんど、家にばかりいたあの夏休み。
学校に行かなくていいけれど、でも、将来が見えない不安な感じ。自分がどこに流されてゆくのかなんて想像もつかなくって。







エンジンをかける。何度もすーはーと深呼吸。DVDになっているカーナビを、音楽に切り替えた。サイドブレーキを下げる。
重たい車体が動き出した。

明け方の、誰もいない細道を、何度か切り替えに失敗しながら、ゆっくりと進んでいく。
心臓がひどくどきどきしていることがわかる。

「おちつくおちつくおちつく……」

対向車も人もいないんだから。明るいから大丈夫。私は目をかっと見開いて、すっかり明るい午前5時の道路を眺めていた。

青空は、一眼のぼかした背景みたいに認識できない。
生まれてはじめて、ひとりで運転していた。





目的地にたどり着いた。
頭が真っ白。大通りから曲がるときに失敗したのである。この時間じゃなければ大変な迷惑をかけていた。

扉を開けると音楽が止んだ。ふらふらと崩れるように運転席から滑り降りる。

蝉の声がじわじわと降り注いでくる。

そのとき、気がついた。
風鈴のおかげだ。

風鈴を鳴らしたくって、夏はよく窓を開けていた。だから、いろんな音が記憶に残っているのだと思う。

目を閉じると思い出す。夏のコントラストの強い、青。
ひとりきりの夏。

風鈴って、タイムカプセルだったんだ。






「ねーねー、本当に待ってる?」

ねむたい目をこすりながら、キッチンで杏仁豆腐を仕込む私に、娘が尋ねた。お湯を注ぐだけでできるかんたんなやつ。きんきんに冷やしておいて、みんなのおやつに出すつもり。

ママ友から『いま出たところ』とLINEが来る。

「もう向かってるみたいだよ。早く、でも気をつけて行きな」

学校の図書室開放に向かう娘を玄関先で送り出した。

「はあい。あっつー」

娘は日に手をかざすようにして言う。
長い髪の毛がさらりと揺れた。娘と私はちっとも似ていないけれど、あのころの私みたいに、染めてもないのに茶色く透きとおった髪の毛だけが同じ。


扉が閉まる瞬間、さっきまで運転していた初心者マークを貼りつけた車が見えた。
歩いたら数十分かかる距離が、あっという間だったっけ。

家の車はどちらも車体が大きくて、怖い。
思い出すだけでも心臓がどきどきする。




なんだか、ずっとずっと遠くまで来てしまった。

頭の中に硬質な音がちりんと響いて、ちょっとだけ泣きたいきもちになった。悲しいからじゃなくって。いろんな、いろんな気持ちがないまぜになった、夏特有のあの、センチメンタルなやつ。

そうして決めた。
新しいタイムカプセルを買おう。「これでいい」じゃなくって、「これがいい」が見つかったときに。





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#ビンゴエッセイ

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