100日目の雪模様
ジェットコースターに乗っているような一日だった。
感情が上に下に、ものすごい振れ幅で動く。ぐるぐると目が回るような忙しなさがあり、突然、ぷつんと糸が切れたように座り込んだり、ねむってしまう。
そんな「100日目」のはなしをする──。
濃いグレーの雲を割るようにして、朝日が登っていた。
ここ数日は、風が強くて自転車のかわりに徒歩を選んでいたくらいなのに、穏やかに凪いでいる。
娘といっしょに家を出て、反対方向へ向かう。
「いってらっしゃーい」
大きく手を振る。娘は、何度もちらちら振り返り、胸の辺りでこっそりと、小さく手を振る。
部屋着のうえに一枚羽織っただけの恰好で、両手にはゴミ袋。何度か振り返って、手を振る。娘は振り返るたびにこちらを見ていた。
ランドセルが、すこしずつ遠くなっていく。
あれ、こんな日がいつかあったな。ふと思った。
──そうだ。四十九日の日だ。
今日が「100か日」だったのだと気がつく。昨日までおぼえていたのに、頭からすこんと抜けていた。
100日前、家族を、亡くした。
息子を幼稚園に送ったあと、マフラーを忘れてすうすうする首元を押さえながら自転車をとめた。
すっかり枯れて、汚くなってしまった秋明菊の花が揺れている。
あの日に「切らなくちゃ」と思ったのに、そのままだった。シードヘッドが裂けて、ふわふわと綿毛が出ていた。

もともとルーズな性格ではあるものの、100日前からはとくに、それに輪をかけてひどくなっていた。
思考の動きがにぶい。
すん、と電源を落としたように頭が働くなることが多々あった。
▼このはなしは、ヤンデレ猫ちゃんシリーズのあとがきです。単体で読めます。
最初から読む場合はこちら。
10年一緒に暮らした猫のフカが亡くなった。そこから7日間、わたしが立ち直るまでにしたいろんなこと。そして、家族や先住猫のバロの変化について。
7年ぶりにはなしに花が咲く
この日は、午前中にZoomを使う予定があった。
おしゃれ迷子だったわたしが10年前にイメージコンサルティングをお願いした石塚瞳さんの、新サービスを受けるためだ。引越しや出産をしてお休みされていたのだけれど、再開して即座に申し込んだ。
イメージコンサルティングというのは、ひとことでいうと「自分に似合う服」と「自分が好きな服」を近づけていけるようなものだと解釈している。
顔色がきれいに見える色がわかるパーソナルカラー診断や、スタイルがよく見えるアイテムを知れる骨格診断といったものがある。
どちらの結果にも納得していたけれど、しっくりこないこともある。
だから、もう一歩踏み込んでみたかったのだ。
瞳さんとは友人でもあり、東京にいたとき、何度かお出かけもしていた。Zoom越しとはいえ、お会いできるのがうれしい。
メイクとファッションのプロの前に出るので、いつもより少していねいにメイクをした。
SNS上ではお見かけしたり、コメントのやりとりをすることもあったけれど、顔を合わせるのは7年ぶりだった。
新しいサービスだけじゃなく、ファッション、お互いの近況、noteのこと。話していると、あっという間に時間が過ぎていった。
フカの死やバロの体調不良がきっかけで、あまり人に会わない生活になっていたから、ひさしぶりにたくさん笑った。
たのしかった、それなのに。
どうしてだろう。昼食をつくろうという気持ちになれなかった。
ここ最近は自炊を楽しんでいたのに。
ごはんに納豆をかけて、韓国海苔で包んで食べる。たったそれだけ。汁物もおかずも用意しようという気持ちになれなかった。
フカがいないからできる、淋しさ
食べ終えるとぐらりと傾くような眠気が襲ってきた。
ソファに倒れ込む。
わが家のリビングの明るさは季節で変わる。
低い位置の太陽は、窓の向こうに続くグレーのタイルを柔らかく照らし、リビングはその照り返しで明るく白く輝いていた。
「バロ」
いつもはソファで寝ているバロのすがたがない。
だんだん降りてくるまぶたの端で、ピアノの横でくつろいでいるバロが、顔だけにょっきりと上げてこちらに目をやったのが見えた。
最近のお気に入りの場所から、動こうとはしなかった。フカならきっと、走ってきてくれた。
庭木が揺れて、葉がこすり合うかさかさとした音を聞いていたのに、ぷっつりと意識が途切れ、次に気がついたのは、──数時間後。
じつは、前の夜まで小説を書いていた。
公募に向けて、新作の長編を書き下ろしていたのだ。

そのコンテストを知ったのは、〆切の5日前。そこから3日で書き上げ、ぎりぎりまで直しを重ねた。
22時に書きはじめ、3時に倒れるように寝る。
子どもがいない間は、日中もずっと。それでも3日で書き終えられたのは、フカがいないからだった。
パソコンに乗ったり、扉を叩いたり、わたしの手をつかんだり、布団へ誘導したり……。そうやってじゃまをするフカがいない書斎では、驚くほどするすると執筆が進んだ。
その事実が、悲しかった。

沈むようにねむる
結局、娘が帰ってきてもねむり続け、息子のお迎えの時間になるまで、わたしはソファから起き上がることができなかった。
最近、こういう日がたまにある。
理由はわかっている。外に出る頻度を減らしたからだ。
フカのことで後悔したわたしは、バロといる時間を増やそうとおもった。
カフェで仕事をする日を減らしたのだけれど、結果的に集中力が持たずに、すこしバロにさわるつもりが、そのままぱったりとねむってしまうことが増えていた。
長いあいだ寝ていたから、まぶたが張り付くように重くて、なんとかバス停にたどりついた。
息子が乗るバスが近づいてきて、ぎょっとした。
バスの中に青い"子鬼"がいる。
息子は幼稚園で豆まきをしたはなしを、興奮した様子で語り、友だちと手を振りあって別れた。
自転車の後部座席に乗るときも鬼のお面をつけていた。
次は習い事だ。
ここ最近は、習い事のあいだに家に戻らないので、出かける前に『弁当』をつくっておく。
偏食な息子にあわせて、メニューはいつも同じ。
焼き鮭と玉子焼き。4つに仕切られたフライパンを使って、2人分を一気につくる。好き嫌いが少ない娘には、作り置きの副菜があればそれを入れ、なければ冷凍食品を足す。
けれどもこの日は、弁当をつくるどころか、洗いものすら終わっていなかった。
床にも子どもたちがばらまいた教科書やノート、おもちゃなどが散乱しており、げんなりした。
時間は刻々と迫ってくるのに、子どもたちはいっこうに準備をする気配がない。
子どもたちをガミガミと怒り、急かしながら家を出た。
息子は鬼のお面を持っていき、コーチを驚かせていた。

確実に流れている時間
「ランドセル、みんな何色がいいって言ってます?」
「うちはラベンダー。でもシルバーも気になるって。1年生のカバー、色移りせんのかな」
女の子のおかあさんが、頭を抱える。
「うちは黄色。黄色のランドセルって意外と見たことないですよねぇ。親としてはキャメルか紺を推したい」
『わかる』
みんなの声が揃った。
「うちは赤ですねえ。マリオが好きだから」
わたしは、遠くを走る息子に目をやりながら、言った。
「好きな色にしてあげたいけど…。娘の送り迎えで見てたら、男の子で黒以外のランドセル、ほぼいないんですよ。紺ですら目立つくらいなんです」
「えー、そうなんだ!うちの学校はいろんな色の子おるよーモスグリーンとか可愛いよね」
スポーツをする子どもたちを眺めながら、7人くらいでラン活のはなしをしていた。
フカが亡くなるすこし前まで、習い事の見学の時間が苦手だった。
もともと仲の良い人どうしでいっしょに習い事に入った人が多く、ひとりだけ、ぽつんとその場にいたからだ。
人見知りがなおったと思っていたわたしは、うまく輪に入れないことに悩み、家に帰るといつもその場面を反芻して、フカのおなかに顔をうずめていた。
フカのことがあって、見学せずに病院に行ったり、家で泣いているあいだに、個々のグループではなく"みんないっしょ"の環境ができあがっていた。
わたしも誘ってもらい、今では毎週、他愛もないはなしをしている。
笑っている。
習い事のあと、子どもたちとカフェで夜ごはんを食べ、買いものなどをして帰った。
「ドリル座だ!」
”自分の星座”をいくつか持っている息子が、空を指差してはしゃいだ。
街灯がない真っ暗な田んぼ道に差し掛かると、星がぐっと近くに見えた。
娘は、両側の水路に落ちないか怯えている。
わたしもぼんやりと空を見上げた。
12月、銭湯に行く時間に、東の空に大きく鎮座していたオリオン座。
まだ19時だというのに南のほうへすでに移動していた。
こうやってすこしずつ空は変わっていくのだと知る。
冷たい風が肌を刺す。
息子は道路脇に生えている、背の高い雑草を、楽器を弾くように撫でながら歩いている。
「帰ったらすることは?」
「宿題」「おふろ」と口々に答えていたのだけれど、それが守られることはなく、わたしはいつものように、目をさんかくに吊り上げて怒った。
すみれ摘み
21時を過ぎた。ほんとうはもう寝てほしかったけれど、わたしは子どもたちのブロックに少しだけ付き合った。
これは、今年に入ってから決めたことだ。
1日10分でもいいから、100%のこころを傾ける。それは子どもたちであったり、バロであったり。

……夫にはむずかしい。わたしたちの関係は悪友に似ているから。
この日は、Instagramの動画で観たレゴを試してみた。
平たいブロックプレートに、壁をつくるようにブロックを配置していく。そこにビー玉を落として傾けてつくる、迷路だ。
決めたからといって、毎日できているかというと、そうではない。
フカの死によって、わたしという人間が、丸ごとつくりかわったと思っていたけれど、根っこの部分はやっぱり変わっていなかったのだ。
面倒くさがりで、ぼんやりしていて、いらいらしがちな、ただのわたしのまま。
バロの写真も、動画も。前ほどは撮れていない。フカの声が思い出せなくてくるしいのに。
撮りたいと思う瞬間が料理中だったりもして、なかなかうまくはできずにいた。
100日後にようやく立ち直ったのは
家族のなかで、もっとも立ち直るのに時間がかかったのは、バロだと思う。
フカが亡くなった後、立て続けに体調をくずし、手術をした。それがすっかり治ったあと──。
つい2週間ほど前にも、バロは病院へ行っている。

バロは毛玉を吐かない猫だった。12年暮らしているけれど、吐いたことはほぼない。
そんなバロが、1月から毎日吐いている。
吐き慣れていないから、ものすごく苦しそうにしていて、変な液体が床にぽつぽつと落ちている。
病院に行ったら、胃炎だった。
異常はやっぱりなくて、もらった胃薬ですぐに治ったけれど、やっぱり、フカのことが尾を引いているとしか思えなかった。
先週あたりから、やっとバロは落ち着いた。
12月に手術をしたバロのおなかは、ピンク色をしている。毛を剃ったからだ。
腹巻でもしているみたいに、そこだけがパキッとピンクになっている。
けれども、家族みんなに「鶏肉みたい……」と言われていたお腹にも、今は数センチほどのふわふわの毛が薄く生えている。
少しずつみんな、前に進んでいる。
だれとねむる
夏ごろまでの寝室は、フカとわたし、ふたりの部屋だった。セミダブルの布団をふたつを、たいていの夜フカとわたしだけで伸び伸びと使っていた。
フカが亡くなってしばらくは、バロと夫がまいにちいた。
フカの初七日が終わったころ、バロはぷいっと寝室に来なくなった。夜の定位置であるソファに戻ってしまったのだ。その後、バロが体調をくずしたのをきっかけに、夫は1階で寝て、いつもバロを監視している。

ひとりになった寝室に、次にやってきたのは子どもたちだった。昨年末のことだ。
川の字というほどすきまはなかった。
朝起きると、2つあるはずのセミダブルのひとつに、子どもたちはわたしにしがみつくようにして小の時になっていた。いや「木」かもしれない。十の部分がわたし。
狭すぎて、何度も首をねちがえ、肩を痛めた。
うるさいし狭いし。でも、すこしまえ、広い寝室にひとりきりになったときに感じた寂寥感はもうなかった。
5歳の息子は、最近また、子ども部屋へ帰っていった。わたしが言ったわけではない。
もともと、姉に付き合って寝ていただけで、ひとりでも平気なタイプなのだ。
気づいたらまたそこで寝ていた。
ベイマックスにマリオ、アンパンマンにばいきんまん、クマに猫にドラゴンに……。たくさんのぬいぐるみを、自分を囲むようにぐるりと並べて、クリスマスプレゼントのはてなブロックランプをつけて、静かにひとりで眠る。
夜中に泣いて寝室に来ることはあるけれど。
ずっと「自分のベッドがほしい」と言われている。そろそろ買ったほうがいいのかもしれない──。
8歳の娘は、寝室で寝ている。
息子にベッドを買わないのは理由があった。
娘が店で見てどうしてもほしいといったのは、ひとり暮らしの女性が使いそうな、シングルの天蓋付きベッド。
かなり痛い出費だった。

けれども、せっかくベッドを買ったのに、自室で寝ない日のほうが多かったのだ。
買っても今は使わないなら。そう思うと、ふとんを敷くだけで終わってしまう。
雪降る心
100日後のわたしは、完全に回復しているのだと思っていた。
天気で言うなら、晴れ。
雲ひとつない快晴を想像していた。
生活は1週間あれば立て直せた。
そこからフカとのことを書きはじめ、少しずつ涙が出なくなっていった。
この10日ほど前に、わたしはフカのエッセイをすべて書き上げて、noteに載せた。
ところがそのあと、胸にぽっかりと穴が空いたようなさみしさが生まれた。
薄くなっていたフカの不透明度が、日に日に主張をはじめた。なんてことないCMに涙ぐんだりした。まるで、忘れていられたことが非日常である、とでもいうように。
たぶん、書くことを通してフカと向き合えている。それが心の支えになっていたのだと思う。
ここまで書いたわたしは、ぐるぐると渦をまくような眠気に引きずられるようにして、下書き保存をし、ふとんに倒れ込んでいる。
真っ暗な部屋。
隣のふとんからは、娘の寝息が聞こえる。
100日目はぜんぜん特別なものでもなく、完全回復できたわけでもなく、むしろ普段より自堕落で曖昧だった。
けれど、それが本質なのかもしれないとも思った。
そう考えたら、すこしほっとした。
人の癒され方は十人十色なのだと思う。でも、フカのことに関しては、わたしは柔らかく包まれるような癒しを求めていないのだと知った。
わたしのフカへの気持ちは、雪に似ている。
日によってそのすがたを変えるところ。
雲ひとつなく晴れているときもあれば、曇った空がふわふわと悲しみが落ちてくる日もある。こころと身体のコンディションによっては、吹雪のように吹き荒れることもある。
そういう感じ。
わたしはまだ、泣くことができる。喉の奥からせりあがってくるものがある。
フカの不透明度をぎゅんと上げることができるのだ。
その事実にほっとするわたしもまた、もしかしたら、フカと同じようにヤンデレなのかもしれない。
▼どこかを読んでくださっていて、続きから読みたい人は目次へ。探しやすいように各話ごとのあらすじと目次も載せています。
あとがきのあとがき
長いようで一瞬の100日間だった。
あとがきとして、あらためて振り返ってみても、書くという決断をして本当によかったと思っている。
ここのところ、子ども時代や学校に通っていたころの記憶が、押し出されるようになくなっていくことに悩み、さみしく思っていた。
特別な思い出すら消えていくのだ。
一方で、それらより後ではあるものの、ブログを毎日書いた3653日間のことは、かなり記憶に残っている。
特別なことなんてなにもない、ただの平日の日ですら。
そして、もし忘れてしまったとしても、読むことで直ぐに当時の記憶をするするとたぐり寄せられるのがいいと思った。
書くのはつらくて、何度も投げ出したくなった。
でも、続けてきてよかったと思っている。たとえわたしが忘れてしまっても、ここに書いたものは残る。すぐにあの日に帰ることができる。
書くことは、こころを整理するうえでも役立った。
フカのはなしに関しては、じつは、とくに構成を決めずに思い出したことを時系列的でそのまま書いている。
一見すると関係の無いような思考の飛躍が、じつはそれぞれ結ばれるように関連しているのも面白いなと思った。
長い長い10万字を超えるエッセイになった。
もし次に書くとしたら、一周忌だろうか。
フカの誕生日は来週に迫っている。11歳になれるはずだった。
毎年きっと、2月7日が来るたびにきゅっと胸が締め付けられるのだろう。それでもわたしは、その気持ちも大事に生きていく。
あなたへのお礼
長編小説でもここまでの長さを書いたことがない。
最後まで出すことができたのは、ひとりじゃなかったからだと思っている。
そのお礼を、最後に綴らせてほしい。
コニシ木の子さん
「なんのはなしですか」という魔法の呪文がなければ、悲しさを含むこの文章を世に出すことはしなかったと思う。役に立たないことでも書いていいと、呪いを解いてくれてありがとうございました。
はれるや( ´ ▽ ` )ノ。さん
ずっと追ってくださってリアルタイムで感想をいただけたこと。励みになりました。悲しいものを出すからこそ不安が大きかったんです。いつも救われました。ご紹介も気づくの遅れてすみません。ありがとうございます…!
みくまゆたんさん
フカが亡くなったあとに最初に出した記事。すぐにコメントをもらえて救われました。
こういう悲しさ全開のものを出すのは初めてで、かなり勇気が必要だったんです。
あと、みくさんの「自分語りは楽しいぞ」企画のおかげで、自己開示に少しずつ慣れた感じがあります。
髙塚しいもさん
かなり早い段階から「見てるよ」と伝えてもらえたこと。心の支えになりました。書き続ける原動力になりました。
亜麻布みゆさん
みゆさんがいつもそっと押してくれるスキ。たぶん深夜が多かったかな。
ああ、読んでくださってるんだなと励まされました。コメントいただけたのもうれしかったです。
シマななこさん
同じ悲しさを経験したななこさんだからこそ、深い部分までわかってくれるようすに、とても救われました。
思い出して辛くさせてしまってないかだけが心配です。
石塚瞳さん
ブログをはじめてから今まで、わたしにとってほぼいない、リアルでお会いしたお友だち(と勝手に思ってます)。
noteを始められたのは最近だから、たぶんこのシリーズを読まれてないかと思います。急にこのはなしに書いてしまってすみません… ! 瞳さんと過ごした午前中なくしては書けなかったので書かせてもらいました。
テイストスケール診断、わくわくしてます。このはなしを読んでイメージコンサルティングが気になった方は、ぜひ瞳さんのホームページへ。
琳さん
琳さんとはブログ初期からずっと仲良くさせてもらっている。琳さんとはなしていると、いつもたくさんのアイディアややりたいことが生まれます。
そしていつも見てくださって本当にありがとうございます。これからも仲良くしてくださいね。
みずのけいすけさん
パーソナル編集者というサービスに本当に救われました。ありがとうございます。初回セッションのとき、まだフカが亡くなって10日ほどだったので、泣きそうになっていてすみません…!
伴走がなければ諦めていたと思います。書いてよかった。
この長い長いはなしが、だれかに役立つものかはわかりませんが、少なくともわたし自身は救われました。
そして最後に、パーソナル編集者の
セトショウヘイさん
セトさんには、感謝してもしきれません。
1月のセッションでは、「凛花さん、明るくなりましたね」と言ってもらえましたね。フカに抱える気持ちを整理して、書いて。その過程ですこしずつ変われたと思っています。
セトさんの行動の早さや、言葉を丁寧に選んでくださっていること、感想の柔らかさと的確さ。セトさんが伴走してくれなければ、このエッセイはまったく違ったものになっていたと思っています。
また引き続きよろしくお願いします。今度は明るいものをいっしょにたくさん書きたいです!

ありがとうございました…!
ひとつでも読んでくださったすべての方へ、感謝を込めて。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡