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21歳の冬、彼氏とクッキーを焼いた。

21歳の冬、彼氏とクッキーを焼いた。


遠距離恋愛だった。
わたしたちは月に何度か互いの家を行き来していて、その日はうちの番だった。

夜遅くに玄関先で出迎えた彼は、新幹線移動してきたとは思えない、ちょっとそのへんに行くような気軽な恰好で、肩を丸めて立っていた。
持ちものはMP3と携帯と充電器、それからお財布だけ。

生活に必要なものどころか、なんなら折りたたみ自転車まで、うちにあるからだ。


観光するはずだった。ところが朝起きるとしとしと雨が降っている。
洗濯のためにベランダに出ただけで鼻の奥がつんと痛くなるくらい寒くって、外に出たいとは思えなかった。

わたしが幼稚園のときから使っている長生きの”スーファミ”で、「ぷよぷよ通」を黙々とプレイして過ごした。


「おやつがない……」

気づいたのは15時前。雨は本降りになり、空が真っ黒な雲で覆われている。ネットでレシピを探した。

「かんたんなやつ……。なんかすぐできるやつ……。あ、あった。材料3つサクサククッキー!」

幸い家に材料がすべてあった。
わたしは眠いと騒ぐ彼をキッチンへ引っ張り出し、クッキー作りをはじめた。


くまさんのような彼が、大きな手でちまちま作ったシンプルな丸いクッキーは、さくさくでおいしかった。



あれから干支がひとまわりし、さらに数年が経った。



年の瀬が迫ってきたある日。
子どもたちとわたしは、いつものように家で過ごしていた。

小さな怪獣たちは、わたしより早く起きて、勉強とピアノの練習を済ませる。それはYouTubeやゲームのためだ。
「やることが終わったら好きなことできるよ」と、確かに伝えた。でも、こう、来るとは……。


目が心配だ。

昼食後、室温に戻しておいた無塩バターとグラニュー糖をハンドミキサーで混ぜた。

「うるさいんですけど!」
「きこえん!」

YouTubeに夢中なふたりからヤジが飛ぶ。

スルーして、卵黄を加える。

ふるった小麦粉とベーキングパウダーも投入。ここからはゴムベラでさっくりと混ぜていく。粉っぽかった生地がだんだんとまとまってきた。バターのおかげで、つやつや。
まるいひとかたまりにしたあと、冷蔵庫で30分休ませた。



「クッキー作りの会場はこちらでーす」

西向きの窓から入ってきた光が、子どもたちにスポットライトのように当たっていた。ふたりは「なになに」「クッキーだって」と、ソファから跳び、走ってくる。

テーブルの上には、いろいろな抜き型とトッピングを用意してある。
ふたりは「型抜きだ!」「やった」と目を輝かせた。

時間配分を考えて、生地は4つに分けた。
半分をわたしが、残りをそれぞれ子どもたちに渡して形をつくっていった。

二十分ほど経つと、個性豊かなクッキーができあがった。


8歳の娘は、つくることそのものを楽しんでいた。耳が欠けてしまったミッキー型も雪だるまに変更し、ジュエリーシュガーで目やボタンを表現するなど工夫がいっぱい詰まっていて見ていておもしろい。

マリオ好きな5歳の息子のために、星型で抜いた生地にチョコチップの目をつけてあげたら気に入ったらしい。
自分でも同じものを量産した。


わたしはほかにも3種類のクッキーをつくった。

ひとつめは、薄く伸ばした、マリオの”レンガブロック”みたいなクッキー。

21歳のとき、彼とつくったクッキーは、わたしのだけおいしくなかった。焦げてるのに生焼けだった。「なんで」とつぶやくと、彼が「俺のは薄く作ったからじゃない?」と、気を遣うように答えた。
それを思い出したのだった。


残りはどちらも、生地を細長く伸ばして、カットしたものだ。切るときに下の部分がつぶれて、蒲鉾みたいになってしまったので、一つひとつ手で整えてまあるくしていった。

ひとつは生地の側面に、キラキラした水色や紫のお砂糖をつけた。もうひとつにはたっぷりのチョコチップを埋め込んだ。


クッキーが焼けた。できたてで柔らかい。

「食べたい!」「まだ?」ループに陥ることはわかっていた。クッキーが冷めるまで、散歩に連れ出す。

黄みの強い水色の空に向かって、息子がマリオポーズをしながら走っていく。あっという間に小さくなる息子の姿を、わたしと娘で追いかけた。

帰ってくると、おやつには少し遅い時間だった。


玄関を開けると、子どもたちが鼻をくんくん動かした。

「さっきさあ、2階で遊んでたときもね、上までクッキーのにおいになってたんだよ」
「玄関もだね」
「甘い」



カリカリ、サクサクと、クッキーをかじる音だけが響いている。

「どう?」


息子はにっこり笑った。

「ふつう」


娘も微笑む。

「ふつう!」


わたしはがっくりする。ふつうかあ。


食べたら、たしかにふつうだった。

昔、彼氏がつくったクッキーのほうが、材料3つなのにずっとおいしくて釈然としなかった。

にこにこ笑うふたりの子どもたちは、21歳の冬、一緒にクッキーを焼いた彼氏と、同じかたちの耳をしている。



怪獣たちに取られる前に、夫のクッキーを取り分けた。



(2,000字)

あとがき

この冬休みはお菓子づくりブームが来ていた。わたしは「やりたいことを、やりたいときにまとめてやる」ことで、いろんなスキルを磨くようにしている。

きっと今は、憧れていたお菓子づくりスキルを磨くべきときなのだ、と思った。


お菓子づくりの本とにらめっこしながらも、毎回失敗していた小中学生時代を思い出す。

実家は二世帯住宅にするために建てられたものだったので、1階と2階にそれぞれキッチンがあった。

わたしは2階のキッチンで、一人でじっくりお菓子づくりを楽しんでいたのだけれど、どうしても、食べられるものが出来上がらなかったのだ。

そう考えてみると「ふつう」のクッキーを作れたのは大きな進歩なのだと思う。


この年の瀬は、レモンケーキを焼き、クッキーもつくり、栗きんとんを仕込み、餅を焼いた。
バレンタインに向けて、チョコレートを使ったお菓子の試作をしてみるのもいいかもしれない。

(なお、毎年山本ゆりさんのレシピにお世話になっている。こんなわたしでも失敗知らずでおいしいものがつくれる)


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あの日に彼としていたゲームは「ぷよぷよ通」。

単純なわたしは、学祭のスーファミコーナーであらゆる人を倒し「ぷよの女王」と呼ばれたことに気を良くして、ぷよぷよに夢中になった。

21歳でもその熱は冷めなかった。というのも、わたしの部屋にはいろんな人が泊まりに来て、スーファミをしていたからだ。

負けられない戦いがあった。
ネットで連鎖の組み方をいろいろ調べては試行錯誤し、14連鎖がデフォルトになるくらいには極めていた。

(なお、あらゆるゲームでわたしを叩きのめしながらも、ぷよぷよでは完膚なきまでに押しつぶされることに闘争心を燃やした彼(夫)も、2連鎖ですら危うい状態からはじまりつつ、のちに10連鎖の域にたどりつくことになる── #なんのはなしですか


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡