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【ブルーライトの海に沈む】┃ ヤンデレ猫ちゃんの使命 #3.5 day0

その夜わたしはブルーライトの海で、溺れていた。

思いもしない言葉を見つけた。
衝撃が大きすぎた。


眠らなければ──。

そう思うのに、肩も背中も足も、ぴんと張って硬直していた。ゆるめようとしても、力を抜くことができない。

呼吸は浅くしか吸い込めず、肺から拒絶されるように押し戻されていく。

まるで、寄せては返す波の感じに似ていると、外側から自分を俯瞰するように考えた。





前書き

このお話は「ヤンデレ猫ちゃん」シリーズの3.5話です。

このシリーズは、絶望と再生の記録になっています。
この話が、どの部分よりもつらいです。直接的な表現があります。それでもあえて書いたのは、記事の終わりに理由を書きました。
書くのも苦しかったので、読むのも間違いなく辛いと思う。だから、無理はしないでください。
逆に、いま明るいものが読めなくなっていて、むしろしんどいほうがいい……という、この時期のわたしと同じ人には救いがあるかもしれません。

この話が終われば、あとは、悲しみからの回復のフェーズになるので、そちらに飛んでも大丈夫です。

▼どんな内容か判断しづらい、という方のために、
パーソナル編集者のセトさんに事前にお見せしたときの感想も抜粋して載せておきます。

・率直にいうと、前半は読んでいて、非常につらい内容でした。死についての記事を読むというのは、なんとなく怖いもの見たさのような心理が発生して、途中で読むのをやめようとは思いませんでした。

・後半の部分がなければ「なんと声をかけていいのか分からない」で終わっていたと思います。

・ただ辛い気持ちを書きなぐる行為で終わっていないので、凛花さんのこのnoteも、同じ境遇にある人に届くんじゃないかと思います。

・ほんとうに圧巻の表現力です。死のことなのに綺麗だなと思ってしまうほどの文章です。

フィードバックを受けて直した部分も多いため、
変えていない部分に関する感想を掲載。

▼ヤンデレ猫ちゃんシリーズ、第1話

あらためてリマインドです。
3話まで読んでくださったあなたへ。
今回の話は、とてもつらい、死に触れる、直接的な表現が含まれるものとなっています。
次の話に飛んでもわかるように書きました。
だから、苦しくなりそうな人は、読まなくても大丈夫。
別記事で出す続きへどうぞ。

▼この章をスキップする方はこちら。

#4 夜明け前、弔花を摘む

10/25のお話。ここから、再生の物語がはじまります。
正直なところ、立ち直ることは四十九日を迎えたいまでも、できていない。
けれどもたくさんもがいて工夫して、なんとか7日間で少しずつ、フカのいない生活を立て直していくことはできた。
そんな10/25の記録は、大きな一歩。









ねこの形の線路(0日目・木曜日)


「ねこの形の線路をつくりたいんだけどさあ、うまくできない」

息子がそう言うので、いっしょに作った。
そのとき小学生の娘は、義母と出かけており、家にはいなかった。


息子は、猫モチーフのさまざまなものを
制作している。


とつぜんだった。

ギャオオオオゥという、

聞いた事のないような叫び声が響いた。



わたしはバロが階段から落ちたのではと思い、慌てて立ち上がり、振り返った。

「バロ!」

鈍臭いんだからと言おうとして、ぱちりと目が合う。

バロはキッチンに登り、水を飲んでいたらしい。ぽかんとした顔でこちらを見ており、口もとやひげが濡れていた。


「まさか」と、走った。

隔離部屋の扉を開ける。
床は大量の吐瀉物で水浸しになっていた。

「フカ!」

フカは、吐いたものに埋もれるように、仰向けで倒れていた。
手足は硬直したようにピーンとなって、痙攣している。慌ててそばにしゃがみこむ。


「フカ……?」

震えはおさまらず、舌がだらんと出ている。
焦点もあっていない。

”吐くのが続いたら、連絡してくださいね”

先生がそう言ってくれたことを思い出し、慌てて病院に電話をかけた。


つとめて冷静に……と思ったけど、涙混じりの声で留守電を入れることしかできなかった。
次に、そろそろ仕事が終わったであろう夫にもメールを入れておいた。ふるえてうまく打てなかった。



「けいれん」
「ふかやばい」
「おわっててたらきて」



「ママ、なんで泣いてるんだよーへんなのー」

死に触れたことの無い5歳の息子は、へらへら笑いながら、呆れたように言う。

答える余裕はなかった。
「こっちには来ないで」と、うるんだ声で、ぴしゃりと伝えた。

フカの様子から目を離さずに、離せずにいた。
背中を支えるように持った。
全身がずぶ濡れで、生温かかった。


すぐに動物病院から折り返しの電話が来た。

『……それはたぶん、呼吸が止まろうとしてるんだと思います』

先生が言った。言葉を選んでくれている感じがあった。

『もうできることはないと思うけど、……それでもよかったらみますよ。すぐ来れますか?』


「すぐには……」

自転車で、連れて行けるだろうか……?  

玄関のほうでバタバタと音がした。
フカとわたしは、背後から大きな影に包まれた。


「──フカは!早く病院……」

息を切らした夫が、後ろに立っていた。


「先生……あの、すぐに行きます」

わたしは泣きながら言って、電話を切った。



「は、早かったね」  

「……早くフカを」と夫が急かした。

「でも」

後から聞いたことだけれど、その日はすでに帰路についていたそうだ。ちょうど近くのコンビニでメールを見て飛んできたらしい。

市外に出ている日もあるから帰れないことも想定していたが、メールを送ってから5分も経たずに帰ってきてくれて、ほっとした。



「でもさ、ねえ、……もうダメかもしれないよ?」

わたしは、背中に添えた手を離さずに、硬直したままのフカに目をやって、それから背けた。
呼吸しているかどうか、わたしにはわからなかった。見たくなかった。頭が拒否していた。


「いいから。とりあえず行かんと」

この状態のフカを、キャリーに入れられるとは思えなかった。

吐瀉物まみれのフカを毛布で包んだ。

目が開いてる。
──触れても、閉じない。

だから、まだ大丈夫だよね。
そう言い聞かせた。


体を持ち上げる。

「え……」

ぐらりと頭がかしいで、床に当たった。

わたしは床にしゃがんでいて、5cmくらいの高さだったからたいして衝撃はないはずだったけれど、錯乱した。

「フカ!」と叫んだ。泣きながら謝った。


「フカ、ごめんね。ごめん……」

もうずっと止まらない涙がまたぶわりと溢れて、視界がにじんでいった。

「──早く!」

それでもなんとか抱き上げて車に乗り、ちょうど戻ってきた義母に子どもたちを頼んで病院へ向かった。



宝石箱みたいな夜の、温度差

街灯のない真っ暗な夜道に、反射板やライトバンドの光がぼんやり浮かぶ。

夕飯後くらいのタイミングだったからだろう。
田んぼに囲まれた細い道路は、歩いたり、ランニングしたりしている人がいつになく多くて、気をつけながらのろのろと進まなければならなかった。

散歩している犬とおじいさんを追い越していく。
軽快な足取りで元気に歩いていく彼らは、その表情が暗さで見えなくても、とても幸せそうだった。

きゅう、と、腕の中の毛布を抱きしめる。大きな毛布に包まれて、フカの顔がよく見えない。


大通りに出た。
窓の向こうに吹き飛んでいく街の灯りが綺麗で、悲しかった。
涙で滲んで蛍みたい。

わたしはたぶん、この光景を一生忘れないのだろうなと思った。


夫が帰ってきたときのままになっているのだろう。 

車の中には、最近流行りのJ-Popが流れていてBGMみたいで、これがドラマとか、映画の中のただのワンシーンだったらどれだけいいだろうと思った。

それくらい現実味がなかった。




病院に着いた。
ドアを開けると、先生がすぐに出てきてくれた。

「呼吸が、止まってますね……」

蘇生措置というのだろうか、先生はフカを抱えて急ぎ足で出て行った。
わたしたちは、祈るような気持ちで先生とフカを待った。






「にゃあん」







どこからか、声がした。









「フカ……?」
「大丈夫だったん……?」

わたしたちは口々に呟いた。

うれしい気持ちが8割。
けれども、フカの苦しみようを思い出して、また苦しませてしまうのではという不安も、生まれた。








ややあって戻ってきたのは、先生ひとりだった。







「お気の毒ですが……」

先生が視線を落とした。





「──にゃん」

今度ははっきり聞こえた。
診察室の、外から。



そういえば、わたしたちがドアを開けたとき、ちょうど入ってきた車がいたのだった。

待合室にいるほかの猫の、声だったのだ。
そう気がつき、崩れ落ちた。

苦しませたくないという思いはあったけれど、それでも、やっぱり生きていてほしかった。



処置室に入り、ぴくりとも動かないフカと対面した。

このあたりは、脳が拒否しているのか、記憶がないので書かない。

いや、書いている部分も、なるべく詳細に思い出したつもりだけれど、病院での出来事や先生との会話はもしかしたら、ちがう部分があるかもしれない。



フカは、苦しんでいたときの、ピーンと手足を張ったままの姿勢で診察室に戻ってきた。

「目が……」

フカの淡い蜜柑色の目は、閉じていなかった。
宝石みたいに濡れて光っていた。


「ああ、この子たちね。目を閉じないこともあるんですよ」

あとで調べたところ、犬や猫といった動物たちは、亡くなったあとも目を閉じないケースがよくあるらしい。
筋肉の硬直の問題のようだ。

それを聞いて、車の中では、あるいは家から運び出すときにはすでに、フカは事切れていたのではないか、と思った。

そして、少なくとも病院に着いた時点では呼吸の止まっていたフカに、できる限りの処置をしてくれた先生への感謝が止まらなかった。



はじめての涙


「……生きとるみたいやな」

夫が鼻声で、ぼんやりと言った。

わたしはここ数年、いつも、猫たちが死んでしまう日の恐怖に怯えていた。

2匹の身体から心が消えてしまったら、きっとそれはただの入れ物にすぎないのだろうと思っていた。

けれどもそんなことはなくて、フカの亡骸は、ふわふわの毛も綺麗な色の目もそのままそこにあって、決して怖くはなく、ただひたすらに愛おしくて、苦しかった。




夫が鼻を啜っている。

17歳で知り合い、23歳で結婚した。
人生の半分近くをいっしょに過ごしてきた相手だけれど、わたしは、彼が泣いているのを、一度も見たことがなかった。

夫は強面でやや大柄な男性だ。
そんなイメージもあってか、夫が泣くシーンというのは、本当にはじめてで。


フカが入院してから、バッグの中に欠かせなくなったハンドタオルとたくさんのポケットティッシュを取りだした。

夫にティッシュを束で渡す。
夫は困惑していたのか、一瞬手を止め引っ込めたけれど、押しつけたらぼんやりとした様子で受け取り、目元に持っていった。


 

「……きれいにしますね」

先生は固く絞ったタオルでフカの体を拭いた。
それから、詰め物などの、亡くなったあとのケアをしてくれた。

合間に、わたしたち夫婦に、フカのことや、バロのことを尋ねてくれた。
わたしは口元を押さえて、しゃくり上げるので精いっぱいで、夫が涙声で答えていた。


「どうしましょう、どうやって連れて帰りますか?」

「……これで包みます」

わたしは、フカを家から連れてくるときに使った、チェック模様の"毛布"を取り出した。

「フカのお気に入りだったんです」
「ずいぶん立派な毛布ですね」

先生が笑い、わたしたちも泣きながら笑った。



先生にお礼を言って、わたしたちは病院を出た。ふたりとも無言で車に戻った。
すでに21時近くになっていた。

「あ、……いろいろ買わないといけないかも」

わたしは言った。



フカを寝かせる入れ物が必要だった。
ダンボールでもいいらしいけれど、その日はゴミの日で、家にあったものはすべて捨ててしまっていたのだ。

花もたぶん必要だ。
麻痺したようにぼんやりする頭を、精一杯動かして、わたしはこれからのことを考えていた。



スーパーを2つ、ホームセンターやペットショップも回ったけれど、時間的にほとんどが閉まっている。

「ちょっと、大丈夫……? 運転気をつけて」


夫が何度か道を間違った。

そんなことははじめてだった。
夫は23のときからほとんど毎日運転していて、とても安定感があった。

真っ暗な中を無造作に走る自転車や、闇と同化した歩行者を注意深く見ては、余計なお世話かもしれないと思いつつ、夫に声をかけた。


最後にすこし離れた、遅くまでやっている大きめの店にたどり着いた。
まだ、開いている。

わたしはフカの亡骸を抱えていたし、服も吐瀉物で汚れており、外に出られない。
夫に探してきてもらった。


「この目はさすがに目立つかな」

夫はウェットシートで顔を拭いて、建物の中へ消えていった。

見られたくないかなと思ったので、わたしは、診察室からずっと夫の顔を見ていない。



車の後部座席に1人きりになると、ふいに不安と悲しさが襲ってきて、呼吸が浅くなった。

わたしはフカを毛布ごと抱きしめたまま、ぼろぼろと涙を落とした。

外の駐車場では、みんなが、当たり前の日常を送っている。茶色のパーマヘアの若い男の人と、ボブヘアの小柄な女性が腕を組み、笑いながら歩いていく。仕事帰りらしいおかあさんと男の子が手を繋いで歩いている。
みんな笑顔だ。楽しそう。
ここに一人でいると、頭がおかしくなりそうだと思った。



そう思ってTwitterを開いた。
いま書いておかなければと思った。自分の精神状態の移ろいは、予測できなかったからだ。

少し前から、フカの体調のことは書いていたけれど、フカを看取ったこと、返信や主宰しているグループの作業などを1週間ほど休むことなどを書いて、閉じた。

本当は誰かとしゃべりたかった。
でも、そんなの、相手の負担になるだけだ。



『花、どうする?』

夫から電話があった。
わたしは、「明日の朝、庭の花を摘むよ」と答えた。

それから、夫が戻ってくる前に、遺体の安置方法や、ペット葬儀をしてくれる会社などを検索した。

思っていたよりずっと冷静だったけれど、涙はつねに流れ落ちていて、下まぶたも、ぱりぱりに乾燥した頬も、痛かった。


結局、バスケットやカゴといったものは見つからず、夫は5,000円もするペットキャリーケースを買ってきた。

もう二度と使わないのに? その無意味さが、ものすごく悲しかった。

このときは頭が働かなくて気がつかなかったけれど、スーパーなら、段ボールをもらえたかもしれない。昔、深夜に引っ越し用の段ボールが足りなくって、コンビニで聞いてみたらたくさんもらえたのだ。 


帰ってきたフカ

家に着くころには、夫はスーパーへ行くときのように、涙を完ぺきにしまい込んでいた。
 
父親の顔に戻っていた。
わたしは、できなかった。

夫が子どもたちにフカが亡くなったことを伝える。


5歳の息子は死がなにかわかっておらず、きょとんとしていた。

8歳の娘は爆発するように泣いた。
顔を真っ赤にして、全身で表現するそれは、怒りのように思えた。

夫はふたりに言葉を選びながら、穏やかに伝えた。
娘は足をどんどん踏み鳴らして暴れていた。いやだと泣きわめいて、夫の胸をぽかぽかと叩いた。



「ママも泣いてるじゃん」

やや落ち着いた頃、ふたりが言った。

これまで8年間、子どもの前では絶対に涙を見せないようにしてきた。祖母の葬儀でも、子どもにバレないように泣いていた。

わたしは目元をこすり、へにゃりと、口角を上げた。

止めようと思ったけれど、むりだった。
わたしはずっと、涙を流し続けた。




亡くなった動物は、火葬するまで自宅で過ごす。
ピンと手足を伸ばしたまま硬直してしまったフカを、ぴったりサイズのキャリーケースに寝かせるのは大変だった。


まずペットシーツを敷き、保冷剤を乗せる。
それからまたペットシーツを乗せて、その上にフカを寝かせた。
フカの上にもやはりペットシーツをかぶせて、保冷剤を追加する。

保冷剤も足りなくて困った。
このときわたしは、看取りには準備がいるのだと知った。


子どもたちには自力で眠ってもらい、ペット葬儀の会社に電話をした。

フカが家に戻ってきたあと、最初はまだ回復を信じていたので、そのときにどんなふうにするかを話し合っていたのだった。

「ふたりには、火葬とか見せたくないな」

夫が言った。

  


週末が近い。

明後日は子どもの学習発表会でわたしたち夫婦だけでは動けない。そう考えると、子どもたちに見せずに葬儀をするには翌日しかなかった。

電話をしたところ、翌日の朝一番なら来てもらえることになった。


火葬するときに、いっしょに入れられるものが限られているということも、はじめて知った。
花、手紙、フードやおやつ。

フカの毛布はいっしょに焼いてあげるつもりだったけれど、できないようだ。


すべてが終わったあと、寝付けなくて、書斎でフカに手紙を書いた。

書き物がスムーズに行くのに違和感がある。
そして気がつく。フカが紙の上にのったり、鉛筆を噛んだりしないからだ。


じゃまされて困っていたのに、いまではじゃまされないことが苦しくて、また、泣いた。


寝つけずに何度も下に降りてきては、フカの頭を撫でた。


この体は、あとほんの数時間で、消えてしまう。

角度のせいもあるのだろうけれど、眠っているようにしか見えなかった。
今にも起き上がってきそうだった。


よかった、でも、つらい

深夜。
フカに追放された夫も寝室にやってきた。

「しんどいけど、今日でよかったかもって思う」

わたしは、声を詰まらせながら言った。


「なんで?」
「フカをひとりで死なせなくて済んだから。最後まで看取れた」
「……だいたい家にいるじゃん」
「迎えとか買い物でいないときはいっぱいあるよ。明日なら、同じ時間でも習い事に送ってて、家にいなかったし」


わたしは、大きく息を吐いた。

「あんな……吐いたのに埋もれて、苦しそうで。ひとりで死なせてしまわなくてよかっ」

語尾は涙になって、最後まで言えなかった。

頭の中に、フカが亡くなった瞬間がフラッシュバックする。


わたしは、これまで、人どころか、動物が亡くなる瞬間さえ見たことがなかった。

生まれてはじめて死に触れた経験が、フカだったダメージは、思いのほか大きかった。



「看取れてよかったけどさ」
「うん」
「でも、だからこそのしんどさもある。最後が苦しそうで」

……忘れられない。
涙があふれてきて、言葉にならなかった。


フカの最後を看取れてよかった。

でも、あの苦しみようを一人で見ていたことは、わたしのこころをズタズタに引き裂いていた。
穏やかに見守るのではなく、焦って泣いている中で死なせてしまったことも。




明日の朝、火葬車がくる時間は早い。
息子を送ったらすぐだ。

朝食を用意して、子どもたちを送り出す。
その前に花を用意するなら何時に起きなければいけないのだろう。

普段なら逆算できるのに、どうしてもできなくて、1度起き上がり、スマホのアラームを適当に午前5時にセットしてふとんに入った。



わたしたちは何度も寝返りを打った。

夫はのび太くんタイプで、いつでもどこでも深く眠れるのだけれど、わたしが横で寝返りを打つと、いびきがやんで、手を握ってくれた。

眠りが浅いのだと気がつく。


わたしの頭の中では、フカの叫び声が聞こえたところから、車に乗り込むまでのシーンが、永遠にループされていた。

そうして、フカだけではなく、バロや家族を失う不安に襲われて息苦しくなり飛び起きる。
夢を見ていたのかもしれない。

眠ってもほんの一瞬で、最後にはもう、ただ身体を横たえているだけだった。




アラームが鳴った。午前5時半。とっくに覚醒していたわたしは、すぐに消して、ふとんから抜け出した。

すでに東の空から朝が迫っている。

フカのいない今日が、はじまってしまった──。






あとがき ─ 検索ワード「ペットロス ◯◯◯」

この夜のわたしは、寝つけなくて、スマホでずっと「ペットロス」について検索していた。

悲しくて苦しかったけれど、わたしは母で妻で、仕事もあった。生活をなるべく早く立て直す必要があったのだ。そこからどう回復すればいいのかを知りたかった。

そのとき、「ペットロス」という単語といっしょに検索されていると思われる、検索ボックスから伸びた予測変換の羅列を見て、手が止まった。

「ペットロス 後追い」

あまりにも衝撃的なワードだった。
予測変換に出てくるということは、一定数の人が検索しているのだろう。

これだけでは、誰がどんな目的で探しているのかわからない。

単にそういった事例があるかどうか知りたいのか、そうしたニュースがあったのか、それとも、最悪のことで頭がいっぱいになっているのか……。


そのワードで検索することは、わたしには、できなかった。でも。

そうか、そうだよね。
つらいよね。
明日なんか来なければいいのに。

シンプルにそう思った。
すとんと落ちるところがあった。

セトさんが代わりに検索してくれた。
上位に出てくるのは対処法や、多頭飼いの場合でペット同士もペットロスになるのかといった記事だったそうだ。




ペットという言葉を、ほかに代替できる言葉がないので使っているけれど、じつはあまり好きじゃない。

自分とフカとを区別するような感じがあって。
フカは、家族だ。
家族が消えてしまった。

それでもわたしは生きていくけれど、追い詰められてしまう人がいるのも無理がないくらいの辛さだと、身を持って知った。



このとき、わたしは考えた。

もしわたしが、少しでも早く、生活を立て直せたら。
そのときはこの記録をすべて書いてみよう。

後悔も対策も、思いつく限りのすべてを。

書くわたしも、読む人もきっとしんどいけど。
でも、家に猫がいない人でもきっと、支えになる内容だと思った。



たくさん泣いて、その上で前を向けるようなものを書きたい。

逆に、大切な相手が元気な人には、遠い先の未来で、少しでも後悔を減らすためにできることを伝えられたらいいと思った。



フカの最期の瞬間を書いたのは、理由がある。
わたしにとっては予想外のことだったからだ。


息子が2歳のとき、熱性けいれんを起こした。
38.6度と、そこまでの高熱でもなかったのに。

熱性けいれんについては、昔ドラマで見ており、どんな様子なのか知っていた。かなり焦ったけど「これはもしかして」とすぐ思い至ったから、対応できた。


でも今回は違う。
看取りなんて考えたくなくて、絶対に情報を入れないように生きてきた。
その結果、知らないせいでかなり混乱した。

だから、こんなこともあるのだという例で伝えられたらと思った。


フカの終わりは、わたしが想像していた最期とは違った。

わたしはこの夜、noteでも「ペットロス」と検索していた。そうして、看取りのお話をいくつも読んだ。
最期の瞬間が描かれているものもたくさんあった。


でもほとんどが、気づくと亡くなっていたり、静かに息を引き取っていったというものだった。
それらは概ね予想通りだった。

最後まで看取れた人は、泣きながらペットを抱きしめて、穏やかに看取っていた。


フカはとても苦しんだ。
わたしは慌ててパニックになっていて、そういう穏やかに見送ってあげるのとはほど遠かった。



あとから調べたところ、腎臓病や肝臓病などの場合、最期に痙攣やてんかん発作を起こすことがたまにあるらしい。

フカが頭を打ってしまったのも、すでに事切れていたからなのかもしれないし、てんかん発作でもそういうことがあるそうだ。

発作止めの薬があればラクになるかも、と書かれているサイトがいくつか見られた。
獣医師監修のものではなかったので、それで本当にラクになるのかはわからない。


知ろうとしなかった。
これがわたしが後悔していること。


最期について、先生に聞いておけばよかった。疑問には思っていた。でも、怖くて、そして回復を信じたくて、聞けなかったのだ。
発作止めがあれば、あんなに苦しませずに済んだのだろうか。

 
子どものころから、後悔することって、いつでもずっと胸の奥に残っている。
それは身体の中に潜んで、弱ってくると悪さをするウイルスと似ていて、時折心をちくりと刺してくる。

そういうものは、きっと、少ないほうがいい。
生きていく上では、きっと。


追伸、長くて、辛い話を一緒に歩んでくれたあなたへ。ありがとうございます。一番苦しい部分はここで終わりです。ここから1週間かけて、少しずつ、生活を立て直していきます。



最後に、わたしがはじめにこの続編を書こうと思った、後悔しないためのやることリストを添えておこうと思う。

実用書作家なので、どうしても、効率化とか、迷わないためとか、そういうことを考えてしまう。

とくにフカのように、夜遅くに亡くなってしまうと、なにも準備ができない。
だから、考えたくなくても備えておいたほうが無難だと思う。


看取りが近いと感じる人のための、やることリスト

看取りが近いと感じる人のための、やることリスト
□ 最期について先生と話しておく
□ 段ボール・保冷剤・ペットシーツを用意しておく
□ 葬儀について家族で話し合っておく
(葬儀の方法、予算、埋葬方法、立ち会うかなど)
□花の用意について考えておく
(葬儀会社のほうで用意してくれるケースも)


▼続きはこちら。



#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡