見出し画像

気づくと武装を解いていた。



気づくと武装を解いていた。


メイクをしながらふと気づいた。──アイラインをきゅっと跳ね上げる日が、減っている。

鏡のなかのわたしは、細いアイラインにミュートなメイク。時代の流れもあるけれど、素顔にぐっと近づいた。

ふと意識が過去に引き戻される。




「うわあ、ひさしぶりー!」

どすん。飛びつかれて後ろに倒れ込みそうになった。

道ばたでいきなり抱きしめられたわたしは、硬直した。頭の中にはたくさんの疑問符が、炭酸水の泡みたいに、しゅわしゅわ浮かんでは弾けて消えていた。

今ならきっと「なんのはなしですか」と言うだろう。だって、──わたし。






彼女のせいで会社を辞めたのだ。







「げんき? げんきだったー? 最近どう? 会社はねえ……」

彼女は半年前には決して見せなかった笑顔で、矢継ぎ早に言った。
わたしの表情はたぶん、貼りつけられたみたいにほとんど動かなかったと思う。

一方的に話し終えると、手をひらひらと振りながら「またね」と彼女は満足したように笑った。


翌日から、わたしはメイクを濃くした。
目尻をきゅっと跳ね上げて、赤いリップを塗る。すこしでも強く。次の邂逅に備えて武装をはじめたのだ。

会社を辞めたあと、人事部の紹介で再就職したのは、もとの場所から徒歩1分の場所。何度でも会う可能性があった。

けれどもそれから3年以上働いたが、その後、彼女に会うことはなかった。

毎日武装していたのに。



退職した日のことは、今でもよく覚えている。

全員からのプレゼントを差し出しながら、彼女は拗ねたような、不貞腐れた顔をして「なんかー? 当たり強かったときあったよね? ごめんね?」と言った。

わたしは、こころの中に爆発するものを出したかった。でも、大人なのだ。曖昧な笑いで許しもせず、罵ることもしない……そんな反抗しかしなかった。
いや、ちがう。うそだ。できなかった。怖かったから。



わたしは人前でしゃべるのが苦手だ。
理由はたくさんあるけれど、決定的になったのは彼女のもとで働いていたときだと思う。電話を切るなり、にやにやしながら"指導”がはじまる。

「だーかーらー。イントネーションがさ? 違うんだよ。いい? こう」

そう言って「正しいイントネーション」を復唱させられる。けれども次のときにはその記憶は泡と弾けて、同じミスをおかした。にやにや笑う顔がいやだった。


そういう"指導”で済んでいたころはまだよかった。


きっかけはいろいろあった。
でも一番は、社内チャットでの悪口に乗るのをやめたこと──だろうか。


当時、仕事をせずに定時退社する人がいた。
彼はとにかくサボった。ものすごく大変な仕事を彼とふたりで任されたときなんてひどかった。当日に急に体調不良で休み、わたしが一人でやることになった。

ところが後日出社した彼は「キツそうだったから休んで他県で遊んでいた」と悪びれもなく言ったのだ。

悪口に乗ってしまったのはそれが理由だった。
わたしはその期間、毎日終電で帰っていたのに──! でも、内容は仕事の不満から人格否定に変わり、先輩はSNSまで特定して笑っていた。

同時期に、彼の仕事以外での優しさに触れて、悪い人ではないのかもしれないという思いも芽生えていた。

「仕事を押しつけられるのはやっぱり許せないけど、話してみたら悪い人じゃなかったんです」

そう告げてチャットから降りた。




とはいえ、一度は乗ってしまった。ばちがあたったのだ。




ひそひそ笑い。
ひとりだけ配られないお菓子。
朝の挨拶を無視されること……。

先輩からしたら、共通の敵だった人物に寝返った裏切り者だったのかもしれない。でも、仕事での怒りはともかく、SNSを特定したりする彼女のやり口はちがうと思った。



わたしにも罪がある。
そう思って耐えていた。でもだんだん苦しくなっていった。




そんなとき、SNSに気持ちを吐露したら、むかしの同級生が「つらいときこそ笑顔がいいよ」と書いてくれた。
次の日から、がんばって口角を上げた。

「なんかーやけににこにこしてて気持ち悪くないっすか?」

こちらを見ずにそう言われたとき、こころが折れた。


最終的に退職を決めた。当時付き合っていた恋人が胃炎で苦しむわたしに「結婚してやめればいい」と言ってくれた。




そうして逃げた。
でも。




なんで? なんで友だちみたいに笑えるの? わたしに抱きつけるの?

意味がわからない。
彼女が去ったあともわたしはその場に立ち尽くしていた。




10年が過ぎた。
メイクを終えてLINEを見ると通知がいくつも届いていた。

翌週のお誘い。
いつ空いてる?というメッセージ。
それから、今から会う予定の人からの「今日たのしみにしてます♡」というメッセージ。

先輩に矯正されたイントネーションは、四国に来てもっとおかしくなってしまった。
それでも誰ひとり、笑ったり、直したりしない。


今日も武装せずに、好きな色をまぶたとくちびるに乗せて出かける。

アイラインを跳ね上げるのは、気分を変えたいときだけだ。






(2,000字)


きょうは2,000文字。
1日1つ日記を書けたらいいなと思っています。

記憶ってあちこち飛ぶなぁと思っていて。その日読んだnoteだとか、今この瞬間の作業とかで過去に引き戻されることありませんか。

そういう心の動きもそのまま書いてみることにしました。


この手のつらいことが多い人生だったけど、そのお陰で人の痛みはわかるようになったと思っています。
そして、つらい体験もこねくり回して、創作の糧にしていけば意味があったのではないかと思うのです。


次に会ったら気持ちを伝えようと思っていたので、会えなかったことは残念でもあります。ずうっと燻ったまま。
だからそっと言葉にしてみました。



メンバーシップはじめました!

ことのは採集室
~3ヵ月で自分だけの「言葉ノート」ができる~

8~10月の3ヶ月間だけオープンします。
7月は無料で解放していました!
参加は8月中旬までには締め切る予定です。

概要

みんなで言葉を採集し、その中から自分だけの”ことば標本”のような1冊のノートをつくりあげていきます。

1.言葉を採集する週1ワーク(8月スタート/全12種)
決まったお題があり、みんなで言葉を集めて共有する採集スレッドを設置。集まった言葉の中から「これは自分でも使いたい」と思うものをノートにまとめて「ことばノート」を作成。

2.1,000文字日記の作成
集めた言葉からひとつ選んで、1,000文字縛りの文章を書きます。書いた文章をみんなで観察します。

3.今月のサブページ作り
執筆に役立つページを毎月1つ作っていきましょう。

8月……「Myモチーフノート」
9月……「ネーミングストック」
10月……「言い換えページ」

↓詳細


いいなと思ったら応援しよう!

三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡