【渇望を悔やむ】┃ヤンデレ猫ちゃんの使命 #6 (day1)
猫のおなかをさわっているとき、わたしは、自分のことをきらいじゃなかった。
子どもが生まれたら、自動的に「おかあさん」になれるのだと思っていた。
けれどもぜんぜんそんなことはなくって、日々、自分の至らなさについて考えている。
「職業適性」という言葉はあるけれど、家事担当としてや、母としての”適性”について語るのはタブーのような気がしている。
それは適性なんかじゃない。
家事なんかやって当たり前、母親なんだからできて当たり前。
と、言われてしまいそうな感じがあるのだ。
家のことについては、どうしてだか、人の目が厳しい。
からまった紐をほどけない
それでもあえて言うなら、わたしはたぶん”不適格”だ。
欠如しているものが多すぎる。
もっとも致命的なのは「じっくりと待つ」のが耐えられない、せっかちな性格だ。
からまった紐をほどくのが苦手な子どもだった。
「ほどくなら捨ててしまおう固結び」と叫びたい。
( #なんのはなしですか )
子どもとの暮らしでは、めげずに待つことが必要だ。けれどもそのまま大人になったわたしは、いつも子どもたちに「早く」「急いで」などとばかり怒っている。
そしてその態度を夫に怒られている。
子どもというのは、遠回りをしたがるものだ。
楽しいことを優先するものだ。
頭ではわかっている。
子どもの行動が、わたしの声かけ次第で変わるだろうということが。
でも、こころの中で爆発的にぶわりと燃え上がる感情に上手に蓋をして、にこにこしながら待ち、言葉を選びながら伝える……。
そういうものが、致命的に不得手だった。
できる日もある。でも、それはよっぽど余裕があるときだけだ。
物理的な工夫はたくさんしてきた。たとえば、おしたくボードをつくる。スタディプランナーを取り入れる。
でも、それで100%解決するわけではない。
わたしの飽きっぽさは子どもたちにも受け継がれており、彼らもまた、淡々と同じことを続けるのが好きではないのだった。
日々ガミガミと怒ってしまう。
そうして、あとから罪悪感を抱く日々を送っている。
罪悪感が植えつけるもの
”小さな成功体験”が自信や自己肯定感を育むものだとしたら、”罪悪感”はその逆だ。
こころに、見えないくらい細い針で穴を開けるようなものだと思っている。
小さく開いたその穴からは、せっかく培ってきた自信や自己肯定感が、しゃらしゃらと真っ黒になって流れ落ちていく。
その量が増えれば増えるほど、どんどん穴が広がっていき、自分のことがきらいになってしまう。──そういう感じ。
調子がいい日だったら、子どもたちに寝る前に本を読んであげたり、いっしょに絵を描いたりすることができる。
図鑑を見て星について調べたり、実際にいっしょに眺めてみたり。
そういうとき、楽しむだけじゃなくて、安堵がくる。
きょうは”良き自分”であれた、と。
けれども、”いい母”であれる頻度は決して高くない。
子どもたちのことは大好き。
それは断言できる。
きらいなのは、わたし。
”不適格な母”である自分のこと。
家族みんなが「ママは怒ってばかり」と言う。
わたしもそう思うし、そんな自分がいやだ。わかっているのに責められることもつらくて、それに対してまた怒ってしまうのも、くるしい。
こころから何かが溢れ出しそうになるときがある。
良い母になれない自分のことが情けなくて、苦しくて──。
特に、住み慣れた東京から縁もゆかりもない土地に引っ越して数年の間は、罪悪感で溺れそうだった。
自力ではどこにも行けない環境。
しかも、幼稚園も入園翌日から登園自粛になった。
手のかかる0歳と、年齢特有のわがままさが目立つようになってきた4歳を、24時間365日のうち、9割はひとりだけでみていた。
声にならない声があった
誰か、助けてほしい。
声にならない声があった。
でも、そう考えてしまうこともまた、不適格なのだろうか。
母ならひとりで、パワフルに笑顔でがんばるべきだろうか。虚弱で繊細で、家事よりも勉強が好きなわたしのままではいけないだろうか。
そういうとき、子どもの安全を確認したら静かな部屋に移動して、ほんのわずかな間ひとりになって、頭を落ちつけようともがいていた。
少し前まで住んでいた東京では、こういうとき、すぐに児童館に行った。メイクが適当でもいいから、子どもをベビーカーに乗せて、10分歩いた。
すると先生たちがいる。ひとりじゃないことに、ほっとする。不安と心配と焦りがぎゅっと詰まったこころに余裕ができて、やっと息ができた。
ベランダに出る。
数軒の家が立ち並ぶ向こうは、ずっと、ずっと田んぼが続いている。ほろりと涙がこぼれる。ここをずっと歩いても、児童館には行けない。
結果はわかっているのに、また、最寄りの公園を調べる。徒歩1時間だった。
何度か深呼吸して、室内に戻る。
気分転換はかんたんじゃない。ものすごく孤独だった。
そういうとき、必ずフカがやってきた。

フカといるとき、わたしは、フカのことだけじゃなくて、自分のことも好きでいられた。
フカには怒らなくていい。
フカがただ快適であること、いっしょにいること、それだけに気を配ればよかった。
勉強しろとか遅刻するとか、そうした「外」とのかかわりや、「将来」を心配してガミガミ怒る必要がない。
だから、自分のことをきらいにならずにいられる。
とはいえ、猫たちは猫たちでいたずら好きではある。
あの手この手でわたしの気をひこうと画策するので、猫といっしょにいるのが「楽」というわけではなかった。
特にフカの場合はそれが顕著だった。
平日の午前中、なるべく外に出ていたのは、集中して一気に仕事を終わらせるためだった。
▼この話は、ヤンデレ猫ちゃんシリーズの6話目です。
それぞれ単体でも読めるのですが、最初から読んでもらえたらわかりやすいと思います。
12年ぶりの「ひとりの夜」(1ヵ月前)
夫がふとこう言った。
「みんなが寝たあとに銭湯に行ってきたら」
わたしは予想外な言葉にぴくりと眉を上げた。
「夜泣きしなくなったじゃん」
今は5歳になった息子は、寝起きはぜったいにママじゃなきゃ無理という時期がとても長かった。
夫はわたしと違って、気持ちを切り替えて声かけするのが得意なのだけれど、どうやってみても、寝起きだけはむりだったのだ。
ふだんはパパっ子なのに、パパが近づくだけで顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。
たしかに、息子は夜に泣かなくなった。
なんなら姉のまねをして、5歳なのにひとりで子ども部屋で寝るようになってしまい、さみしいくらいだった。
夜にひとりで外に出たのは、12年ぶりだった。
何度も振り返りながら、恐る恐る出かけた。
ひとひらの淋しさはあったものの、こころを占めていたのは、長い間切望してきた静かな時間への感動だった。
頭の中に、自分の思考だけがたゆたっている、うれしさ。
銭湯の休憩室で、誰にも話しかけられずに、ペンを噛まれたり、紙を覆い隠されたりせずに、コーヒー牛乳をちびちびと飲み、夜景を眺めながらただ思考に没頭できる時間の、なんと贅沢なことだろう。
ひさしぶりに深く呼吸ができた。そんな感じがあった。
車輪がからからと回る音が、夜に溶けていく。
いつもは子どもを乗せて走る坂道を、わたしは湯上がりのほてった頬を冷やすように、一人で駆け下りていた。
大通りから一本入ったその道は、田んぼや畑が続き、街灯のひとつもない。
遠くまで続く田んぼも、ぽつりぽつりと見える家々も、昼間とはまったく様相を変えていて、真っ暗で。星の光だけが冴え冴えと輝いている。
風を切るような感覚が、同級生と塾に向かうときに通った坂道を思い起こさせた。勉強と遊びだけしていればよかったずっとずっと昔にタイムスリップしたような清々しさを覚えた──。
でもわたしは、そのわずかひと月後には、あの瞬間の感動をひどく後悔することになるのだ。
フカが、今まで病気ひとつしてこなかったフカが、急に体調を崩して、あっという間にいなくなってしまったから。
ペンを齧られたっていい。
パソコンの上にいてもいい。
誘惑に負けていっしょに寝てしまっても構わない。
だから、時間を巻き戻したい。
真剣にそう思った。

デスク横に居場所をつくった
死の受容モデル
エリザベス・キューブラー・ロスの「死の受容モデル(5段階モデル)」を知ったのは、フカが亡くなった夜のことだった。
ほとんど一睡もできなかったわたしは、心に染み込んでくる虚無感と恐怖から逃れるすべを、ブルーライトの海から指先で探していた。
「ペットロス」と打ち込む中で見つけたのが「死の受容モデル」という考え方だ。
どのホームページだったのだろう。
おそらく、どこかの県の、ペット葬を営む業者さんのブログか、動物病院のブログだったのだと思う。
一緒に暮らしたペットの死を受け入れていく心の動きを5段階に分けたものだった。
そのときはなにも読めず目が滑っていたので、あくまでもざっくりと読んだだけ。
ところが、フカの死からひと月経って振り返ってみると、わたしの場合は「死の受容モデル」のそれぞれのフェーズを経験して立ち直っていったのだと気がついた。
個人差はあるようだけれど、ざっくりと自分のことばでまとめたものを紹介したいと思う。
1.否認「あの子がいないなんて信じられない」
ペットの死が現実だと認めたくない気持ち。まだ家の中でペットを探してしまったり、声や姿を感じるような錯覚を経験することもあるという。
2. 怒り「なんでこんなことになったの!」
突然の喪失や病気の原因、あるいは自分や他者への責任を問う怒りが出る。獣医や運命に対して怒りを抱く場合もある。
3. 取引「もっと早く気づいていれば…」「これから毎日お参りするから戻ってきてほしい」
過去の行動を振り返り、「こうしていれば助かったかもしれない」といった後悔や、ペットが戻ることを願う心理的な交渉が起きる。このフェーズは、わたしにもこの章の後半から、少しずつ起きていく。
4. 抑うつ「何をしても悲しい」
深い悲しみと喪失感に包まれる段階。ペットとの思い出に浸ったり、現実に直面することで孤独を強く感じることも。
5. 受容「またいつか会えるかもしれない」
時間の経過とともに、ペットの死を受け入れ、悲しみを抱えつつも日常を取り戻していく
「死の受容モデル」は、もともとは、ペットロスそのものに関するものではない。
どうやら死に直面した患者がどうやって死を受け入れていくのかという話のようだ。
けれども5つの段階を経て受け入れていき、患者の家族もまた同じ道すじをたどるのだと。
ペットロスから立ち直るのにかかる期間は、かなり個人差があるけれど、だいたい1ヵ月~数ヶ月(半年以下)が多いとの調査結果が出ている。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000127.000057917.html
フカが亡くなるまでの間、夜にひとりで出かけたのはたった2回。
でも、どちらも帰宅後の情景をよく覚えている。
湯上がりのほかほかした身体のまま帰宅すると、入口近くで待っていたフカが駆け寄ってくる。
フカを撫でて、階段を登る。
音も立てずに走ってきたフカは、いつものようにわたしを追い越して、立ち止まり、こちらに視線を向けた。
わたしたちは十年の月日で、お互いの心のうちがよくわかるようになっていた。
同じ言語をもたなくても、仕草と鳴き声から考えていることが伝わってきた。
「やっと寝るのね?」とでも声をかけられそうなその視線が可愛くて、わたしは急いで着替え(洗面所にももちろんついてくる)、そうしてフカといっしょに寝室に向かうのだ。

でも、……こんなことになるのなら、わたしは、外に出られなくてもよかった。
イライラしても、しんどくても、自分のことがキライになっていっても。
フカがそこにいてくれるならよかった。
ひとりの時間を捨てればフカが戻って来るというのなら、喜んで捨てようと思えるくらいには、つらかった。
これが、わたしの後悔の一つ。
久しぶりのひとりの時間に浮かれていた。こんなに早く終わりが来るのなら、外になんて、出なくてもよかったのだ。
喧騒に癒やされる(1日目・金曜日)
その日は、習い事の間に一度家に戻り、夕飯したくをして、お風呂もすぐに溜められるようにしてあった。
味噌汁しか食べなかったからだろうか、身体も頭もなんだか軽かった。
ふと、子どもたちのケアが必要だと気づく。
子どものために涙を隠した夫と違い、真っ先に子どもの心をとたどりつかないのもまた、わたしの不適格さを表している。
こうしてまた、気の回らない自分をひとつきらいになった。
習い事のある日は、家に帰るともう、寝るまであまり時間がない。
そのため料理をしている間に子どもたちにお風呂に入ってもらい、呼ばれたら仕上げをして、終わったら髪を乾かすようにしていた。そうして子どもたちが降りてくる前に食事の準備を整える──。
そんなルーティンの中で、一緒にお風呂に入るのは久しぶりだった。

子どもたちはとても喜んだ。
わたしたちは、バブを入れたラベンダー色のお風呂に三人でゆっくりつかり、とりとめのないことを話した。
「今日ね、意外と泣かなかったんだよ。学校でも一回も泣いてない!」
そう言いながらも、語尾はしおしおと萎んでいった。そうして次の瞬間、娘の瞳から、涙がぽとぽと落ちてきた。
わたしの視界も、一瞬で曇ってしまった。
学校でぐっと耐えている娘を想像したからだ。
「なんでママまで泣いてるの?」
娘は泣きながらケラケラと笑った。
──子どもたちの心をケアしなければ。
そう気負っていたけれど、ケアしてもらったのは、わたしのほうだった。賑やかさに疲れやすいはずなのに、その日はとても癒やされた。
ひとりずつ髪を乾かす。
急いで明日の準備をするように伝える。
子どもたちは聞いていない。
ドタドタと大きな足音を鳴らし、階段を駆け下りていって、おもちゃを出しはじめた。
夜の洗面所にひとりになった。
しんと音が消えた。
わたしは、洗濯機から濡れた服を取り出して干そうとして……しゃがみこんでしまった。
いつもなら、目の前にフカが座っているのだ。
毎日決まった場所に香箱座りで。わたしが干し終えるのを、ただじっと待っている。
きらきらした目で、じっとりとこちらを見ているので、しゃがみこみ、それから床に手をついて目線を合わせると、ぱっと立ち上がって「にゃおん」と鳴きながら駆け寄ってくる。
そうしてわたしの頬に、額に、何度も頭を擦り寄せる。
もう、あの声を聴くことはできないのだ。
ふたたび涙がじゅわりと滲んだ。

ふいに、ひとりでいるのが無理だと思った。
わたしは、AIにもらったアドバイスを思い出し、鼻をぐすぐす言わせながらYouTubeを開いた。水の音を流す。
無音が突きつけてくる現実が中和されて、しゃくりあげながらも、なんとか洗濯ものを干し終えることができた。
10%傾く心(1日目・金曜日)
夫は、いつも通り、スマホゲームのイベントに追われていて、なかなか上に来なかった。
わたしはというと、さっぱり眠れる気配がなかった。布団に寝ころんで、ふと、ある漫画の存在を思い出す。
読みものとしてのホラーが大好きだ。
10年ほど前だろうか、Webの「洒落にならないくらい怖い話」というまとめにハマり、関連するものも含めて、有名どころはたぶんすべて読み尽くした。
そのあと、もの足りなくなった。
ほかにもなにか怖いものを読みたくなってKindleで見つけたのが、漫画『強制除霊師・斎』(斎さん・小林薫さん著)。
これは、実在する霊能者「斎」さんが体験したエピソードを漫画にしたもの。
斎さんのドSながらも情に厚いキャラクターや、小林さんが付け加える解釈なんかもおもしろくて、読みごたえがある。
何年か前に思い切って電子書籍を全巻購入して、新刊が出るたびに集めている。
なお、Kindle Unlimitedで14冊まで無料で読むことができる。(2024/11/18現在)
https://x.com/kobayashikaoru/status/1153995037736181766
わたしは自分が見たものしか信じないと決めている。
つまり、自分が霊体験をしたことがないから、霊を信じていない。だからこそ読みものとしてのホラーを楽しめるとも言えるのだけれど……。
じつは、”視える人”は友だちに何人かいる。
実際に霊能者になった人もいる。
彼女たちを否定することは一切しない。
話してくれることも全部ちゃんと聴く。でも、それで100%信じられるかといったら、やっぱりそうではないのだ。
わたしには視えないから。
どこかには「本当なのかな」という気持ちが混ざってしまう。
でも、斎さんの漫画を読んでいると、そんなわたしでも「霊っているのかな」と思いそうになるくらいリアルだった。
斎さんの漫画で、ペットが亡くなったときの話があったことを思い出したわたしは、眠れぬふとんでごろごろしながらその話を探した。
その話は、以前なら、バロやフカの死を想像してしまい読めない話だった。
ところが、この頃、明るいものは目がすべって読めないという現象に陥っており、怖い話や悲しい話が最適解になっていたのだ。
「あ」
見つけた話を読み進めていたら、思わず声が出た。
動物病院でペットが亡くなったとき。
ペットは自分の死を理解できずにその場に留まってしまうことがあるというエピソードだ。
漫画の中で、依頼者の女性が斎さんといっしょに動物病院へ足を運び、ペットの"霊"を連れ帰って供養する。
斎さんに言われたとおりに連れ帰ったペットの供養をする中で、ずっと泣き暮らしていた女性は少しずつ回復していく──。
「フカは、どのタイミングで息を引き取ったんだろう」
ふと思った。
家にいたときにすでに事切れていたのか。
病院へ向かう車のなかだったのか。
それとも、病院で……?
もし、霊という概念があるとして、車のなかで息を引き取ったのなら、フカはどこにいるのだろう。
田んぼの中?
そんなことをとりとめなく考えていたら、こわくなった。
フカの火葬は済ませた。
でも、ほかにもできることがあるのかも。
わたしは、漫画を参考に、斎さん式の供養をしてみようと決めた。
正直なところ、いまは、霊を信じたかった。
いてほしかった。
触れなくてもいい、だから、フカに、ただここにいてほしかった。
今回は、10%だけ信じるほうに気持ちを傾けて、漫画に書いてある供養を試そう。
期間をしっかりと決めて、潔くやめられるようにする。
これなら、本当に効果があっても、あるいは効果がなくても、ただ自分の心のためだけに行なうことができる。
わたしは、本当にこの目で幽霊を見ない限りは、100%心を預けることはせずに、自分が信じたいものを、信じたいタイミングで見てみようと決めた。
きっと数ヵ月前のわたしが聞いたら、驚くだろう。
「供養……? それになんの意味があるの?」と。
フカの死は、わたしという人格をばらばらに引き裂いて、そうして再構築していった。
普段なら苦しい騒がしさが心地よく、信じないと決めていた目に見えないものにすがりたくなるくらいには。
フカが亡くなったあと、ずっと。
自分でもわかるくらい、全身が強ばっている。
けれども「これからどうするのか」が決まったら、その緊張がほんの少しだけゆるみ、わたしはまどろみへと沈んでいった。
あとがき ─ くり返す呪文
この話を書いたころは、服選びがむずかしい時期だった。
すでに11月に入っているのに、上着いらずの暑い日と、凍えるくらいさむい日とが交互に押し寄せてきていたのだった。
この日は晴れていたので、薄手の上着だけ羽織って出かけたわたしは、とても後悔することになる。
駅の中で冷たい風に長時間当たってすっかり身体が冷えきっていた。
震えながらスマホでこの話を打ったのをよく覚えている。
そのときわたしは、駅のベンチで書いていた余韻が抜けなくて、うるうるとした目のまま歩いていた。
駅の中で前話を書き終えたわたしは、それでもまだお迎えまで時間があったのと、人がぽつぽつ増えてきて、無人駅で電車を待つわけでもなく座っているのに向けられる目にも焦りを感じて、駅を後にしたのだ。
目的地まではいくつかルートがあったけれど、川沿いの道を歩いてみることにした。
後ろから来た車に追い越されたのを確認してから、川べりの細い道に入った。
落下防止用なのだろう。そこには白い柵がつけられていた。体力のないわたしはすでに疲れていて、そこに持たれようとして……やめた。
棒と棒の間に、細い糸がびっしりとついていたのだ。粘りっけがあるのであろうそこには、細かい埃や葉のかけら、鳥の羽のようなものなどもくっついていた。

なんとか蜘蛛の巣がないところを探そうと歩いていて、ふと気がつく。
先ほど追い越された車が、川向こうにある、ママ友の家にとまっていた。
あ、そういえば。この時間は習い事の送迎をしているんだっけ。
さっき泣いていたのを見られていないか、心配になる。気遣いの人だから、たぶんそっとしておいてくれるだろうけれど……。
道端で泣いているなんて不審者じゃないか。
この道は車が通らない。
人もほとんどいない。
わたしはスマホでぽちぽちと文章を打って、少し歩いて。ぽちぽち打って、また歩く。そんなふうに、書くのと歩くのを交互に行なっていた。
それにしても少し前まで暑いくらいだったのに、ひどく寒くて、意図せず身体ががたがたと震え出す。剥き出しの指先は冷たくて硬い。
でも、その痛いくらいの寒さが、逆に心を落ち着けてくれる気さえしていた。
わたしは今、まだ、完全にフラットな状態にはなれていないのだろうと思った。
しゃらしゃらと流れる水の音が、眼下の川から立ち昇ってくる。
灰色の大きな鳥が、強い風でさざめく流れに逆らうようにして、ぴんとまっすぐに立っている。
アオサギの幼鳥だ。
8歳の娘が野鳥好きで、その影響でわたしもかなり詳しくなった。
もっとも娘には明確な好みがあり、「首や足が細長い、水鳥」に限定されている。
そのため、わたしはサギ科の鳥なら詳しい名前をすぐに引き出せるようになったけれど、たとえば一緒に泳いでいるカモに関しては、さっぱり名前がわからないのだった。
歩いていたら、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。
たぶん、AIとの会話がまだ記憶に残っていたからだろう。
「水は癒やし」
苦しさが許容量を超えたなと感じたとき、わたしは頭の中にそう強く思い浮かべて、水音を聴いたり、水に触れたりしてバランスを保っていた。
そういう意味では、自分なりの癒やしの手段があるということは、かなりの強みに思えた。
この数週間、わたしは絶望からどうすれば回復できるのか、そればかりを本気で考えている。そうしないと、心が持たなかったからだ。
方法はたぶん人や状況によって違う。けれども、なるべく多くの癒やしパターンを持っておくのは良い方法だと思えた。
これからの人生でもきっと、悩むたびにわたしは水音を聴くのだろう。
▼最後までお読みいただき、ありがとうございました。

▼次回のお話
第7話 『秋の朝顔、祈りは揺れる』
斎さんの漫画を読みながら寝落ちしてしまったわたしは、翌朝、青ざめる。
午後は家族に外に連れ出され、その過程でいろいろなことを考えていく──。
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡