ママ友と「友だち」になる方法
はじめに
人づきあいに自信がなかったわたしが
50人以上の“ママ友”に出会って変わったこと
「ママ友」づくりには、抵抗があった。ドラマや雑誌の影響で「怖いもの」というイメージがあったのだ。
それに、自分自身の問題もあった。
親友と呼べる人が何人かいるからいい──。そうは思っても、うまく輪に入れなかったり、苦手な人に異様に好かれやすかったり、いやなことを言われやすかったり……。
集団の中に身を置くことが、昔から苦手だった。
ある日、1歳になった娘の寝顔を見つめながら、ふとSNSでつぶやいた。
「ママ友とのかかわり、不安だな。やっていけるのかな」
すると思いのほかたくさんの励ましコメントをいただいた。
そのなかの一つが、今でも印象に残っている。
「私の子どもはもう成人しています。たしかに、いろんな人がいました。でも中には、子ども関係なく”人生でかけがえのない友だち”になれて、子どもが成人した今も親しく付き合っている人もいますよ」
あれから8年以上の月日が流れたいま、幼稚園や習いごと、小学校などを通して50人以上のママ友がいる。引っ越し前にできて会えない人も含めたらもっと多い。
その中の数人とは「かけがえのない友だち」になれたとも思っている。
ここでは、わたしの8年を振り返りながら「ママ友とのつきあい方」についてあらためて考えてみたい。
第1章 気づけば50人以上。ママ友との距離の縮め方
「ひとりだけぽつん」より、たのしく過ごすほうが好き
大人としゃべりたい──。
目の前に広がる田んぼを眺めながら、生後半年の息子をベビーカーに乗せて歩いていた。泣きたいくらいの孤独に襲われていたのは、ほんの数年前のことだ。
旧Twitterがなければ、だれとも接することのないような生活だった。
東京から四国へ引っ越してきて、ほどなくコロナ禍となった。園の行事もほとんどなくなり、保護者同士が知り合う機会はほぼなかった。
その後、香川に家を建てて移住したものの、やはりママ友は1人か2人だけ。仲良しのママ友とはクラスが離れてしまった。
子どもの参観日や運動会に行っても、周りがたのしそうに談笑する中でひとりぽつんと立っていることしかできなかった。
夫に胸の内を打ち明けると「なにがいやなん?」と怪訝な顔をされた。
「一人のなにがしんどいのか、わからん」
当時はうまく答えられなかった。
けれども、今ならわかる。
子どもが小学生になると、参観日に出かけてもまったく寂しさを覚えることはなくなった。
それは周りもみんな「ぽつん」だからだ。
わたしは、たのしそうに笑う人たちの中で、自分だけがひとりぼっちでいると、どんな顔をしていいのかわからなくなる。挨拶をしたり、話しかけたりしてみても、そこに混ざれる隙が欠片もないと、なんとなく、閉め出されているようで悲しくなる。
もちろん、夫のように「ひとりのほうがらく」という人もいると思う。──でもわたしはそうじゃなかった。だれかとしゃべりたかった。友だちがほしかった。
だから、なるべく自分がだれかといるとき、「ぽつん」といる人をつくらないように気をつけている。
できないときもあるし、その場限りの付き合いかもしれないけれど、すこしでも笑顔でたのしく過ごすほうがわたしは好きだからだ。
そんなふうに過ごしていたら、いつのまにか50人以上のママ友ができていた。
話題のきっかけをテンプレ化する
子どものころから人見知りだった。
友だちになる子は、たいてい向こうから話しかけてくれたり、強制的に自己紹介のような機会があって話せたりしたケースが多かった。
今でも、たとえば街で見知らぬおばあさんに話しかけられると固まってしまう。でも、それが「初対面のママ」なら、会話を続けられるようになった。
それは話題のきっかけを「テンプレ化」したからだ。
以前のわたしは、子どものころと同じように、コミュ力の高いママが投げてくれる質問に答えて、少しずつ関係を構築していくという感じだった。そうして思った。
付き合いの浅いママからの質問には、共通点がある。それをまねしてみた。すると初対面でも話せるようになっていったのだ。その中から答えやすく、話が広がりやすいものを2つ紹介する。
1.お近くなんですか?
幼稚園でも公園でも、どんなシーンでも使いやすい質問。共通点があれば話を広げやすい。
2.地元はこっちなんですか?
「地元はどこですか?」と聞かれるよりも、「はい・いいえ」で答えられるので答えやすかった。地元が同じなら共通の話題ができるし、違う場合はその県についての話(食べものや祭りなど)で盛り上がれたりする。
避けたほうがいい話題もある
ふつうの質問をしたつもりだったのに、相手のママを泣かせてしまったことがある。
「お子さん、かわいいですね。何歳ですか」
ほかの子どもたちと一緒に走っている子を見てそう尋ねたら、相手のママの表情が揺れた。みるみるうちに目が赤くなっていった。答えは「すみません」だった。
どうしてかわからずに困惑していたら「3歳ですけど、そう見えないですよね。幼いですもんね。ごめんなさいうるさくて迷惑ですよね」と彼女は続けた。
そんな顔をさせるつもりじゃなかった。単に、下の子と年が近いのかな、園や小学校がいっしょになったりするのかな、と思って尋ねたことだった。
”受け取り方”は人によって違うのだと痛感したできごとだった。
そういう意味でいうと、このあたりは相手の背景がわかるまで避けたほうがいいかもしれないという質問がある。
1.パパのこと
2.仕事のこと
3.兄弟のこと
話が広がる質問集
相手の性格にもよるけれど、比較的話が広がりやすい質問をいくつか紹介したい。
1.休日ってどこお出かけしてますか? 行くところに迷ってて。
→相手がインドアかアウトドアか、意外な趣味がわかったりしてたのしい。
2.お名前、どんな漢字を書くんですか?
→子どもの名前についての質問。名づけの背景や、出産時の話題などに移りやすい。出産の話題はすごく盛り上がる気がする。
3.(モノ)、どこで買ったんですか?
→ママ友付き合いのたのしさは、リアルな生の声での情報交換だと思っている。買った場所の話題からほかに派生したりする。
「生まれ順」で変わる話しやすさ
わたしのママ友のほとんどは、第2子である息子の友だちのおかあさんだ。息子が入園してすぐに、たくさんのママ友ができた。
それは、彼女たちがもともと「顔見知り」だったからだ。
「……上の子、年長さんにいますよね?」
そんなふうに声をかけられたり、かけたり。一瞬で仲良くなることができた。
このとき、長年の謎が解けた。
わたしの母は、ママ友がたくさんいるタイプではなかった。子どものころから不思議だったのだが、母のママ友は、わたしとはべつに仲良くない男子ふたりのおかあさんなのだ。
そのふたりに、共通点があることに気がつく。
その男子ふたりには、わたしの弟と同い年の兄弟がいる。
もうひとつ謎があった。入園式のとき、すでにいっしょにきているお母さんたちがいた。「なぜもう仲がいいの?」と衝撃だったのだけれど、理由はシンプル。
上の子のクラスですでに知り合っていたのだ。
では、第1子のおかあさんはママ友が作りにくいのかというと、そうとも言いきれない。同じ第1子同士だと付き合いやすい。
逆に、上の子がいるおかあさんは、比較的「ママとも付き合い」に慣れている。彼女たちと仲良くなれたら、一気に世界が広がるみたいなこともある。
習い事は、一気に距離が縮まりやすい気がする。他の園に通う友だちとの出会いも貴重だし、同じ園のママに園外で出会って急に仲良くなれたケースも多かった。
第2章 ママ友との距離を縮めるには? “ほどよい関わり方”について考える
会えば挨拶をしたり、かんたんな雑談をするようになった。でも、このあとに”連絡先を交換”するまでのハードルは意外と高い。距離の縮め方について考えたことを紹介してみたいと思う。
基本スタンス:「くるもの拒まず、さるもの追わず」
まず、わたしは基本スタンスとして「くるもの拒まず、さるもの追わず」と決めている。
ママ友についての考え方はほんとうに人それぞれで「めんどうだから関わりたくない」という人も多いのだ。
だから、雑談を重ねていくうえで「子ども同士も相性が悪くなく、もう少し話してみたいな。お互いにそう思えていそうだな」と思ってから連絡先を聞くようにしている。
ちなみに、人見知りなわたしでも連絡先を聞きやすいタイミングがある。それは「お別れになるかも」なときだ。クラスが変わる前の最後の参観日や卒園式で一気に連絡先が増えた。
しかも、そういうタイミングで交換したとしても、その後も続いている関係は多く、卒園式ではじめて連絡先交換したママと、子どもの小学校が違っても3年経った今でも遊べている。
別れが決まっている人と関わるのは、意味がないのだろうか?
「クラスが離れるかもしれないのに」
「同じ学校に行くわけじゃないのに……」
そう思う人もいるかもしれない。
実際、わたしにも似た経験がある。
児童館に通っていたころ、すごく話しかけてくれるママがいた。うれしかった。ところが、四国への引っ越しが決まったことを話すと、急に誘ってくれなくなったことがあった。
彼女がそれから親しく付き合うようになった人たちを見て、それは「同じ幼稚園に行かないからなのだ」と気がついて、悲しかった。
「もう会えないかもしれない人」との関わりには、意味がないのだろうか? 決してそんなことはないと思っている。
今の時代なら、SNSを通してつながることもできる。会えなくてもそっとつながることはできるのだ。
また、卒園によって進路が変わるから意味がないということはないと思っている。たとえば、子どもがいまのクラスがつらいな……と思ったとき。休日に他校の、昔からの友だちと遊べたら、それだけでもきっと心の支えになると思うのだ。
しょっちゅう会えなくても、互いに第三の居場所になることはできる。そしてそれに救われることは絶対にあるのだ。
「◯◯ちゃんママ」と呼ばれたことが、じつはほぼない
学生時代の友人関係というのは、一気に出来上がるもののような気がする。出会ってすぐに名前やあだ名で呼び合い、プリクラを撮ったり、成人してからなら飲みに行ったり、泊まりにきたり……。
けれども「ママ友」が構築されていくのにはグラデーションがあることが多い。
それを象徴するのが「呼び方」だと思う。
自分が母親になる前、ドラマや雑誌で紹介されているママ友関係では、互いのことを「◯◯ちゃんママ」と呼び合っていた。
ママ歴9年になるけれど、じつは、「◯◯ちゃんママ」と面と向かって呼ばれたことはほぼない。東京と四国、異なる地方で暮らしてみても、現代のママ友関係は”ひとりの女性同士”として付き合う傾向にあるのだと思う。
まだ互いに距離があるときは「三條さん」と名前で呼ばれる。距離が縮まると「凛花さん」となる。そして、かなり仲良くなれたとき「りっちゃん」のように、ふつうの友だちのような呼ばれ方をする傾向にある。
「◯◯ちゃんママ」という呼称は、ママ同士で会話しているときに、ほかのママについて話したいときの”符号”のようなものとして使われることが多い。
たとえば「その習い事、めいちゃんママも申し込むっていってましたよ」というようなイメージ。自分の中では「みーちゃん」のようにあだ名で呼んでいるママだとしても、相手に伝えるために「めいちゃんママ」と呼び方を変える。
こういう気遣いとしての呼び方が多いように思う。
第3章 ママ友がいてくれてよかったこと
ママ友ができてよかったことは、たくさんある。
1.街中で「ほっと」する
スーパーやショッピングモールなどに出かけて、知っている人に会うとほっとする。相手にも、お互いの子どもたちにもそういう表情が見える。
家族だからこそ、ずっと「家族だけ」でいると疲れたり息が詰まったりするものだと思う。でも、思いもよらない場所でふとママ友に出会って、一言、二言交わすだけでも、孤独はふっと軽くなる。
産院での待ち時間に、テレビで海外での子育ての様子が流れていた。それは山奥にある集落なのだけれど、そこでは、子どもは「集落の女性みんなで」育てるのだそうだ。
もちろん、明確に誰が親なのかは子どももわかっている。でも、みんなで集まって育てる。そのときテレビで「遺伝子的に女性はみんなで子育てをする。それなのに現代ではひとりで育てなければいけない。だから辛いのだ」というようなナレーションが流れたのが印象に残っている。
2.子どもがもっと仲良くなれる
わたしの2人の子どもたちは、どちらも人見知りだ。人が好きなのに話しかけるのが苦手な娘。人と遊ぶのも好きだけど、一人でも全然気にならない息子。
ふたりとも、自分からぐいぐい行くというようなことがない。
でも、わたしがママ友と遊ぶと、子ども同士も急に仲良くなる。児童館や幼稚園、学校の「外」で会うと、急に関係性が変わる。結果的に、クラスで過ごす時間が快適になっているようだ。
娘が幼稚園のころ、もう少し積極的にママ友をつくってあげれば、人見知りな娘ももっと楽しめたのだろうか。
3.物理的にらくになる
ほとんどワンオペで生活してきたからこそ思う。
だれかに頼れるのは幸せなことだ。
ママ友がつわりで寝込んでいるとき、子どもを預かる。
逆に参観日のときに乗せてもらう。
いっしょに出かけたとき、どちらかが見ている間に飲みものを買いに行ったりトイレに行ったりする。
子育て中──とくに子どもが小さいうちほど、息を詰めて生活している気がする。人に迷惑をかけてしまわないか、怪我をしないか。その責任がすべて自分ひとりの肩にのしかかってくるつらさがある。
ママ友がいることで、互いにその負担を分け合うことができる。
むしろ、ママ友の子を預かっていても、子ども同士が仲良く遊んでくれるから、わたしのほうが助けられていたりする。
新たな価値観との出会い
最後に、ママ友との出会いの醍醐味は「新たな価値観との出会い」だと思っている。
学生時代は年の近い人としか関わることができなかった。
職場にはさまざまな年代の人がいるが、年上と年下の差が明確に決められている。
そういう意味で、ママ友という「20~40歳前後」という幅のある年齢の女性同士が対等に交流できるというのはすごいことなのだと思う。
共通点は「その地域に住む母親」というだけなのだ。
だからこそ、自分がこれまで出会ってこなかった経歴や価値観を持つ人がたくさんいて、話を聞くだけでも本当に面白い。
第4章 ママ友との付き合いで困ったこと
1.ママ友が増えれば増えるほど「お金がかかる」「太る」
ママ友が増えると、お金がかかるという問題はある。室内遊び場、カフェ、お邪魔するときの手土産、おもてなしするときのお菓子や飲みもの。
家で大人しくしているのとくらべると、どうしてもお金はかかってしまう。
一番たいへんだなと思うのは旅行のお土産。買う相手が増えれば増えるほどお金が増え、かさばる。
でも、お金がかかっても、会えるとたのしいし、子どもたちに一人で向き合うよりも親子ともににずっとらくになれるはずだ。
同じように、お菓子を食べる機会が増える。わが家の棚には、いつも誰かからもらったお土産が入っている。
2.すっぴんで出歩きにくくなる
だれも知り合いがいなかったころ、時間がなければスーパーにすっぴん&ワンマイルウェアで出かけていた。
けれども今は、スーパーに出かけて、だれにも会わなかった……ということはほとんどない。
だからこそ、ちゃんとコンタクトを入れ、メイクをして、きちんと着替えて出かける必要がある。めんどくさがりなわたしにとっては、外出のハードルがぐんと上がってしまい、なかなか大変なことだ。
3.急いでいるときや自分が元気じゃないときは疲れやすい
幼稚園に行くと、誰かとすれ違う度に声をかけられるようになった。
エントランスをくぐってからまた門を出ていくまでの間に、何度も何度も足を止めて挨拶をし、じゃまにならない程度にひとこと話す。
ママ友がひとりしかいなかったころにはありえなかった現象だ。
基本的にはとってもうれしい。でも体調が悪いときや、用事があって急いでいるときは、気疲れしてしまうことがある。
「関わりたくない人」もやはり存在すると思う
幸い、わたしはママ友に恵まれている。
9年間母親をやっていて、もやもやすることは稀にあるけれど、辛い目にあったことはない。
ただ、ほかの学年や、ほかの園での話を聞いていると、やはり「関わりたくない人」もゼロではないのだと思い知らされる。支配するボスママや、被害妄想が激しいママなどさまざまなタイプのママがいるようだ。
「同じ地域に住む母親」というだけのくくりなので、確率の問題ではあるのだと思う。
そうなったときは、すーっとフェードアウトできるようにしたい。
「自分と致命的に相性が悪い人」を把握しておくようにしている。あらかじめ言語化できていれば、違和感を覚えた時点で「離れる」選択をしやすいからだ。
第4章 ママ友と“友だち”のちがいとは?
ママ友と友だちのちがいは2つあると考えている。
1.「子ども」がいなくても会えるか
子どもじゃなくて、自分たち自身のはなしができるかどうか。
子ども抜きでも遊ぼうと思えるか。
こう思える相手は、もうただのママ友じゃなくて「友だち」になっていると思う。
自分たち自身の話は、子どもが生まれるよりも前からある根っこの部分──たとえば趣味や夫とのエピソードといったことから少しずつ派生していく気がする。
2.互いに継続的に誘い合えるか
ひとりだけが誘う関係は、長続きしないと思っている。
わたしなら、ずっと自分だけが誘い続けていたら「もしかして迷惑なのかな」と考えてしまうからだ。
お互いが同じように、そして継続的に誘い合えるかどうか。ママ友と友だちになるためには、たぶんそこが大事なのだと思う。
3.どちらかが「がんばりすぎない」関係
ママ友は、たとえ年上であっても、上司でもなければ先輩でもない。年下であっても、部下でも後輩でもない。
だからこそ、どちらかが一方的に与え続ける関係は長続きしないと思っている。
”ママ友”ではこういう事例がないのだけれど、話したことのないママが相手で困ったことがある。
上の子が2歳で児童館に通っていたころのこと。男の子ふたりを連れたママがいた。ママ友でもなければ、挨拶し合う関係でもない。
彼女は、自分の子どもがわたしたち親子の元へやってくると、すっとフェードアウトしていく。わたしだけじゃない。だれにでもやる。とにかく「大人の目」があれば安心だと思うらしく、ひどいときは、ふたりともを置いて児童館の外へ出ていることすらあった。
わたしの場合、名前も知らないママだったが「ぜったいにこの人とはかかわらん!」と怒りに燃えていた。子どもが怪我をしないか──。そこに目を配るのは、かなりエネルギーが必要だ。
逆に、助けてもらうこともよくある。
わたしは運転をしない。
そのため、ママ友が遊びに誘ってくれて、乗せてくれることがよくある。
自分からお願いすることはないが、申し訳ないから、わたしはお店を探したり予約したり、ちょっとしたプレゼントをしたりと自分ができることをがんばってみている。
気を使わずに仲良くできる相手であっても、互いに負担が偏らないような気遣いは大事だと思っている。
どちらかががんばりすぎると、疲れてしまう。
第5章 フラットに付き合うために
ママ友の大きな特徴は、年齢差がある相手と対等に付き合える関係性だと思っている。
1.年齢差を「気にしすぎない」コツ
これまでの経験上、年齢が”壁”だと感じられないような、フラットな付き合いがたぶん大事なのだと思っている。
わたしが特に仲良くしてもらっているママたちは、自分の年齢より7歳年下~7歳年上の間が多い。意外と同世代は少なく、中間管理職のような位置づけで挟まれながら、自分なりの処世術を身に着けてきた。
年齢ははじめから知りたい!という人もいるかもしれないけれど、自分の経験からすると「仲良くなってから知る」ほうがフラットに付き合いやすいと思った。年齢はただの数字にすぎない。でも、人と人とのあいだに壁をつくってしまう。
そのために気をつけているのは、付き合いが浅いうちは「世代を感じるような話題」を避けること。たとえば流行ったテレビ、曲、おもちゃなど。これは仲良くなって、互いに手探りで年齢を知りたいかも……というタイミングまで大事にとっておく。
代わりに「今この瞬間」について話す。離乳食、校区、子育ての悩み……。
また、相手との関係性によって具体的に2つ気をつけていることがある。
2.年下のママと話すときに気をつけていること
年下のママと話すときは「自虐しすぎない」ことを気をつけている。
わたし自身が20代のころ、周りの30~40代の女性たちが「凛花ちゃんは若いから」とか「私はもうオバサンだから」と言うことがよくあった。どう返していいかわからず、また、話題選びにすごく苦労したのをよく覚えている。
でも自分が30代になってみて思った。──20代の女性が、眩しい。
29歳のときのわたしに「若い」と声をかけた人が、30歳になった瞬間「凛花が若かったころは」と言い出した。その間、たった2ヵ月の出来事だ。2ヵ月でわたしは老いてしまったのだろうか?
30代以降になると、きっとだれもが少なからずこういう経験をしている。それが”自虐”につながるのだと思う。それはきっと、防衛本能のようなものなのだ。
3.年上のママと話すときに気をつけていること
年上のママと話すときは「若い」と思われないように意識している。
40代のママに対して「(自分が)若いから」と強調する20代のママを見かけることがたまにある。たとえば「(自分が)若いから周りの友だちは全然結婚してません!」「昔はどうだったんですか?」みたいな話題。
本人には悪気がまったくないのだと思う。
けれども、言われた側のほんの少し引きつった表情を見ていると──もしわたしが言われたら壁を感じるな、と感じていた。
「あなたと私は違うんです」
という、上から見下ろされているような、感覚。言った本人からしたら、思ったことをそのまま口に出しているだけ。
でも、受け取る側からすると胸がきゅっとすることがある。もちろん、受け取る側の性格によっても違うだろうし、関係が構築されたあとだったら気にならない可能性がある。
とにかく、はじめのうちは一気に距離を詰めるのではなく、ある程度の節度が大事だとわたしは思っている。
第6章 自分が集団の一部になったとき気をつけていること
長い間「ひとりぽつん」で過ごしてきたわたしだからこそ、ママ友という数人のグループの一部になったとき、気をつけていることがいくつかある。
1.「ひとりぼっち」をつくらない
人とかかわりたい。でも、グループに入っていくのは苦手……。
実際には、そういうタイプのママのほうが多いのではと思う。わたしもそうだ。
だからこそ、自分が集団の一部になったときこそ、だれかにそういう思いをさせたくないというのがある。
なるべく周りを見て、居心地の悪そうなママがいたら話題を振る。
自分たちだけがわかる話題で盛り上がらないようにする。
それでも内輪ネタを話したいときは、”それを知らないママ”にさっと概要を説明して、短く切り上げる。
ベンチや長机のように数人が並んで座るときはとくに”ぽつん”が生まれやすい。自分が中央側だったら、すこしだけ身体を後ろに引いて、端っこの人も話題に入れるように気をつけている。
そういうときは、ほかの人たちの共通の話題を探るのが良いと思っている。
「あ、そういえば、◯◯さんも☓☓小校区でしたよね?」と振ってみると、ほかのママ同士でしゃべるきっかけになったりする。
2.勝手にあれこれ話さない
「もしかして、凛花さん? お子さんって◯◯ちゃんだよね?」
完全に初対面のママが、わたしのあらゆる情報を知っていたことがあった。
子どもの名前、クラス、夫の職場、夫が乗っている車、夫の実家の場所にわたしの出身地など……。その人は「ママ友のママ友」で、彼女から聞いてすべてを知っていたようだ。
自分が知らないところで、そういう話題がどこまで広がっているのだろう? 気にならない人もいるかもしれないけれど、わたしは正直、「むり」って思った。
自分は気をつけていても、悪意のない”情報”として耳にしてしまうことがある。「◯◯さんの旦那さんってお医者さんらしいよ」みたいな。
そういうときは、聞かなかったことにしている。頭のなかには残ってしまうけれど「◯◯さん」本人から旦那さんの職業を聞くまでは、知らないふりを決め込んでいる。
ただし、「◯◯ちゃんってピアノが本当に上手なの。感動するよ」というような”ほめる言葉”だったら、伝えている。第三者から聞かされるほめ言葉は真実味があって、自分が言われたときうれしかったから。
3.縁をつなぐ
自分がしてもらってうれしかったことがある。それは「縁をつないでもらったこと」。
仲良しのママが「クラスのママでランチ会するらしいよ。いっしょに行かない?」と声をかけてくれた。わたしはバス通園なので、上の子のクラスでもいっしょの彼女以外に知り合いはいなかった。
このときはまだ「ママ会とかこわい……」と思っていた。夫に「どうしよう。行くべきか行かないべきか」と何度も伝えたりしていた。迷ったすえに、むりならフェードアウトすればいいのだから……と思い切って飛び込んでみた。
ここが、わたしの”ママ友の輪”が広がる出発点となった。ほかのママからも「◯◯さんは校区いっしょみたいだよ」と公園で遊ぶときに今後も付き合えそうな人を紹介してもらえたりした。
親しいママだけで遊ぶのもたのしいけれど、こうして縁をつなぎ合うと、たくさんの素敵な出会いがある。
第7章 大事なのは互いに「知り合う」こと
あるとき、クラス替えの直前にクラスのグループLINEができた。
わたしはこのとき、縁をつなぐ手伝いができれば……と、ふだんなら絶対に発言しないのに「ノートに自己紹介つくってみませんか」と提案してみた。
1.グループLINEには自己紹介があるといい
LINEのトーク画面に投稿したものは流れてしまう。
でも、ノートならいつでも見返せる。以前のクラスLINEでかんたんな自己紹介ノートがあった。そのクラスに在籍していた当時は活用されなかったものの、のちのち出会ったときにみんなが活用していたのを思い出したのだ。
「◯◯組だった? あ、グループLINEにいるよね?」……と。
2.自己紹介用の質問集で答えやすくなる
「当時活用されなかった」原因を自分なりに考えると、人数が多くて投稿しづらかったことと、自己紹介が当たり障りのない内容だけだったからなのではと思った。
そこでわたしがしたのは、自己紹介用の質問を用意すること。
というのも、自己紹介になにを書けばいいのかわからなくて、投稿するまで何時間も悩んだからだ。
「話題のきっかけになればと思ったので、答えられるものだけゆるくどうぞ」と前置きして、こんな内容を置いてみた。
子どもの名前/ママの名前/ママ友からどう呼ばれているか/もし兄弟がいればクラスはどこか/今住んでいる地域/出身地……など。
その他なにかあれば自由に。
すると、ママ全員がとても充実した自己紹介を書いてくれた。
上に書いた内容以外に、こんなことを書き加えているママたちも。
子どもの好きなもの、ママ自身の仕事、家族写真、趣味
すごく個性があり、ボリューミーで、読むだけでも楽しかった。
後日、クラス替えがあり、せっかくつくったグループLINEのメンバーはばらばらになってしまった。
ところが、いろんなママたちから「自己紹介の提案ありがとう」と言ってもらえた。
「新しいクラスで話しかけてもらったんだけど、自己紹介ノート見たから、話題ができて仲良くなれたんだ」
このときのグループLINEは、今でも長期休暇などに活用されている。
3.自分が閉じていると、相手も距離を縮められない
わたしは人見知りなので、初対面の人──とくに相手がグループになっていたりすると、緊張して目を見たりすることさえできない。1:1で話して少しずつ仲良くなっていくタイプだ。
でもこんなふうに閉じていると、仲良くなるチャンスを逃すかも……と思っている。
集団の一員になったわたしは今、ひとりのママのことが気になっている。彼女はあとからひとり、その場にやってきた。わたしもなるべく挨拶はしているけれど、目を合わせてもらえない。わたしと同じように人見知りなのだと思う。
見学や待ち時間には、ずっと仕事の作業かなにかをしており声をかけづらいというのもある。
みんなで楽しくおしゃべりをしているからこそ、”ひとりぽつん”の状態にしてしまっていることが申し訳ないのだけれど、彼女が「ママ友付き合いはめんどうだから要らない派」なのか「輪に入りたいけれど緊張するから違うことをしている」のかがつかめず、一歩踏み出せずにいる。
以前のわたしも、人見知りだからこその行動が、周りとかかわるチャンスを逃していたのかもしれないと思わされた。
もし彼女が「輪に入りたい派」だったなら、なるべく早く話しかけられるようにしたいと思っている。
第8章 家で遊ぶときのおすすめ
仲良くなったママ友と家で遊ぶときの話をしたいと思う。わが家には、毎月たくさんの人が遊びに来る。お呼ばれされて出かけたこともある。そうしたこれまでの経験から、あると便利なものを紹介したい。
1.持参する手土産は段階を経て変えていく
はじめてお呼ばれしたときは、ちょっといいお菓子を持っていくようにしている。複数人いる場合は焼き菓子がおすすめ。以前、3人全員ケーキを用意して、ケーキが20個以上になったことがある。焼き菓子なら日持ちするし、余ったら持って帰ってもらえる。
毎週遊んでいるママ友が、毎回生菓子を買ってきてくれていた。これだけ頻繁に遊ぶようになると、お金がかかってしまう。もしお願いできるなら、ポテチやジュースを持ってきてもらえるとすごく助かる!と伝えて、お互いにむりしないシステムにしていった。
2.あると便利なものたち
たくさん来客がある人は、こんなものがあると便利。
1.ケーキ サーバー
ケーキサーバーは、ケーキを皿に移すための道具。手土産にいただいたケーキにも使えるけれど、たとえばピザを頼んだときにもいい。
2.荷物置きのかご
荷物置き用のかごを用意しておくと、互いに気を使わずに置いておくことができる。
3.ケーキスタンド
ケーキスタンドがあると、市販のお菓子でも特別感が出る。安いものだと1,000円程度からある。
4.ワインクーラー
飲みものをずっと冷えた状態で提供できる。わが家では2,000円程度のものをネットで購入して使っている。そこから好きな飲みものをセルフで取る方式なのでおもてなしも楽。
5.小袋
100円ショップのラッピングコーナーなどにある小さな袋を用意しておくと便利。遊びに来た子どもたちがつくった折り紙や絵を持ち帰ったり、余ったお菓子を小分けにして持たせたりできる。
3.「おやつ時間」をもっと楽しくする小技
わが家では、子どもコーナーと大人コーナーの2ヵ所のおやつコーナーを作っている。
子どもコーナーは床にレジャーシートを敷いて、ローテーブルを置き、そこにお菓子とゴミ袋、手拭きをまとめてある。
大人と子どもの場所を分けることで、特別感が出るし、大人もちょっとらくになる。
お菓子を買いにいけないときに助かるのは「ポップコーンメーカー」と「わたあめメーカー」。どちらも日持ちする材料を使ってその場で作る過程も楽しめる。
第9章 ママ友と”友だち”になったらしたいこと
ただのママ友から”友だち”になったらしたいことがいろいろある。実現できたもの、できてないもの。それぞれ紹介してみたい。
1.モーニング
「私、引っ越すんです。三條さんよかったら来週、モーニング行きませんか」
転勤族のママがある日そう声をかけてくれた。待ち合わせ場所は、運転できないわたしの家からほど近いカフェだった。モーニングは行ったことがなく、新鮮だった。
その日は子どもの帰りが早くて、もしランチだったら1時間もいられなかっただろう。モーニングセットを頼み、さらに飲みものを追加注文して、数時間、話に花が咲いた。
子どもがいない間だからこそ、話題を選ばずに互いに踏み込んでいけるので、距離が縮まった。
ランチもいいけれど、あえてモーニングを選ぶと、長い時間いっしょに過ごせて楽しい。いろんな店を開拓するのも面白い。
この出来事をきっかけに、いろんなママにモーニングの楽しさを布教している。
2.映画
数年前、「セーラームーン」の映画を観たかったのだけれど、夫には付き合ってもらえなかった。当時のわたしは、まだひとりで映画館に行ったことがなくなんとなくハードルが高かったのだ。
上映期間が終わったころに仲良くなったママ友と話をしていたら「一緒に行きたかった……だれもいないから一人で言ったんです」と言われた。
いまのわたしは移動にもすっかり慣れて、ひとりでも映画館に行くけれど、いっしょに行けたらきっと楽しいと思うのだ。
3.旅行
誘ってもらえたけれど、行けなかった。
2家族で旅行しないかと声をかけてもらえたけれど、猫の介護があって家を空けられる状況ではなく流れてしまった。
家族全員で行くのもいいけれど、ママ同士・子ども同士で行く旅行もきっとたのしいと思う。母が2人集まれば、目の届く範囲はぐっと広がる。ぜったいにたのしいと思っている。
おわりに
ママ友づきあいに正解はない。
ここまで自分の経験からわかったことをシェアしてみた。でも、ママ友付き合いに正解はないと思っている。そもそも付き合わないという選択肢だって、もちろんある。
でも、わたし自身が勇気を出して一歩踏み出してみた結果、気の合う人と出会えたら楽しいし、今までと違う世界が広がっていく。ひとりでしてきた”孤育て”から解放されて楽になっていく感覚もある。
ママ友は同志だ。
”今ここ”だけの関係だとしても、ひとりで見る参観日より、みんなで子どもたちを応援するように楽しむ参観日は楽しかった。いろんな人が子どもの写真を撮って送ってくれるのもありがたかった。ひとりだとわからないことだって、誰かに聞くことができる。
でも、そこからさらに一歩踏み込んで、ずっと付き合っていけるだろう友だちを見つけられたときは何よりうれしい。
年齢も価値観も違っても、いっしょにいるとほっとして、素でいられる関係は、きっとあるのだとわたしは思っている。
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