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海に沈んでいく夫を見下ろす、夏




どぷり。

鈍い音とともに、夫が海に飲み込まれた。

きゅっと目をつむる。
ずいぶん高いところから落ちたものだから、塩辛い水が霧のように細かい粒子になって飛んできて、頬が湿った。

夫は片手を挙げて沈んでいく。

翡翠みたいな色をした海だ。
すぐそばに透明のくらげが漂っている。


わたしはけたけた笑いながら、足取り軽くその場を立ち去った。










階下から目覚まし時計が鳴り響く。
外が明るい。まさか寝坊したのでは。慌てて階段を駆け下りた。

閉じられたブラインドのせいで室内は薄暗い。隙間から金色の光がこぼれてくるだけのリビングには、不快な音が響き続けている。
ようやく音を止めて、まだくっつきそうな目をこすると、猫が鳴いた。

ぼうっとした頭を切り替えられぬまま猫の飲み水を新しいものに交換する。

新鮮な水を、ぺちゃぺちゃ音を立ててほとんどすべてを外に弾き飛ばしながら、残ったわずかなしずくを長い時間をかけて飲んでいる猫を、そっと抱きしめる。


まだ頭がうまく働かず、何度もあくびをかさねた。顔を洗ったのに目尻にぽちりと涙のつぶが浮かぶ。──とりあえず、ごはんだ。車で食べよう。

朝の光のなかで、おにぎりをつくる。
ひとつは塩おにぎり。最近気に入っている”のどぐろ”粉末の入った塩は、ひとふりで味が深くなる。もうひとつはツナ塩昆布とマヨネーズ。だし醤油を少し垂らす。


昨夜遅くにねむい目をこすりながら用意したふたつの大きなバッグの中身を確認していると、子どもたちが階段を駆け降りてきた。

(日焼け止めはたしか玄関で……)

「日焼け止め忘れんようにね」

自分の身支度の手を止めて何度も何度も起こして、最後にのっそりと起き出してきた夫の第一声。

それが火をつけた。
毛を逆立てた猫みたいに、わたしは怒った。

「なに怒っとるん……? はあ、まじ謎」

夫は眉をひそめた。

たしかに運転は夫の担当かもしれない。けれども調べるのも予約も、準備も帰宅後の片づけも、すべてわたしなのだ。どうせ積み込むのも荷おろしも手伝ってくれないくせに。

口だけ出されるのがなによりきらいなのである。

怒り疲れて息切れしながら加味逍遙散を飲み干した。夫には絶対に言わないけど、本当は、こんな自分がきらい。──すこしでも効き目がありますように。


(海なんか行きたくない……)

べたべたになり砂がついた服を洗うのはわたしなのだ。
なによりわたしは、拒否反応かというくらいに人前での運動に抵抗があった。泳ぐのなんて高3以来だ。いやだ。いやだ。──行きたくない。

けれども、目を輝かせている子どもたちを見て、長いため息をつき、準備を続けた。


家を出たのは9時前だった。

「暑……」

まだ午前中だというのに日差しが肌を焼いていく。子どもたちが育てている朝顔とひまわりがくったりと萎れており、水をやってから荷物を積み込んだ。



サイドミラーの中のわたしは、赤いくちびるをしていた。

車が静かにすべり出すと、夫は流行りの音楽をかけた。弾くのと歌うのが好きなわたしと違い、夫は聞き専なのだ。

流行りのものなんて知らなくて、みんなが当たり前にわかる世代のものすらわからない。そんなわたしを変えたのは夫だった。

10代からずっといっしょにいるのだ。
細胞からつくりかえられたみたいに、昔のわたしはとっくに死んだ。




夫とはじめて話したのは17歳のとき。
英語の授業中だった。

ノートをガリガリ取りまくるわたしと居眠りする彼を見た先生が「ふたりはいっしょにいるのがいい」と、席を替えて無理やりペアにしたのがきっかけ。


それからなんとなく話すようになった。

彼は、髪を染めてワックスとスプレーでがちがちに固めた陽キャだった。わたしとは真逆の立ち位置。生まれて初めてかかわる人種で、はじめは怯えていた。

ところが思いのほか人当たりよく、話しやすい。答えを急かさず、ここはいやだというラインを踏み越えてこない。とにかく空気を読む。
なんとなく居心地がよくて、あまり飾らずにいられる気がして、わたしは彼に懐いた。
その後も授業でペアを組むことが多くなる。

小テストで答案を交換して丸つけすると、彼は「すげー!全問正解」と、答えもよく見ずにペンを動かしていた。本当は一問間違っているのだが、なかったことにした。

彼は、それまでわたしの周りにいた人とは違った。
見た目やノリが陽キャでありながら、陰キャであるわたしやオタク系男子にも、見下すことなくフラットな感じで話してくる。
その目のどこにも嘲りの色がない。


当時、自由な校風の学校にいた。
鏡に映る自分は、ほかの女子とはちがう。

「茶色いね」と言われ続けた地毛も、だれもが髪を染めているここでは真っ黒に見えた。素顔のままの地味な顔立ち。服は……なんかへん。

周りの女子も男子もやさしくしてくれた。服を貸してくれたり、メイクをしてくれる子もいたが、それを自分では再現できない。
きらきらした周囲と比べて自分が恥ずかしい。何がわからないのかわからない……そういう状態だったのだと思う。どこをどうすればいいのか、さっぱりわからなかった。



月日は流れ、大学生のころ。
髪の毛を明るく染めても、わたしのちぐはぐさは変わらなかった。
初対面のギャルにつけられたあだ名は”青森ちゃん”。周りにいる人たちの態度から、どこか軽く扱われているような温度を感じ取り悩んでいた、19歳の夏。


ふと彼の夢を見た。
いっしょに地下鉄に乗り込む夢だ。へんなの。もう2年も会っていないのに。

思い立ってなんとなくメールをした。「元気?」とかそういう内容だったと思う。


あの日が、間違いなく分水嶺だった。


彼とは奇妙な関係が続いていた。
学校が離れたあとも、数ヵ月に一度、他愛のないやりとりをしては、どちらからともなく返信が滞る。そんな関係が2年ほど続いていたのだ。

お互いに友だち以上になることなんてなくて、どちらかに恋人ができたらそっと連絡を取らなくなるのだろうな。
そんなふうに思っていた。


『そういえば、来週関西いくわ。先輩ん家泊まる』

「まじか。会おうよ」


そうしてわたしたちは2年ぶりに会った。

ぎらぎらした夏だ。ほかにも友人はいたが、途中で帰ってふたりになった。

地味なわたしでも、やっぱり彼はフラットだった。
そのままなんとなく離れがたくて付き合った。彼の今の住まいは東京で、気軽に会えないとわかっていたのに。

ところが数日後にはなぜか「この人と結婚するのだろうな」という確信があった。バカみたいだけどそれを話したら、彼もまた同じ予感がすると言った。
外側から見ている大人のわたしなら「なんのはなしですか」と突っ込みを入れるだろう。でも、予感は現実になった。


少しでも多く夜行バスに乗るためにバイトをした。
くたくたになって帰ってきて、通話無料の携帯電話で話す。どうでもいいことを話したり、なにも言わずにそれぞれテレビを見ていたり。

彼の声が少しずつとろんと重たくなってきて何も聞こえなくなるのがたまらなく寂しかった。

たまにしか会えないからこそ予定を詰め込んだ。
水族館、動物園、寺社めぐりにカフェや喫茶店。夜中に蛍を見たくって、自転車でずっと川を上流に行った日もあった。

でも、もともとただの友だちだったのだ。
そんなわたしたちが、恋人らしい恋人じゃなくなるまでには、1年もかからなかった。


少しずつ慣れて、額を全開に結い上げたパイナップルみたいな髪の毛を見られても気にならなくなった。彼はわたしを見るよりも、ゲームの画面を見るほうが増えた。

少しずつ甘い言葉が消えていった。


それでも終わったわけじゃない。
彼の暮らす東京で働こうとしていたわたしに、彼は交通費を半分出すといってバイトを増やした。

支えられながら毎週東京に通い、長く厳しい就活を経て内定をもらった。


遠距離恋愛が終わった。
帰国子女の彼より1年早く、わたしは社会人になった。気づくといっしょに暮らしていた。




桜を見ながら歩いた日のことを今でもよく覚えている。
23歳の春だった。結婚が決まったのに、ふたりとも浮かない顔をしていた。


職場の人間関係に悩んでいたわたしのために、彼がそれまで本腰を入れていなかった就活を1週間で終わらせたのは半年前のこと。
そうして「辞めて結婚したらいい」と言ったのだ。

「もう俺はオカンに結婚するって話したよ」

翌週、彼はわたしといっしょに実家の青森へ飛んだ。毎日お手洗いで涙を拭いてからオフィスにもどっていたわたしは、まだ学生の彼によって魔法みたいにあっという間に救い出された。

「家のことしながらさ、また作家目指せばいいじゃん」



それからほんの数ヵ月しか経っていないのに。
桜並木の下で、わたしたちは些細なことでけんかをした。お互いにいらいらしていた。

もう、わたしのしゃべり方を笑う人はいない。無視する人はいない。
それなのに。解放されたはずなのに、わたしはいつでも疲れていて、なにかをする気力がなかった。

家が荒れていく。



「だーかーらー。イントネーションおかしいんだって」

先輩はそう言うと、にやにやしながらわたしに”正しい発音”を復唱させた。
社内の電話だ。違ったってだれにも怒られないのに。
標準語ネイティブじゃないわたしが長年関西にいた結果、方言が、ごちゃまぜになっていた。




──はっと目が覚める。嫌な汗をかいていた。
たくさん寝ているのに、日中も起きていられない。どうしても体が言うことを聞いてくれない。

新入社員であり、急に激務や満員電車に放り込まれた夫もまた疲れ切っていた。そうして帰ってきた家がぐちゃぐちゃで、彼は苛立った。


毎日けんかをした。

夫がわたしに求めるものがどんどん増えていく。家のことだけじゃない。メイクや服がへんなことも。出かける前に言われると、もう外に出たくなくなってしまう。

たぶん言い過ぎたとき、無言で彼はドーナツを買ってきた。

いつからか恋人時代のように素直になれなくなっていた。お互いにごめんも、ありがとうも、どうしても口にできないのだ。まるで恋愛ドラマを親と見ているような感覚が、じゃまをする。


些細なけんかをしながらも、すこしずつ家族が増えていった。

何年もかけて、なんとか自力で部屋を片づけた。

一日の濃度が、急に変わった。探しものが減るだけでも、ずいぶん時間が浮く事を知った。
やがてイメージコンサルティングを受け、メイクやファッションの本を読み漁った。少しずつ自分に合う服が見えてきた。

わたしを軽く扱う人は少なくなった。

片づけの資格を取り、ブログを開設し──やがて、このころの荒れた生活を立て直した経験を生かして実用書を出版した。

子どもがふたり生まれて手狭になったころ、四国への移住が決まった。






住み慣れた東京を離れて何年も経った。

はじめのうちは、急にひとりぼっちになり、そのままコロナ禍になり、つらい時代が続いた。Twitterがなければだれとも話せない、そんな日々が。田んぼに向かって叫びだしたい夕方が確かにあった。

やがて情勢が落ち着くにつれて、幼稚園や学校、習いごとを通して少しずつ知り合いが増えていった。

習いごとには、パパが来ている家も多い。子どもを実家に預けてゆっくりする人。毎週末近隣の実家にもどる人。お迎えはぜんぶばあばの人……。

ふるさとを遠く離れて、ひとりでやっていくしかないわたしには、みんなが眩しい。自分よりつらい人よりも、助けのある人に目がいってしまう。

夫がわたしに求めるものは日々増えていく。
わたしも夫にこうあってほしいとよくばりになっていく。





車が高速道路を進んでいく。
淡路島に入ったところで、急に目の前が暗くなってきた。そうしてばらばらと音を立てて雨が落ちてきた。


「雨なんか撮らんでよ。意味わからん」

夫がぴしゃりと言った。
もう撮ったあとだったけれど、わたしはおずおずとスマホを下げた。こういう写真が、描写にリアリティを出す資料になる……なんてことを言っても伝わらないのだろうなと思い、口をつぐんだ。



子どもたちは「雨ー!」「海やばいんじゃない」と口をとがらせている。

「予報では雨じゃなかったんだけど……」

もう一度、天気予報を確認する。
ところが数分ほど車を走らせると、真っ青な空が広がっていた。さっきまでの天気がうそみたい。

フロントガラスの水滴も、気づくと消えていた。




「陽射しやばいな」

やがてわたしたちは、海にたどり着いた。松の木が生えた駐車場で車を降りる。手分けして荷物をかついだ。

「日焼け止め、ぬろっか。たのしみやな」

夫が子どもたちに笑顔を向ける。

(日焼け止め……?)

わたしは息を飲んだ。脳裏に玄関が浮かぶ。
なんと言えばいいか迷った。



「……わすれた」




「は? 入れてって言ったやろ」

夫の声が険しくなる。

「……っ。うるさい!」

前の日からぜんぶひとりでやったのに。
わたしのこころを読んだみたいに夫はため息をつく。

「過程じゃなくて結果なんやって。……買ってくるわ」

夫はひとりで売店へ歩いていった。






2時間後──。


どぷり。

鈍い音とともに、夫が海に飲み込まれた。

きゅっと目をつむる。
ずいぶん高いところから落ちたものだから、顔に塩辛い水が、霧のように細かい粒子になって飛んできて、頬が湿った。

夫は片手を挙げて沈んでいく。

翡翠みたいな色をした海だ。
すぐそばに透明のくらげが漂っている。


わたしはけたけた笑いながら、足取り軽くその場を立ち去った。











そっとSNSに気持ちを吐露すると、見知らぬ人に叱られたり、アドバイスが飛んでくることがある。

「通りすがりですが……」という前置きとともに、夫に向けても、わたしに向けても。どちらもある。
それがいやだから、ふだんは自分のなかに溜め込んでいる。


でも最近思うのだ。
わたしたちは、自分を戒め、変わらなくてはいけないのだろうか?

たしかに周りの夫婦を見ているとみんな年相応に落ち着いているように見える。

わたしたちの時間は、10代のまま止まっているのではないか。そんなふうに恥じることすら多々ある。

でもだからといって、いま、この絶妙なバランスで成り立っている関係をむりに壊す必要はあるのだろうか。
もやもやするし、泣きたい日だってある。

でもそれは単に、良いことと悪いことが交互にやってくるみたいなものだと思うのだ。それとも、互いに完ぺきに接することのできる夫婦のほうが多いのだろうか。──いや、違うはずだ。

たくさんのママ友と話して知った。
どんなに仲良しの夫婦でも、ちょっとしたすれ違いやもやもやは抱えているものなのだ。



ひと月ほど感情の抑制に成功したことがある。

遠くから自分を見ているような感覚を無理やりつくったのだ。すると、子どもたちにも夫にも感情が揺さぶられなくなった。自分ごとじゃなくて、他人事のように客観的に見る。──凪いでいる。

(これでやっとちゃんとした母になれた……)

いつもにこにこして過ごせた。幸せだと思った。


ところが、反動がやってきたのは1ヵ月後だった。

とつぜん涙が止まらなくなった。不安定になった。ああ、感情に蓋をするのはよくないのだ。そう思った。

夫とはたしかにけんかばかりしている。むかつくし、ゆるせないときだってある。彼のほうもそうだろう。わたしは自分でも呆れるくらい怠惰な女なのだ。わかっていて、認めたくない。

人より体力がないから。
ひどい頭痛持ちだから。
ワンオペだから。

「だから、仕方ない」

そうやって、ずっと言い訳している。

でも、お互いにそうやってこまめに吐き出しているから、わたしたちはやっていけてるのではと、このごろ思うのだ。
もちろん、子どものころに憧れていた”いつまでも恋人のような夫婦”じゃないのは残念だけれども。



夫には週に1度、平日の休みがある。
そういうとき、わたしたちはふたりで山を登ったり、海に行ったり、家でゲームをしたり、なにもしなかったりする。

ある日、カラオケに向かう車の中でずっとけんかをしていた。
子どもたちがいないので、止まらない。

夫は着くなり喫煙室に向かった。わたしはひとりで何曲も入れてうたった。目尻の涙をぬぐった。そうして落ち着いた。戻ってきた夫は自分ではあまり入れようとせず、わたしにたくさん歌わせた。

こうやって騙し騙し飲み込むのは「正しいこと」ではないのかもしれない。また誰かに怒られるかも。
でも、それでもわたしたちは夫婦でいたいという気持ちは変わらなくて、そのために気持ちを切り替えているだけなのだ。




「では、スタートしてください!」

そんな合図とともに、ライフジャケットをつけたわたしたちは、ほかの大勢の客に混じって沖に向かって泳ぎ出した。ぷかぷか浮かび上がってしまうのでうまく進めない。


「くらげがいる! やだー!」

娘が手をばたばたさせた。砂浜の方では、地元の子どもたちが透明なくらげを投げて遊んでいる。

「大丈夫やって。さっきおにーさんに聞いたけど、ミズクラゲに毒はないんやって」

夫がなだめた。娘の耳は、夫と同じかたちをしている。



目的地──海の上にはカラフルなエア遊具が浮かんでいる。水上アスレチックだ。


まるで子どものころにくり返し観た「SASUKE」のような世界。

YouTuberの動画を見て子どもたちが行きたがっていた場所を見つけてきたのは夫だった。

運動のきらいなわたしはかなり渋っていた。奇怪な動きをしてしまい子どもたちに笑われたら立ち直れない。
でも、こんなに楽しみにしているのに──。


高速道路を走っていたとき「凛花はすぐ陸にもどったらいいよ」と、夫は前を向いたまま言った。

「俺だけでもみれるでしょ」

子どもたちをひとりで公園に連れ出したり、わたしにひとりの時間をくれたり、そういうことはぜんぜんしてくれない。でも、本当に苦手なことにはこうやって気遣いを見せるから、きらいにはなれない。


はじまってみると意外とたのしい。

小3の娘とバディになったわたしは、石橋を叩くように慎重に進んでいく娘のあとでやきもきしていた。わたしはとりあえず突っ走るタイプなのだ。親子でも性格が違ってふしぎだ。

遠くのほうでは夫と息子がまた海に落ちた。
ライフジャケットをつけているから、身体や顔だけ一瞬沈んでもすぐに浮かび上がる。喉の奥にしみる塩辛さとともに。


子どもたちの行き先が違うので、なかなか合流できない。

思っていた以上に広い遊具の上でやっと再会できたのは、海面から2、3mはあるであろう足場の悪い場所だった。

わたしにそっくりなはずの息子が、跳ぶように走っていく。娘は壁にしがみついて、慎重に一歩ずつ向かう。


「パパ、早く!」

息子のバディは夫だ。夫が進まなければ、息子は先に行けない。ぷんぷんと怒っていた。

「ま、まじか……」

夫が怯む。
ふわふわの柱のようなものに掴まりながら、幅10cmほどの足場を進んでいくゾーンだ。

ずっと下に海がある。

「体重的にいけるんかな……」

夫が慎重に踏み出した。


「は?」

数歩進んだとき、遊具の壁がぐにゃりと折れ曲がった。

「は? は? あー! まじか」

夫は海に向けて曲がっていく遊具の柱に押し出されるようにして、海に滑り落ちていった。


「パパ!」
「やばい!」

子どもたちとわたしは笑った。




どぷり。

鈍い音とともに、夫が海に飲み込まれた。

きゅっと目をつむる。
ずいぶん高いところから落ちたものだから、顔に塩辛い水が、霧のように細かい粒子になって飛んできて、頬が湿った。

夫は片手を挙げて沈んでいく。

翡翠みたいな色をした海だ。
すぐそばに透明のくらげが漂っている。


わたしはけたけた笑いながら、足取り軽くその場を立ち去った。

細い足場だって大丈夫。跳ぶように進む。


眼下では、すぐに浮かび上がった夫が、目をつむって濡れた髪をかき上げていた。



ふたたび泳いで陸に戻って来ると、どっと疲れが出た。
日陰のベンチに座ったまま、わたしたちは動けずにいた。1時間たっぷり遊んだはずなのに、子どもたちは目の前の砂浜で遊んでいる。

海に落ちたあと、夫は一気に体力を持っていかれたらしい。終盤の15分は座り込んだまま動かず、わたしがひとりで子どもたちを追いかけた。体力はないし、運動はできないはずなのだけれど。楽しかった。

「沁みる……」

夫はポテトをもくもくと口に運びながら言った。鼻の頭が赤い。

(毎年言ってる……)

去年もナガシマスパーランドでポテトを食べながら、まったく同じ台詞を言っていた。
わたしが運転をしないから、行きも帰りも、6時間ひとりで運転をして。どうしても車に乗る勇気は出ないけれど、こういうとき、本当はわたしも動き出さなければと、思う。



波が打ち寄せてくる音にそっと耳を澄ます。

プールは子どもが生まれてから毎年のように行っている。
でも、前に海で泳いだのっていつだっけ。記憶を辿っていくと15年も前だと気づいておどろいた。

正確にいうと海じゃなくて琵琶湖だった。

ふたりで水着を選ぶことからはじめた。
電車に揺られて出かけた。電車を降りると蝉が鳴いていて、じりじりと照りつける日が痛かった。でもきっとここまで暑くなくて。

夫の髪の毛は黒じゃなくって、赤茶色をしていた。
ふたりとも痩せていた。水がしょっぱくないのがふしぎだった。




「ふふ……」

わたしは笑った。

「なに? こぶた」

夫が苛ついた感じで聞いた。

「ぶたおが……っ、太くて」


言葉にならない。
夫が「はいはい」とため息をつく。


「だって、ぐにょーんって、折れ曲がって落ちたんだよ? わたしが掴まってもぜんぜん動かなかったのに。やばい。あと3年は笑える……っ」


くつくつと思い出し笑いをするわたしに、夫は冷めた目を向けた。
ポテトを食べ終えた夫は立ち上がって子どもたちといっしょに海へ入るために歩き出した。

砂浜がきしきしと音を立てる。




わたしはその後ろ姿に、カメラを向けた。








(了)









これを書いたあと夫と出かけた水族館。

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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡