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”親友”を見つけるのが得意になった話

思い当たることがないのに、周りの目が急に変わる体験をしたことが、あなたはあるだろうか。

わたしは何度も、何度もある。

気づいてないだけでなにかしてしまったのだろうかと思ったが、そうではなかった。


いま思い出しても、灰色の日常だった。
けれども、あの日々があったからこそ、いまの幸せもあるのだと思っている。




嘘つきの生贄

幸い、事件になるような辛さや、身近な人を失うといった経験はしてこなかった。けれども、ここまでの人生、どちらかと言うと、人にはあまり恵まれない方だったと思う。

どのコミュニティに属しても、たいてい、はじめはうまくいく。
ところが、途中で「嘘」によってすべてがばらばらに崩されてしまう経験を何度もしてきた。

嘘をつくのはわたしではない。
特定の誰かだ。

ここでは総称して、花畑と呼ぶ。
異世界恋愛小説によく登場する、お花畑ヒロインからとっている。

花畑たちは、大抵コミュニティの外側にいる。そうして、すでに出来上がった場所に入るために、一人を引きずり落とす。

その生贄に選ばれるのが、いつもわたしだった。 


女性向けの異世界恋愛小説では、"頭がお花畑のような"と揶揄されるヒロインが存在する。

"ヒロイン"といっても主人公では無い。無自覚に(あるいは意識的に)コミュニティを破壊し、人を傷つけて、自分が成り代わるモンスターのような存在だ。

だから、このネーミングを選んだ。

悔しいからヒロインって呼ぶのはいやで、そういうキャラクターの蔑称を選んだあたり、わたしも、ちょっと意地が悪いのかもしれないけれども。

でも、そう思ってもいいくらいの出来事ではあったのでは、と、考えている。

* * * * *

あなたが生贄になったことがあるのなら、きっと、この話を読んでピンとくるものがあると思う。

でも、思い当たることがない場合……。

ほとんどは、ただ、周りに素敵な人がいるだけに過ぎない。
それは最高に幸せなことだ。わたしも今は、周りに花畑がいない幸せな生活を送っている。

けれども、もしかしたら知らないうちに"生贄"にされている人がいて、花畑はあなたのそばにいる可能性もある。花畑の存在はとてもわかりにくい。経験者じゃないとわからない違和感がある。

先日、娘の小学校に行ったとき、ほかの学年の生徒だと思うのだけれど、”花畑”を見た。
ひと目でわかった。
それで思い出して、このエッセイを書くことにしたのだった。


※すべて現実にあった出来事なのですが、”人”の描写については、フィクションを交えているので、小説のような感覚でお楽しみください。
(理由)誰かを傷つけたり、特定されることがないようにしたいから。

※途中までは暗いので、ずっとほっこり温かいお話がいいなという方には向かないと思います…m(_ _)m

花畑一美の話


「リンカってさ、あたしらのことバカにしてたんだね」

入学してからずっと仲良しだった子が、目に涙を溜めて言った。
まったく身に覚えのないことに困惑していると「花畑一美から聞いたんだよ」と、わたしが話したこともない子の名前が出てきた。

「友だちだと思ってたのに。……もう一緒にいるの無理だから」

翌日からひとりになった。
誰もがヒソヒソとこちらを見てなにか言っているように思えてつらかった。


花畑二菜の話

別なコミュニティでも似たようなことがあった。

そのときは、花畑二菜がみんなの前で「リンカちゃんがね、ギャル子ちゃんのことバカって言ってたよ」と曇りのない目で、憤慨した様子で言った。

わたしは驚いて言葉も出なかった。

ギャル子はきつめの雰囲気の、猫のような美人だ。運動神経が良くて、物怖じしない性格もかっこよくて。校則違反をして髪を染めたり、スカート丈をものすごく短くしていたりした。
ガリ勉で地味なわたしからすると、純粋に憧れしか無かったのだ。

バカだなんて、そんなこと思ったことさえなかった。

しかも、わたしはそれまで、花畑二菜と話したことがほとんどなかった。ゼロに等しかった。だから、なにか勘違いさせるようなことを言ったわけですらないのは、明白だった。

散々責められた。
次の日からみんなに無視されるようになった。


わたしには、異世界恋愛小説の、”悪役令嬢”の気持ちがとてもよくわかる。
言ったもんがちなのだ。

みんなは純粋で、まさか、相手が嘘をついているなんて思わないのだから。


そのときは、悲しさとともに、信じてもらえるくらいの関係性を築けていなかった自分のことを責めていた。

でも、その次。
花畑三千代の嘘を、わたしは見抜けなかった。


花畑三千代の話

さっちゃんとわたしは、同じ塾に通っていて、入学前からの仲良しだった。
いつも一緒にいたし、たくさん話した。

逆に花畑三千代のことは苦手だった。
途中から、わたしたちの間に入ってきた彼女には、初対面のときからなんとなく違和感があった。

真顔で口元だけゆるめて「しねばいいのにw」とあらゆることに対してこぼす口ぐせが、苦手だった。

けれども人当たりはいい。
ちぐはぐな印象を受けた。

「なんか、いやだな」

そう思ったけれど、ほとんど話したこともない人にそんな悪感情をもってはいけないと、自分自身に言い含める日々だった。


なにがきっかけだったのか、そのときの詳しい状況は何も思い出せない。

たぶん、自己嫌悪で心が拒絶したのだろう。
花畑三千代に呼び出されたわたしは、さっちゃんがわたしを嫌っており、他のクラスメートと一緒になって悪口を言っていると聞かされた。

情景は一切思い出せない。

次の記憶は、さっちゃんと向かい合うシーンだ。

どうしてなのだろう、わたしは花畑三千代の嘘を信じて、さっちゃんに「そんなことを言われているなんて思わなかった、ひどい」というようなことを、面と向かって告げてしまったのだ。

自分がさんざん信じてもらえなくて苦しかったのに。


わたしの罪は罪として、もしわたしがさっちゃんを信じたとしても、未来が変わったかはわからない。さっちゃんは反論したりせず、冷めた目でわたしのことを見ていた。

そのときすでに、花畑三千代は、罠を仕掛けていたのだ。

翌日からひとりになった。
挨拶すると誰からも目をそらされる。途中まで挙げた手を下ろす場所が見つからなくって、指先からしんと冷たくなっていくような感じがあった。


さっちゃん、そして他のクラスメートたちには、同じ日に「リンカがみんなの悪口を言っている」という話が出回っていたらしい。
さっちゃんとの喧嘩が、信ぴょう性を高めた。
もちろん、発信源は花畑三千代だ。


一年後、わたしはさっちゃんに謝った。

そのころには、花畑三千代が孤立していた。
だから楽観視してしまったのだ。
さっちゃんにも彼女の嘘がわかったのかも。もしかしたら許してもらえるかもしれない、なんて。

謝ることすら、わたしの自己満足に過ぎなかったのに。

メールを送った。
もちろん返信はなかった。

わたしは今でもメールを送ったことを後悔している。

あれは自己保身に過ぎなくて、さっちゃんをもっと傷つけてしまったのかもしれない。もちろん、申し訳ない気持ちはあった。でも、それをあえて伝えたのはきっと、自分がすっきりしたい、ただそれだけだった。

本当に恥ずかしい。

その後も合宿などでペアになってしまうことがあったものの、さっちゃんは、徹底してわたしを無視し続けた。

* * * * *

じつは、ギャル子とわたしは、和解していた。
ギャル子が謝ってくれて、わたしはそれを受け入れていた。もともとギャル子のことが好きで、尊敬していたから。
信じてもらえないことが悲しかっただけ。

そもそも孤立したのも、ギャル子が主導したわけじゃない。
周りの"正義感"のせいだった。

だから、二年後くらいにはもう、なんのわだかまりもなくて、大人になってからもずっと交流が続いたくらいで……。
さっちゃんともそうなれると、勝手に思い込んでしまった。

わたしには罪がある。大切だった友だちを信じなくて、傷つけてしまったこと。自分の性格的に、ひどく怒ったりというのはあまり想像がつかないのだけれど、記憶が完全じゃないから、自分が思っているより、ずっとずっと嫌な思いをさせてしまったのかも。

そうしてわたしは、二度とさっちゃんに笑顔を見せてもらえなかった。もしまたどこかで出会ってしまって、あの冷めた目を向けられたら……。自業自得だとはいえ、いまでも、たぶん立ち直れなくなると思う。

* * * * *

ひとりになった花畑三千代は、わたしが新しく落ち着いたグループに、また入ろうとやってきた。

彼女は何事もなかったように振る舞った。一時期はもう、わたしにわかるように悪口を言っていた。三日月が弧を描くように、その薄い唇をにんまりと笑みの形にして「しねばいいのに」と言っていた。

それなのに彼女は、わたしにひたすら親切にした。今までのことはすべて勘違いで、わたしの妄想だったのではないか。そう思えるくらいの親切さだった。

花畑二菜とも和解していたので、あやうく絆されるところだったけれど、救いの手が差し伸べられた。


クラスメートが、わたしにこっそり耳打ちしたのだ。彼女が裏サイトをつくっていることを。

URLを送ってくれたので、それを見て血の気が引いた。
わたしが旅行から戻ってきた日に「リnカは飛行機が落ちて、しねばよかったのに」と書いてあったのだ。わたしはその日たまたま、駅で花畑三千代に会っていた。

そのサイトは、ほかのクラスメートにもバレていた。

花畑三千代の正体が知れ渡ったのだろう。

さっちゃん以外の人とは、元通り付き合えるようになった。でも、すごく深く仲良くなるようなことはなくて、同窓会に呼ばれるみたいなことも、ない。


 ”ママ友”への不安と現実

子どもが生まれるとき、子育て以外で不安なことがひとつあった。
それは、ママ友という存在だ。ママ友同士のいじめみたいなドラマや漫画を見かけて、中身は見ていないけれど、むだに不安になっていた。

これまで、孤立せずに過ごしたことがない。
花畑は何人もいた。花畑三千代のおかげで嗅覚が養われたおかげで、あれからは大事には至っていない。

でも、心の傷は深かった。

怖すぎてTwitterでママ友付き合いが不安だと書いたら、思いのほかたくさんの人がメッセージをくれた。いろんな考え方があった。

ひとりでも大丈夫だよというもの。
意外とたのしいよというもの。

1番心に残ったのは「嫌な人もいるけれど、子どもが仲良いってだけじゃなく、親友として付き合える人に出会えた」というものだった。

* * * * *

実際、はじまってみると、杞憂だった。恐る恐る通うようになった児童館では、少しずつママ友が増えていった。
ママ1年目のときは、距離の縮め方がわからなくて、なかなか連絡先を交換することが出来なかった。

もちろん嫌な人もゼロではないけれど、幸い、花畑姉妹には出会わずにすんだ。
あるいは、回避能力があったというべきなのか。


東京の児童館で過ごした三年間、わたしは孤立しなかった。
引越し前にはいろんな人がプレゼントをくれた。泣いてくれた人もいた。
引越し当日に、家の前に来て見送ってくれたママもいた。


いまは幼稚園ママ5年目。
参観日で教室に入ると、いろんな人と目が合って、満面の笑顔でひらひら手を振ってくれて、安心する。

「りっちゃん、今度新しくできたカフェに行きましょう」
7歳年下のママが言う。わたしから誘うだけじゃなくて、誘ってくれて、実現してくれるのがうれしい。

「りっちゃん、きょうもかわいいね」
8歳年上のママが、会うたびにそう言ってくれる。花畑三千代がわたしの容姿をいつもけなしていたから、メイクで精一杯加工したとはいえ信じられない反面、うれしいし、照れる。

「りっちゃん、これお土産」
同年代のママが、家まで届けに来てくれる。わたしのために、わざわざ時間を割いてくれることに感激する。


気軽に話せるママ友の数は、いまはたぶん、30人を超えている。ひとクラス分くらいの人数だ。

だれかに優しく声をかけてもらうたびに、うれしくて、泣きそうになる。なにげない会話ですら幸せだ。


親友を見つけるのが、得意になった話


花畑たちには、なんとなくだけど共通点がある。
それは言語化できるものではなくて、限りなく直感に近い。

強いていうなら、「べき」が多いこと、下に見られていると感じること、それから、人の話を聞いていないことだろうか。

彼女たちはもしかしたら、嘘をついているわけじゃないのかもしれないと思うこともあった。話を聞いていなくて、それを、自分の頭の中で、都合よくつなげてしまっているのかも……?


辛酸を嘗めたおかげで、わたしにはセンサーが搭載されている。初対面で、花畑に限らず、自分と相性の悪い人を見分けやすくなった。

精度はそこまで高くない。

単に相手が人見知りで、緊張して感じが悪いというケースもあるからだ。
だから、「苦手な人を見分ける能力がある」とは言いきれない。


けれども「親友を見つける」のは得意になった。

ママ友は30人以上いて、どの人とも仲良く話せるけれど、全員と個別に遊ぶということはやっぱりなくて。
その中でも、やっぱり”特別に仲の良い人”はできた。

これも、やっぱり直感だけれど、なんとなく、傾向はある。

おっとりしていて、少し人見知りで、でも心を許すとたくさん誘ってくれる。ものづくりや写真が好きで、色々調べるのが好きな人。

わたしの性格と相性がいいそういうママとは、数回話しただけで「きっと、この人とはずっと仲良くできる」という確信がある。


* * * * *


ある日曜日のこと。

朝早く、ママ友が家まで迎えに来てくれた。
後部座席に乗せてもらって、子どもたちとみんなで少し遠出した。

気を遣いすぎずに、自然体のまま話せる。
同じものを見て楽しいねって笑う。帰りの車で子どもたちが疲れて眠ってしまって、ようやくママのおしゃべりタイムになったり。帰ったあとに、その日の写真をお互いLINEで共有して。

そんな日が月に何度かあって。

学生時代のように、ずっとべったり一緒にいるとか、頻繁に遊ぶとか、泊まり合うとか、そういう関係性ではない。それでも、ずっと年下の彼女のことを、心のなかではこっそり親友だと思っている。


花畑七津美が現れたとしても、きっと、少なくとも数人には信じてもらえる。
そう確信できるくらいの人間関係を築けた自信がある。

もし、仲の良いママ友を挙げて「リンカさんの悪口を言っていたよ」と言われても、いまのわたしなら、絶対に、流せる。そう確信している。



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