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透けるノイズ │ 第4章 特定


妻が消えた。隠された妻の顔と、彼女が消えた理由とは──。

はじめから読む




1.特定記録 4月12日(発見)





これは公開前の下書きです。
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『 特定記録 』
2025年4月12日10:16
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冬河未零の行動範囲を見つけた。彼女が近くに住んでいることは、以前から薄々気がついていた。載せているカフェの写真が、俺の職場の近くだったから。どこにでもあるチェーンのカフェだ。でも、引きで取られたときに映り込んだ椅子で、行き慣れた場所だと直感した。
遡って記事を読んでいくと、ほかのカフェもそうだった。

決め手になったのは、リアルタイムでのつぶやき。
彼女はふだん、自分が今いる場所を書かないように気をつけているとなにかで読んだ。けれどもその日は違った。SNSにそんなつぶやきが投稿された。


《まって。知らない男の人がひざに。にげた》

冬河未零@note
2025年4月11日 10:01


しばらくしてから、つぶやきの背景が投稿され、元のpostは削除された。


《さっきはごめんなさい。ホームのベンチに座ってたら、知らない男性が奇妙な動きで近づいてきて、膝に座られそうになったんです。怖すぎて逃げながら書きました……》

冬河未零@note
2025年4月11日 11:20


「知らない男の人がひざの上に座ろうとした」? 酔っていたのか、異常者か。状況は不明だが──続くSNSへの投稿を見て、ぞくりとした感覚が背筋を駆け上がった。


《振り返るとついてきたから、急いで階段登って。別なホームに走ってちょうど滑り込んできた電車に飛び乗りました。戻るためには結構長いこと電車を待たなきゃいけなかったけど……怖かった。お騒がせしました。》

冬河未零@note
2025年4月11日 11:23

《やっと戻ってこれた……改札内のセブンで温かいコーヒーを買ったらすこし回復しました。疲れた》

冬河未零@note
2025年4月11日 11:52


理解わかった。理解ってしまった。
この駅が一体どこなのか。俺は冬河未零のnoteのトップページへ飛んだ。短いプロフィールの中に「香川住み」と記載されている。

彼女のエッセイのイメージ写真として使われているカフェでの写真の偏りから見て、住まいは県内でも「高松市」なのだろうと予想していた。でも。

《ほかのホームに走って》


冬河未零が書いたこの駅には、複数の路線のホームが存在する。
彼女は香川在住だと記入していたが、上り線下り線ということではなく、複数路線のホームを有する駅は限られている。
たとえば、10番線まであるJR高松駅。4番線とほぼ使われない5番線もあることでん瓦町駅。

しかも彼女は、こう書いていた。

《急いで階段登って。別なホームに走って》

この時点で、ことでん瓦町駅が最有力候補となった。瓦町駅では、ほかの線の電車に乗るために、階段の登り下りが必要になる。一方、高松駅はほかの線に移動するために階段を登る必要がない。

彼女に興味があるというよりも、単に、面白かった。
顔も名前も知らない相手を、雑踏のなかから探し出す。まるで自分が探偵になったかのような面白みがあった。

仕事終わりにふたたび見てみると、彼女は一連の投稿を削除していた。よかった、スクショを撮っておいて。





2.特定


「冬河未零はどこですか」

拓海は、ミステリー小説コーナーの書棚の前に立つ男の後ろ姿に向かって、そう声をかけた。

男の肩が、わずかに跳ねた。
呼吸を忘れたかのように、ほんの一瞬だけ身体が硬直する。──その反応に、確信が深まった。

YJさん・・・・ですよね?」

なおも畳み掛けると、男は弾かれたように振り返った。
そして、拓海と目があい、片眉を上げた。白髪に近いシルバーの派手な髪色をした、拓海たち夫婦よりは5つ以上もきっと若いであろう男だった。顔立ちは整っている。

「なんで……」

YJは困惑しているようだ。
その顔には「誰だ」という言葉が描かれていた。

あなたがしたの・・・・・・・と、同じことをやったんですよ」

拓海は嗤った。
推測は、当たっていたのだ。



《だからわたしは此処から居なくなろうと思う。もう、戻らない。》

冬河未零の”透けるノイズ”と題された記事の最後は、こんなふうに締められていた。
でも、これまでに書かれたものを見ると、未零は自分のなかで、厳格な”表記ルール”を持っていることがわかった。


「あんたに目をつけたのは、コメント欄を見たからだ」


《俺もそう思います。此処で変に盛り上がってしまったら、未零さんも戻って来づらくなると思いますよ》

YJ


「此処、戻る。2つのキーワードだけだったけれどどうにも気になった。それであんたのこれまでの記事にSNSに、できるだけたくさん目を通した。あんたが香川に住んでいることと、ずっと前に載せていた顔写真を見たんだ。確証はなかったけど、あんたが”リアルタイムでしていること”を書いてくれてたから、見つけられたよ」


YJのSNSには、食べ歩きの写真が載せられていた。

毎日12時前後に食べた「昼飯」の写真を載せており、それを見た拓海は気がついた。
YJがおそらく自分の職場のそばに住んでいるか、働いているのだろう、と。

載せられていた写真の一枚は、個人経営のカフェで、店主が自分で作った器を使っている。彼の愛猫を模した絵があったので確信した。じつはそこの店主は拓海のフットサルの仲間で、だから知っていた話なのだ。



彼はSNSで毎日「今日の予定」を朝に、「今日の振り返り」を夜につぶやいており、今日は書店に行くことが書かれていた。

田代シロやまひるへの返信から店舗がわかった。
自分のつぶやきではなく、他人への返信だから油断したのかもしれない。

写真を見て行動範囲を特定する。それはYJがきっと、冬河未零に──澪にやったことだ。


拓海がカフェの前に着いたとき、もう、YJはいなかった。瓦町駅のカフェは1階にある。入ってひと通り席を確認したあと、エスカレーターへ向かった。

このスカフェの最寄りの書店。
駅ビルにある書店だとあたりをつけた。そうしていま、拓海はYJの目の前に立っている。



「澪は……未零は、どこだ」

「なんの、はなしですか……? 俺……ほんとに、なにも知らなくて──」

「冬河未零は、俺の妻だ」

拓海はそう言うと、結婚指輪を外してみせた。
セミオーダーしたこの指輪の裏側には、未零の誕生石が埋め込まれている。そのエピソードを書いたエッセイに、YJは、コメントしていた。

あからさまに視線が泳いだ。YJは、ごくりと息を飲んだ。

そのとき、電話が鳴った。警察からの電話だった。

「澪が見つかった……? 」


電話を切った拓海は、へなへなとその場に座り込んだ。



気がつくとYJは姿を消していた。






3.特定記録 4月22日(遭遇)





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『 特定記録 』
2025年4月22日12:16
YJ
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ついに見つけた。冬河未零。間違いない。エッセイの中に載せられていたあの指輪。バッグ。靴。

なにより、彼女が開いているのはnoteの編集画面だ。


この日はちょうど休みだった。朝、未零がnoteのつぶやきで「これからアートを見に行く」と書いていた。
美術館と悩んだが、足元がスニーカーだったので離島ではないかと踏んだ。ちょうど今、芸術祭をやっているのだ。港へ行く。そうして見つけた。写真と同じスニーカーを履き、ちらりと映り込んだバッグを持っている女を。



がたんと大きく揺れたかと思うと、船がゆっくりと進み始めた。
冬河未零は、高松港に面した船の最後尾にぼんやりと立っていた。港に残り、手を振る係員たちに手を振り返している。長い髪が風に揺れていた。

「えっ……」

まずは、わざとらしく驚いてみる。
彼女は、冬河未零は怪訝な表情で振り返った。

「あ、すみません……。画面が見えてしまって。あの、もしかして、noteですか」

「え?」

そう尋ねる俺に、彼女は警戒するようにスマホを握りしめる。

「実は俺もやってて。すみません……周りでやってる人、見たことなかったからなんだかうれしくて」

彼女は困惑していた。口が半開きになり、スマホを強く握りしめている。表情筋がこわばっていた。
「だれ?」──そう、顔に書いてあるのを見て、思わず、くつくつと笑い出しそうになった。

そうして俺は、自分の──”YJ”のプロフィール画面を、彼女に見せたのだった。

「え……YJさん? あの、私……未零です」

未零はほっとしたように表情をゆるめた。

「えっ!!!!!!!……あ、すみません」

俺はわざとらしく大きな声を出した。それから、はっとした表情をつくり、周囲の様子を窺って声をひそめる。

「本当に。うわ、……すごい。すごい偶然。こんなこと、……あるんですね」

「ええ。びっくりした」

そう言うと冬河未零が、花がほころぶように、笑った。




俺はついに、画面の向こうにいた人物を暴いたのだ。





高松港に向かっていた船首が、ゆっくりと方向転換した。
船の後ろが前になり、前だった部分が後ろになった。びゅうびゅうと吹きつける冷たい風が、彼女の髪を、揺らしていた。




4.特定記録 4月22日(同行)




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『 特定記録 』
2025年4月22日13:16
YJ
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「寒……」

未零が自分を抱きしめるようにして言った。

俺たちは船室に入った。船には多くの人間が乗っていたが、大抵は甲板に出ていたため座ることができた。
未零の顔には、嬉しさと困惑の両方が浮かんでいる感じがした。

「未零さん、どっちの島に行くんですか?」

この船の行き先はふたつあった。

「鬼ヶ島のほう」
「うわ、同じ。芸術祭見に行くんですか?」
「そう。YJさんも?」
「いや俺、船に乗るまでじつは知らなくて。パス持ってないんですよ。洞窟が目的なんです」

それから創作や文章を書くこと、共通のフォロワーについて話をする。
未零は俺よりもずいぶん年上に見えたが、話してみると友だちみたいにすぐに打ち解けられた。


「うわあ、高松から近いんだね」

「未零さんって、香川の人?」

「ううん。小学生のとき、親の転勤で住んでたことはあるんだけど。そのあとは北陸のほうへ引っ越したんだ」

「へえ」

島についたところで「じゃあ、俺はバスなんで」と言い、未零と離れた。しばらくトイレで時間を潰す。その間にnoteの検索ボックスに「鬼ヶ島 洞窟」と打ち込んで検索しておいた。

ひと通りの情報を仕入れたあと、俺は港付近にある建物を出て、海辺のほうへ向かった。砂浜に続く石段で、所在なさげに未零が座っているのに気がついた。

「え、未零さん、どうしたんですか?」

「それが……。芸術祭には、島ごとの”休み”があったみたいで。それが今日だったの。38日間のなかでたった2日間なんだけどまさかそこに当たるなんて……知らなかった」

「まじか。めっちゃ不憫」

俺は笑った。
そういえばこの人のエッセイを読んでいて思った。やたらと運が悪いのだ。家電を買えば初期不良。遠足はぜんぶ雨。

くつくつ笑う俺を見て、未零は顔を赤くして「ちょっと!」と怒った。

「でも次の船、だいぶ先ですよ。もうひとつの島も行くんですか?」

「ううん。子どものお迎えがあるから次の船で戻らないと」

「じゃあ、とりあえずメシ食いません? 俺腹がへってさ」

「でも……」

未零はなにを迷っているのか居心地悪そうにしていた。

「一応既婚者なので、自分が夫だったらいやなことをしたくないな、と……」

何の話だ、とむっとした。
かなり年上の未零をそういう風に見ることはない。思い上がりじゃないか。それをマイルドに伝えると彼女は熟れたトマトみたいに真っ赤になって「いやそうだよねごめんなさい」と頭を下げた。

たこめしを食べ終えると、ちょうど船の時間が近づいてきた。俺たちはそのまま列に並び、船に乗り込んだ。

未零の髪の毛が、スカートが、はたはたと風に揺れて広がっている。
こうして眺めてみると、どこにでもいる30代の女という感じで、彼女のフォロワーが数万人いることも、コンテストで賞をとったことも、信じられないくらいだった。


 

乗ってからすぐの間は、海が見えるベンチに座っていた。上階にも甲板があるので天井があり、陽射しも遮られている。

「やっぱり寒いから中に入ろうかな」

未零が言う。

船室に入る彼女に着いていく。

「YJさんは、あっちに残ったら?景色綺麗だよ」
「いや、俺も寒かったから」

少しずつ近づいてくる高松港をぼんやりと眺めていた。

船の中にはBGMが流れていた。芸術祭の会期中ということもあり、周りには外国人ばかりで、さまざまな言語が飛び交っている。後ろに座った男は、大きな音を出して動画を見て笑っていた。
ふと未零の目が泳いでいることに気がつく。指先がかすかに揺れている。

「酔ったんですか? 大丈夫?」

未零は答えない。ややあって俺の視線を感じたのか「……え?」と呆けた顔を見せた。




「あ、だいじょうぶ」

未零は落ち着かない様子でポケットをさぐり「あれ?」と言った。それからリュックの中身をひとつずつすべて出していく。財布、鍵、小さなポーチ、それからなぜだろう……大きなペットボトルが3本。
未零は青ざめた。

「スマホがない……」

「え? さっきのベンチに置いてきたとかじゃないですか?」

「そうかも。見てくる。……もうすぐ着くね。YJさん、きょうはありがとうございました。文章のこととか、いろいろ話せて──リアルだとそういうのってないでしょ。だから楽しかったです。また」

未零はそう言うと、足早に船室を出て行った。船はあと10分ほどで港へ着くだろう。ふと足を動かすと、なにか硬質なものに当たった。

「スマホ……? あ、未零、さん」

俺は立ち上がった。
それからすぐに誰かが「火事だ」と叫んだ。船内はパニックになった。どこかで水音がしたような気がするが、俺は逃げるので精一杯で、未零のことまで気が回らなかった。

あの船室で見送ったのが彼女を見た最後になった。




5.特定記録 4月25日(警戒)


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『 特定記録 (警戒) 』
2025年4月27日18:27
YJ
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まずいことに、なった。
きっかけはイヲリのpostだった。彼女は、数日前の未零のつぶやきを拾ってきて、SNSにスクショを載せたのだ。あの事故のことは、県外でもニュースになったのだろうか。いずれにせよ、俺と同じように”特定”した彼女の意識を逸らす必要があった。

だが、周りでは5年間毎日noteを更新していた未零の不在を訝しむ声も上がっていた。

未零の姿は結局見つからなかった。おそらく海に落ちたのだろうと思っている。あのとき聞いた、水音──。船が揺れたときだろうか。

彼女が落としたスマホを持ち出していた俺は、家族に連絡するかどうか悩んだ。だが、そんなことをして不倫だなんだのと勘ぐられても困る。失踪か自殺か、とりあえず、自分に関係のない結末にできないだろうか。

俺はログインしたままになっていたnoteを開いてみた。

「下書き、多いな……」

未零の下書きは雑然としていた。シンプルなタイトルがついた短い文章が大量にあった。文章ですらない、書きかけの、心情を吐露したようなものも見られた。

その中から、ほとんど文章に手を加える必要がなく、ともすれば遺書に見えそうなものを探した。一文をつけ足す。

だからわたしは此処から居なくなろうと思う。もう、戻らない。

ほっとしたが、イヲリは諦めなかった。
俺と未零、それから田代しろさんやまひるさんは、noteをはじめた時期が同じくらいで徐々に仲良くなった。
だが、イヲリは、彼女の失踪と同時に出てきたという感じだった。SNSの文面から見る限り、都会に住む大学生……だろうか。どうして未零にそんなにも執着するのか、わからなかった。


イヲリは、SNSに投稿された無関係な他人の写真から、俺たちの姿を探し出した。

同じ方法で検索してみる。幸い、顔は映っていなかったし、noteに昔載せた写真からは髪色も変わっているのでばれない自信はあった。

駄目押しとばかりに、未零のほかの下書きも公開していく。それなのに、どうして、こうなってしまったんだ。



俺がYJであることを、未零の夫が嗅ぎつけてしまった。だが、彼が電話に出ている隙を見計らって、俺は逃げた。
彼女がどこかなんて、俺だって、知らない。俺がしたのはあの人を見つけた、それだけなんだ。

走るうちにどんどん彼の声が遠くなっていく。すこし離れたところで振り返ると、男は力なく床に座り込んでいた。

「確認……?」

そんな声が書店のBGMに解けるように消えていった。




第5話へ








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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡