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5歳児が言った。「しごとより、いのち」

「しごとより、いのち」

5歳の息子にはまるで縁のなさそうな言葉の組み合わせに、言葉を失った。

「え、なんのはなし……?」


秋の夕方の、駅のホームでのことだった。

寒さに背を丸めてベンチに座り、床に届かない足をぶらぶらと規則正しく揺らしていた息子が、ぽつりと言ったのは。

ゆるくカールした毛先に、オレンジ色の光が透けている。


息子は、一度わたしの方を見上げた。

それから視線をもどして、ちいさな手を静かに持ち上げた。指先が向こう側のホームにまっすぐ向けられている。

年季の入った壁に貼り付けられたポスターに、ひらがな8文字が刻まれていた。


「しごとより、いのち……?」

わたしは復唱するみたいに、言った。



この出来事があったのは、11月上旬のこと。

あとから調べてポスターの正体を知った。
厚生労働省によると、毎年11月は「過労死等防止啓発月間」なのだそうだ。
ポスターはその啓発の一環だった。


「しごとより、いのちー? なにそれー?」

さっきとはうってかわって、へらへらと笑いながら軽い調子で言った。
息子からすると、それぞれの単語はわかっても、まったく関連付けられないものだったのだろう。

息子は「なんのはなしですか」といった顔で、ベンチから飛び降りた。

わたしは慌ててその腕を掴む。
ふわふわした感触が手をくすぐった。制服のうえに、もこもこしたくまの上着を着せていたのだ。

「きいろいせんよりは、まえにいかないってば」

息子は不機嫌そうに手を振りほどくと、点字ブロックの内側に立って、線路や遠くに霞む信号を観察しはじめた。



じゅわりと視界が滲んでしまって、慌てて隠す。

過労死を防止するというポスターの意図とはまったく関係ないところで、胸を撃たれていた。

単にあの8文字から、10日ほど前に亡くしたばかりの、家族のことを思い出したのだった。


猫のフカとわたしは、ふたりで一つだというくらいにいつでもべったりと一緒にいた。

フカは、ふたりで過ごすのをじゃまするあらゆるもの──ただし子どもたちを除く──を退けていた。

フカがとくに妬んでいたものは、先住猫のバロと、夫と、仕事、それからマリカーだ。


わたしが机に向かうことをフカは許さなかった。

紙をぐちゃぐちゃにしたり、タッチペンを噛んだり猫パンチしたり、キーボードの上を歩き回ったりと、あらゆる手段でやめさせようとしていた。


ソファで資料を読んでいると、おなかの上によじ登ってきた。
そのままぽすりと座り込んでかたくなに動かない。

揺らしてもどいてくれないのに、15分ほど経つと満足して跳び去っていくのが気まぐれな猫らしかった。


じゃまされないように書斎を締め切ると、にゃあにゃあ騒いだ。
そして、扉を叩く。

根負けして、すぐに開けてしまう。


フカがいるとまったく仕事が進まないので、わたしは子どもたちのいない平日の午前中は、外に出て仕事をしていた。


ポスターを見たとき。

その過ごし方を責められたような気持ちになってしまったのだった。



フカの病気は突然見つかり、急激に悪化したものだった。

本当に、ほんのひと月前まで、こんな未来が待っているなんて思っていなかった。

シニア猫ではあるけれどまだ10歳。
きっと大丈夫だって。

当たり前だと思っていた幸せは、さらさらと砂みたいにてのひらから零れ落ちてしまった。




あれから100日以上が経ったいまも、このはなしを書こうとすると喉の奥がひりひりする。

同時にあれだけの体験をしても、「当たり前」に慣れていく自分に気がついて、愕然とする瞬間もある。


これ以上後悔したくなくって、先住猫のバロの写真を毎日撮っていた。
でも、少しずつ頻度が開いてきた。

フカの死後1ヵ月は引きこもっていたのに、出かけることも増えてきた。

わたしは「懲りていない」のだろうか。






雪がちらちら舞う川べりを、車が来ないからと駆け抜けていく息子を追いかけていた。

走り出す前に必ずマリオポーズをするのが彼のいまのこだわりだった。

姉のお下がりの、淡いラベンダー色のダウンを着た背中が、あっという間に遠くなる。


駅にたどり着いたとき、わたしはすっかりくたびれて、荒い息をしていた。

倒れ込むようにベンチに座る。




「しごとよりいのち、が、ない……?」

ホームの向こう側を見ながら息子が言った。

わたしも顔を上げる。
2月の駅に、あのポスターはもうなかった。


はじめてポスターを見たとき、強く突き刺されるような言葉だと思った。

本来掬い上げたい対象であるのだろう会社員ではないわたしでさえ、刺されてしまうような。

でも、それでも、ああいう短くて鮮烈な言葉って大事なのだなと思う。

頭のなかにきっとずっと残る。



わたしはこれから駅に行くたびに、あのポスターを思い出すのだろう。

そのたびに、カチリとスイッチを入れるように、こころに焦りが植え付けられる。

そして、家に帰って、バロを抱き上げるのだ。

少しでも後悔を減らせるように、今目の前にあるものに心を預ける。

痛みとともに。







(2,000字)


#創作大賞2025
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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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